表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私の事が全然好きじゃない婚約者に、今日こそ婚約破棄だと言ってやる  作者: 木の実山ユクラ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/20

エルフリートとアレクサ





エレーユと別れて騎士団本部までやってきたエルフリートは、重い足取りで療術隊の部屋の扉を叩いた。


「空いてるよ、自分で扉が開けられるのならさっさと入っとくれ」


中から年季の入った女性の声がしたので、エルフリートはゆっくり扉を押し開けた。


「ああ、エルフリートかい」


読んでいた書類から顔を上げてエルフリートに声をかけたのは、療術隊で副隊長を務める中年の女性だった。

ゴワゴワと巻いた髪の毛に、特徴的な鷲鼻の女性だ。

騎士団の隊服を着ていなければ、薬草や大釜が似合う、魔女と見間違えそうだ。


「どこをほっつき歩いていたんだい?エルフリートは大怪我だって聞いていたから、若い連中が探し回っていたよ。しかしこんなハギレをくっつけて、なんだ止血のつもりかね?こんなことをしている暇があったらさっさと療術隊のところに来るべきだった。お前も騎士なのだからすぐに分かったことだろう?」


いきなり怒られた。

確かにすぐに療術隊に診てもらうべき怪我だとは分かっていたが、エレーユより優先させることもないだろうと判断した。

しかしエルフリートは副隊長の療術師に対して何も言わず、ただ頷くに留めておいた。


「いやはやなんだね、この雑な応急処置は。いや、こんなもの応急処置とも言えないね。というか、あの帝国の次期人間兵器に腹を殴られて、肋骨も折れたのではないかと聞いているけど、大丈夫なのかね。お前は無表情すぎていつも怪我の具合が分かりづらいね」

「……」

「ほら腹を見せてみろ。……おいおい、やっぱりこれは折れてるじゃあないか。というか、誰かにダメ押しされたかね?」

「……」

「こりゃ痛いだろうね。殆、よく無表情でいられるよ。恐れ入る」

「……」

「少しの間、出征禁止だよ。療術隊本部で療養するように」


副隊長の療術師はテキパキとエルフリートに医療術をかけながら、ハアとため息をついた。


エルフリートは痛みを伴う治療を受けている間、剣武祭がどうなったのかと聞いてみた。

来賓の皇太子メチャクチャに荒らされた剣武祭は、エルフリートが欠場になったことも含めて中止となり、延期の検討を余儀なくされたらしい。

国をあげての祭りで城下が賑わうのはもちろん、騎士団としては一年に一度の由緒正しい式典なので、残念に思っている者も少なくないはずだ。


あらかたの処置が終わって、エルフリートは部屋を移されベッドに寝かされた。

療養で療術隊にお世話になるのは、騎士ならば誰でも通る道だが、エルフリートはこの状態があまり好きではなかった。

仕事ができないし、体が鈍る感覚があるし、管理されていて自由に行動することができないし、飛竜にも会えない。

まあ新人の頃と比べて良くなったのは、実力をつけたことで優遇してもらえ、一人部屋のベッドを割り当てられたことだ。

新人の頃の乱雑で五月蝿い大人数部屋よりは、調度品も質の良いものがしっかり揃っていて、下手をしたらエルフリートの部屋よりもお金がかかっているかもしれない。

何にせよ、これならば完治まで静かに本でも読んで過ごすことはできるだろう。

しかし、そう考えた矢先に大きな音を立てて部屋の扉が開いて、これまた大きな足音がズカズカと中に入り込んできた。


「エルフリート・エデンバーグ!」


顔を見せたのは婚約者……に似た顔の男、アレクサ・ワイトドールだった。


「貴方、皇太子が帰ってからしばらく行方をくらましていたそうですけど、姉上も探しても見つからなかったんですよね。さっきようやく姉上を見つけることができたのですが、もしかして貴方、姉上に変なことしてないでしょうね?」

「え?いや……」

「ではどこにいたんです?」

「それは」

「姉上と一緒にいました?」

「……ああ」


容赦無くグイグイと詰め寄られて、エルフリートは小さく頷いた。

遠慮の概念は勿論、もしない


「何してたんですか」

「て、手当を」

「姉上が貴方に?姉上は才色兼備の自慢の姉ですが、別に医療術のエキスパートではありません。むしろ貴方の怪我の場合、すぐに療術隊に診てもらわず、姉上にのんびり手当てされていたら悪化するのでは?」


エルフリートは再び心当たりにギクッとした。

悪化も悪化。

エレーユが腹の上に落ちてきた時に肋骨にとどめが刺されたし、エレーユに触れられるたびに緊張しすぎて出血が酷くなっていたのは明らかだった。

しかし、あの時のエルフリートは、エレーユから離れて療術隊に治療を請う選択肢を早々に消していた。


確かに骨にトドメが刺された時は痛みで思わず叫んでしまった。

だが感情としては、なんとか皇太子からエレーユを守れて良かったと思う気持ちと、エレーユが感謝の気持ちを表すために抱擁をしてくれたのに、なぜ声を我慢できなかったのかと言う残念な気持ちだけだ。

しかし正直、そのまま抱きつかれていたら機が動転しすぎて、しばらく無様にフリーズしていただろうから、肋骨が折れて良かったという安堵のような複雑な気持ちもあった。



「というか、手当なんて嘘なのでは?」

「嘘はついていない」

「でも、姉上のスカートは皇太子にやられた時よりボロボロになっていましたけど?」

「それは……」

「もしかして貴方、姉上を脅したりしてないでしょうね?」

「脅す?」

「お前のせいで骨まで折れたんだから責任とれなんて言って、変なことしたりしてませんよね?」

「そんなことは……」


ないと言いかけて、口ごもる。


……そんなこと、あるだろうか。彼女に触れられるたびに出血が酷くなるのが分かっていながら、何も言わずに黙って手当をされていたのは、変なことに入るのだろうか。


……いや待て。足がどんどん出てくるから、スカートを破くのをやめて欲しくて思わず手を取ってしまったことは、明らかに変なことだった。


エレーユが嫌がっていたことを思い出し、エルフリートは深く反省した。


「何かあったんですか?」

「いや……」


歯切れの悪いエルフリートに疑念の目を向けつつ、アレクサは「こいつ、女に人気がある割に実際喋るとやっぱりポンコツそうだし、まあ何もなかったんだろうな……」と呟いた。

何やらとても失礼で、しかし的確なコメントが聞こえた気もするが、よく聞き取れなかったのでエルフリートの気のせいかもしれない。


「それより貴方、皇太子に勝つこともできませんでしたよね。貴方が再び負けて、あんなやつに帝国に連れて行かれたら、姉上はどうなってしまうんですか。やっぱり貴方は姉上に相応しくないのでは?」

「次は、負けない」

「本当ですか?あの男、あの軍事大国を力で治める次期皇帝ですよ。大陸で一番強いと言っても過言ではない。魔物のような男です。貴方もいざとなったら恐れ慄き、姉上を庇うことはしないのではないですか?」

「そんなことはない」

「じゃあ貴方、それくらい姉上のこと好きって言えるんですか?そこまで好きそうには見えませんけど」


アレクサはエルフリートに気を許したわけではないだろうが、立っているのが面倒になったのか、ボフンとエルフリートのベッドに腰を下ろした。


「さあ、どうなんです」

「…………好き、ではないと思う」

「はあ?じゃあ嫌いってことですか。あの姉上を嫌う人類がこの大陸に存在していいとでも?」

「いや」

「じゃあ何なんです?」

「責任がある、というか」

「責任?義務って事ですか。義務で姉上と婚約していると?」

「違う」

「じゃあ何なんです」


……何なのだろうか。


エルフリートは自分でもよくわからないが、エレーユのことは好きだと言う気持ちが強すぎて、もう単純に好きだという言葉では表せないような気がしている。


好きだと言うのはただの気持ちだが、大切に思うと言うのは、付随する全ての苦難も飲み込める関係の気もする。あえて言うなら、そこが違いだろうか。

エレーユのことは絶対に守らなくてはならないし、喜ばせて、幸せにして、笑顔にしなくてはならない。

大切にすると言うからには、より大きな責任と義務も伴ってくると思う。

そして、その責任も義務も、エルフリートにとっては喜んで引き受けたいもので、かけがえの無いものだ。他の誰かに渡して任せたいようなものでは無い。


コミュニケーション能力が極端に乏しいエルフリートは、これをうまく説明することができなかったので、アレクサは首を傾げていた。


「貴方は姉上が好きなんですか?」


大雑把に言えばそうなんだけど、詳細が全くうまく伝わっていない。

しかしそれ以上の説明ができる気がしなくて、エルフリートが曖昧に頷くと、アレクサは「ふーん」と言った。


「では、姉上のどこが好きなんですか」

「どこ、とは」

「どこって、色々あるでしょう。姉上の類稀なる美貌とか、努力家な一面とか、表面は完璧だけど中身は抜けてるところがあるところとか」

「なるほど」

「なるほど、とは何です。もしかして貴方、やっぱり姉上のことをそこまで想っている訳ではないと?公爵家の女を切るのが惜しいだけですか」

「いや」

「では姉上のどこが好きなのですか」

「……わからない」

「はあ、わからない?姉上の魅力を一つでさえ理解できないと?貴方はこの世に存在していい男じゃない」


存在さえ一蹴されてしまったエルフリートは、自分の語彙力のなさにうんざりした。

全然説得されていないアレクサもまた、呆れた顔をしていた。


エレーユに好きな部分があるから惹かれている訳では無くて、何というか、


「はっきり言います。姉上、絶対絶対絶対、貴方のこと嫌いですよ」

「嫌い、と言われたことはないが……」

「姉上は思慮深いお方です。安易に人を傷つけるはずがないでしょう」

「しかし……好きでもない相手と婚約者でい続けることなんて誰もしない、と思う」


親からの紹介が馴れ初めといえど、エルフリートとエレーユは無理やり婚約させられた訳ではない。

相手が気に食わないのであれば、いくらでも断ることのできるタイミングはあった。

エレーユのワイトドール家は、エルフリートのエデンバーグ家よりも格上だから、エレーユが家のために我慢しているなんてこともないはずだ。

それに、エレーユが仮に貰い手のいないような令嬢だったならまだしも、実際は引く手数多の美女だ。

だから、エレーユがいまだにエルフリートの婚約者でいてくれているのは、一重にエレーユがエルフリートのことを憎からず思ってくれているからだ。


しかしアレクサは唇を尖らせて、不穏な言葉を呟いた。


「それが不思議なんですよね。俺の見立てでは、姉上はエルフリート・エデンバーグを好きではないはずなのに、何故かスッパリ婚約破棄に踏み切ってはくれないんですよね。……まあ、今日のところはいいでしょう。俺はもう行きます」


見舞いの品だという城下町のお菓子をポンとベッドに放り投げ、アレクサはパッと立ち上がった。

あとはそのまま部屋を出て行くかと思ったが、アレクサはパッと振り返った。


「そうだ、最後に」

「なんだ?」

「姉上を庇って皇太子の前に立ったことだけは褒めてあげます。まあ、俺だったらあなたのように無様に負けず、アイツの頭を爆散させてましたけど」


……皇太子の頭を爆散させていたら、王国は存亡の危機だったのでは。


突っ込みは言葉にせず、エルフリートはアレクサを見送った。

皇太子とまでは行かないが、アレクサも相当嵐のような人物だ。


アレクサが残したお菓子を手に取ると、ずしりと重かった。

たくさん食べるだろうと思われたのか、それとも姉を庇って怪我を負ったエルフリートへの彼なりの感謝なのか。


しかし、エルフリートが皇太子の前に立ったのは極々自然な事だった。

相手が皇帝だろうが皇太子だろうが、誰であってもエルフリートはそうする事を選んだはずだ。


エルフリートは女心どころか、人付き合いが大の苦手だ。話も大して面白くないし、真面目すぎてつまらない自信もある。

しかし出来ないことや至らない事は多くとも、エレーユを守って前に立つ事は出来る。暴力は好きではないが、力を振るわなければならない時が来るなら、きっと全力を尽くす。



エルフリートは、アレクサが寄越したお菓子の包みを開けてみた。

陶器のような繊細な装飾が散りばめられた缶だが女性らしすぎる事もなく、高貴な人間が選ぶ流行の菓子といった雰囲気だった。

流行りには疎いエルフリートだが、素直に「この菓子はこれから流行るのだろうな」と思えた。

アレクサのセンスの良さは流石姉弟だと感心しつつ、自分でもお茶と美味しいお菓子を用意しておこう、などと考える。

エレーユは忙しいから見舞いに来るような時間はないかも知れない。しかしもし訪ねてきた時に出したら喜ぶかも知れないと考えたのだ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ