返事は来ない
「……はあ」
エレーユは手紙を書きながら、額に手を置いた。
エレーユに憂鬱をもたらしているのは他でもない、エルフリートの件だった。
というのも、先程父親に呼ばれて何かと思って話を聞けば、出資している王宮庭園の視察にエルフリートと一緒に行ってきてくれと言われたのだ。
傍から見れば楽しいデートかもしれないが、実態はそうではない。
エレーユはまた、あのエルフリートのつまらなさそうな無表情を見なくてはいけないのか。
またエレーユだけがお喋りをしなくてはいけないのか。
どうやっても好かれないのに、何故エレーユは頑張らなければいけないのか。
……不公平だ。
そんなことを考えて何度もペンを置きながらも、完成させた手紙を侍女に渡して送ってもらった。
だけど、待っても待ってもエルフリートからの返信は来なかった。
……やっぱり手紙の返事、無視されてる。
そのことを確信したのは、手紙を出して三週間後のことだった。
エレーユが送った手紙の内容は王宮庭園に行かないかというお誘いで、お出かけの候補日として挙げたのは明後日だった。
だけど、候補日の2日前になっても返事が来ない。
もともと手紙を送るのは筆まめなエレーユばかりで、エルフリートの返事は遅いことが多かったし、エルフリートに期待をしていた訳ではない。
でも、行きたくないのなら行きたくないでいいから、マナーとして出欠の返事くらいくれてもいいのではないだろうか。
エレーユはもう一度、最近届いた手紙の山を見た。
毎日こんなに沢山の手紙が届くのに、三週間前にエルフリートに送った手紙の返事は影も形もない。
「断る事さえも億劫になるほど、私の事なんてどうでも良いのでしょうね」
鼻で笑ってみるが、やっぱり好きの反対は無関心なのだと痛感した。
エルフリートの中のエレーユは好きか嫌いかと分別するのも億劫なほど、どうでも良い存在なのだと再確認できた一件だった。
「……まあ、私はエルフリート様に嫌われたって、全然なんとも……痛くも痒くもないですけど」
文机に肘をついたまま、エレーユは呟いた。
遡れば、エルフリートがエレーユの婚約者になったのは、半年ほど前。
社交界デビューして2年経っても恋人すらいなかったエレーユに、母親であるワイトドール夫人が縁談を持ちかけたのがきっかけだ。
「エレちゃん、まだ『素敵な純愛したい』とか言って恋人見つけられないの?高嶺の花って言われてるエレちゃんだけど、厳しすぎて最近は女の子が好きなんじゃないかって噂が出てるらしいわよ」
「余計なお世話です」
「ママがエレちゃんくらいの時は、毎晩とっかえひっかえしてたわよ」
「私はお母様みたいな爛れた恋愛はしたくないのです。この人だと思える方と、一途に愛し愛される素敵な恋愛がしたいのです」
「ふーん」
「つまらなさそうな顔しないでください」
「あ、そうだ。ママのお友達の息子を紹介してあげましょうか。ママのお友達の息子だけあって、とってもイケメンよ。しかも公爵家の子だから、婚約したら家にも利益があるわ」
母親は基本的に人の話を聞かない。
一途に愛される恋愛は最初が大切で、運命的な出会いをして愛を育んでいかなければいけないのに。
エレーユは興味ないと断ったけれど、しつこい母親に「予約が取れないパティスリーの個室取ってあげたから、一回だけ新作のデザート食べに行くと思って会って来なさいな」と言われて折れて、渋々エルフリートと会うことになった。
親にお膳立てされて会うような男性と素敵な恋愛が出来るとは思えない。
だけど、やってきたエルフリートは確かにかっこよかった。さすが社交界の花と呼ばれた母親の友達の息子だ。
それに事前情報として得ていた、騎士団の精鋭部隊で飛竜騎士として活躍しているというのも好ポイントだった。
「こんにちは、はじめまして。エレーユ・ワイトドールと申します。エルフリート・エデンバーグ様ですよね」
「……ああ」
「今日は母親がすみません。こんなお見合いみたいなの困っちゃいますよね。家の母親、お節介で」
「うちもだ」
「ふふふ。お互いお節介な親を持つと大変ですね。よし、今日は母親持ちですから沢山デザートを食べてやりましょうか」
「わかった」
その時もエルフリートは全然喋らなかったけど、初対面だし緊張しているのだろうと思っていた。
だけど、初対面の時からエルフリートが「この女はないな」と思っていたのだと気づくべきだった。
喋らなかったのは、エレーユに興味が無かったからだ。
しかし気付くことが出来なかったエレーユは愚かにも、その晩に母親に感想を聞かれて「まあまあだったと思います」と言ってしまったのだ。
「エレちゃんは素直じゃないから、まあまあってことは良かったのよね。じゃあこっちはお付き合いオッケーって事で」
「そ、そういう訳じゃないです!顔はまあまあかっこよくもなかったことも無いですけど、でも好きってわけじゃ」
「エレちゃんがかっこいいって言うなんて珍しい」
「か、かっこいいなんて全然言ってませんけど!というか、そんな軽い感じでお付き合いなんて!」
「潔癖ねえ。誰に似たのかしら」
母親に呆れ顔で押し切られたうえに、なぜか話はお付き合いを通り越して婚約にまで一気に飛んでしまった。
親同士が仲良しだったのも理由の一つだろうし、やっぱり大きな家同士良好な関係を保つのは利益になると思われたのが最大の理由だろう。
「知らないうちに私たち、こ、婚約することになってしまいましたね」
「ああ」
「親が私の意見も聞かず勝手に決めたわけですが、まあこうしてご縁があったわけですし家の為にも仲良くしましょうか」
「わかった」
「よ、よろしくおねがいします」
「ああ」
頷いたエルフリートの横顔を見て、思った。
……この人がわたしの婚約者。
仲よく、しよう。
エレーユは最初の頃、確かにそう決めた。
エルフリートが、エレーユのことをこんなに嫌いだとは分からなかったからだ。
エルフリートは次男だから、家の為に好きでもない公爵家の娘と結婚させられていたのだとエレーユが思い付いたのも遅かった。
だけどこんなことになるのなら、エルフリートなんて断固拒否だとはっきり言えばよかった。
好きになれそうにないなら断ってくれと言うべきだった。
この婚約は、やっぱり最初から色々と無理があったのだ。