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私の事が全然好きじゃない婚約者に、今日こそ婚約破棄だと言ってやる  作者: 木の実山ユクラ


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応急処置



エルフリートは怪我をしてダラダラと血を流している。

いけない。早く血を止めないと。

すぐさま、エレーユはエルフリートに歩み寄った。


「大丈夫ですか。怪我が酷いようです。すぐに血を止めないと」

「……いや」

「嫌でも我慢してください!失礼します」


嫌だと言われたが、半ば強引に背伸びをしたエレーユは持っていたハンカチをエルフリートの額に当てた。

エレーユの上質な白いハンカチが、瞬く間に赤く染まる。

エルフリートの血は固まりつつある部分もあったが、頭の傷からはまだドクドクと血が出てくる。

というか、エレーユがハンカチを当ててから、先ほどより出血が酷くなった気がする。

大丈夫かとエレーユが再び声をかけようとしたら、エルフリートが先に口を開いた。


「大丈夫、だったか」

「何がですか?」

「怪我、とか」

「はい?怪我が酷いのは貴方ですよ。私はコケただけですし、怪我もありません。それよりエルフリート様、さっきより出血が酷くなってきているようです。私のハンカチ、もう血まみれになっちゃいました」

「そうか、もう大丈夫だ」


エレーユが押し付けた血まみれのハンカチから離れるように、エルフリートがフイっと顔を背けた。

しかし血を失いすぎているのか、小さくふらりと揺れて、膝をついた。


「エルフリート様、やっぱり止血はしないと」

「いや、大丈夫だ」


……いくら怪我が酷くても、触らせたく無いくらい私のことが嫌いなのよね。でもそれなら、こんなに傷だらけになるまで皇太子殿下に反発するかしら?……もしかして、もしかして、実は私の為に怒ってくれていたとか?


もしかしたら、今なら少し違った答えが聞けるのかも。そんなことを思ったエレーユは聞いてみた。


「エルフリート様、何故こんなに怪我をするまで皇太子殿下に向かって行ったのですか?」

「?」

「貴方がこんなに傷だらけになる必要なんてないですよね。……だ、だって別に、私なんて帝国に行っちゃえばいいですよね?私を守ってくれたとか、そ、そういうわけじゃないですもんね?」

「それは」

「それは?」

「……心配、かけただろうか」

「はい?」

「すまない」

「はあ」

「手強かった。だが彼にはもう負けないようにする」


……ああー、私のバカバカ。やっぱりエルフリート様は私のことを心配したわけじゃなかったんだ。エルフリート様はただ、売られた喧嘩を買っただけだったんだ。おっとり無頓着なようでいて、やっぱり負けず嫌いなところもあるという事よね。うん、まあ、あれだけ貶されたら、私が居ようが居まいが、そのまま引くなんて誰だって嫌だものね……。


正直、「君を帝国にやるようなことは、俺が絶対に許さない」とか、「君を守ったんだ」とか、もしも奇跡が起こったら言ってくれるかも……。なんて、ほんの少し思わなかったこともないけれど、やっぱり的外れな期待だった。


……はあ、期待させないでほしいわ……ううん、これは勝手に期待した私が悪いわよね……。


「まあいいです。とりあえず止血だけはさせてください。……ああ、ハンカチだけでは足りないですね。はしたないし、何よりエルフリート様は嫌かもしれませんがこれも使って……えい」


勝手に期待をして勝手に落胆したエレーユは、もうどうにでもなればいいという気持ちで、絨毯に座り込んで、ビリビリとドレスのスカートを破き始めた。

別に、こんなはしたない女ありえないとか、さらに幻滅したとかエルフリートに思われたって、もう既に失うものなどないし。


「な、何を」

「止血です。歩くたびに血を滴らせていてはお掃除も大変ですし」

「そうではなくて」

「ではなんです?」

「ど、ドレスを破るのはやめてくれ」

「はい?やっぱり私のドレスが汚いってことでしょうか。まあ確かにコケちゃいましたけど、血を止める数分だけですし、気に入らないなら後からしっかりと消毒して貰えばいいじゃないですか」

「いやそういうことじゃない……!」


エレーユは、先ほどゼファルに斬られて大きなスリットが入ってしまったドレスを、せっせと自分で破いていた。

斬られてコケて、その破られて、保守的な王国のドレスの面影はもうなく、今や両足が前面に露出された踊り子衣装のような有様になっている。

膝小僧どころか、太ももまでよく見える。


「さっき斬られたので、非力な私でもドレスが裂きやすくなってますね。まあそれは雨降って地固まると言いますか、良かったというか」

「いやよくない!」


エルフリートは「やめてくれ」というような声にならない声をあげて、むしろ開き直って自虐のようにドレスを破っていたエレーユの手を掴んだ。


「なっ、なんですか!いきなり手なんかつ、掴まないでください!」

「す、すまない」


驚いたエレーユが手を振り払うと、エルフリートが一気に静かになった。


……な、何でいきなり手なんて。


平静を装ってはいるが、エレーユの心臓はバクバクと音を立てている。

エルフリートに掴まれたエレーユの手が、まるで火傷したように痺れて熱く感じる。


……へ、変なの。私は別に何とも思っていないし、そもそも嫌われてるのに。


嵐のようだった皇太子の後始末と、メチャクチャになってしまった剣武祭の後処理に追われているのか、エレーユたちがいる広間には人一人入ってこない。

エレーユがビリビリとドレスを破く音以外なく、第二王女と思しき王族の声が、大会は一旦中止とアナウンスしているのが遠くに聞こえるだけだ。


「……」

「……」


しばらく無言で止血をする時間が続く。

しかしそれを破ったのはエレーユだった。声色は、務めて普通になるように注意を払った。


「ちょっと顔をこちらに向けてください。それでは傷口の止血ができませんので」

「しかし」

「しかしなんですか。いいから早くこちらを向いてください」

「分かった……」


エルフリートは落ち着かない顔で、渋々エレーユに従った。


「うーむ、このドレスはシルクですから、あまり血を吸いませんね。でも、無いよりはあった方が多少はマシになるでしょうか」

「……」

「ここは血が固まっていますから少し拭いますね。痛かったら言ってください」

「分かった」

「目を少し瞑っていてください。目に血が入ったら痛そうですから」

「分かった」


無心になってエルフリートの顔を拭く。

ふきふき。

しかし、やっぱり綺麗な顔だと思うと、意図せず手が止まってしまう。


……本当に、怪我をしていても絵になる顔よね。


思えば、メリエーヌにエルフリートとの初対面の感想を聞かれた時、エレーユは「まあまあ」と答えていた。

それはエレーユの人生で初めての「まあまあ」だった。

でも、勘違いをしないでほしい。これは断じて「好き」という意味ではない。あくまでただの「まあまあ」だ。

顔が良くて真面目で、騎士として強いし、騎士団の隊服が似合っているし、声とか腕とかかっこいいし、性格も穏やかだから、まあまあ悪くは無いかもしれないけれど、その良さを帳消しにしてしまうくらい、彼はエレーユのことが嫌いだ。

自分のことを嫌っている人間とする結婚ほど辛いものはないと思う。

だから、せっかく「まあまあ」だと思ったけれど、やっぱりエレーユはエルフリートとの婚約は破棄するべきだろう。

そしてエレーユが明け渡した後の婚約者のその席は、すぐに別の誰か、たとえば海の国の姫のような可愛い女性に取られてしまうのだろう。


……エルフリート様は、どんな女の子を好きになるんだろう。


ググッとエルフリートの額の傷を抑える手に力が籠る。

エレーユの心境は複雑だったが、エルフリートは何も言わなかった。皮膚に痛みくらいは感じたかもしれないが、それに対しても表情も変えなかったし、微動だにもしなかった。


……私はこうしてエルフリート様のせいで色々と考えさせられているけど、エルフリート様は絶対今日の夕飯のこととか考えているわよね。


二つの意味でまるで彫刻のようなエルフリートに、エレーユは何故か段々イライラとしてきた。


……というか、エルフリート様は何でこんなに顔が綺麗なのよ。卑怯だわ。


無防備に目を瞑っているエルフリートが、やけに憎たらしく感じてくる。

エルフリートは後にも先にも、エレーユのことで悩むことなどないのだろう。

今だってきっと、仮にも女性で婚約者のエレーユが至近距離にいるにも関わらず、緊張なんて他人事で、凪のように無関心な心でいるのだろう。


……ふんっ。いくら興味がないとはいえ、その態度は失礼だわ。


エレーユは、勢いでぐいっとエルフリートに顔を近づけてみた。

エルフリートはすんとも動かず、本当に無防備だ。


……というか、嫌いな女の前では、言われても目なんて瞑らないほうがいいと思いますけどね!!


少しでも動けば、エルフリートにキスでもなんでもできてしまう距離だ。

呑気なエルフリートは何も気が付いていないようだが、エレーユの気分一つで、大嫌いな女に唇を奪われたという一生消えない最悪な思い出を残してやることだってできてしまうのだ。


……なら嫌がるエルフリート様に無理やりトラウマを植え付けて、私を一生忘れられない女にしてやるでもいいかもしれないわね……!


「目は、開けてもいいか?」

「え?!?!ダダダダダ、ダメです!!!!!」


意地悪な気分に浸っていたエレーユは、重い罪を暴かれてしまった罪人のように、エルフリートの突然の呼びかけに驚いて跳ね上がった。

しかも着地のバランスを崩して、あろうことか、エルフリートに正面から抱きつくような格好になってしまった。


「!!」


エレーユは逃げるウサギのようにすぐに飛び退いたが、エルフリートが声にならない悲鳴を上げた。

ものすごく嫌だったのだろうと悟ったエレーユは、驚きも相まって反射的に平謝りをしていた。


「ごめんなさい!!!!!!!!私、何もしようとしてません!いえごめんなさい未遂です嫌でしたよね、分かっていますほんの出来心ですごめんなさい忘れてください!」

「……」

「もしかして重かったですか?!私、最近ちょっと食べすぎちゃって……ってどうでもいいですよね、ごめんなさい!!!!!」

「いや」

「本当にごめんなさい!精神的ダメージを負ったというのなら慰謝料の請求でもどうぞしてください!」

「いや、大丈夫だ」

「ほ、本当に大丈夫ですか?痛くはないですか?」

「ああ」


焦ったエレーユに対して、エルフリートは普段の冷静な声のままだ。

エレーユばかり取り乱しているのも癪なので、まだバクバクと鳴っている心臓を無視して、何事もなかった顔を取り繕う。


……事故、事故だもの。あれは言うなれば、ちょっと道端でぶつかったようなものよ。うん。


よし、何もなかった。

何も起きなかった。


チラリと横目で見ると、エルフリートはまだそこにいた。

エルフリートはそのまま、エレーユの隣で動いていない。かといってエレーユを見るわけでもなく、黙って壁の方を見て座っていた。

事故とはいえ、嫌いな女に抱きつかれたのだから、怒ってすぐさま立ち去ってもおかしくないのに、なぜか立ち去ることもなかった。


……抱きつかれて悲鳴が出るほど嫌な女と二人なのに、何が楽しくて我慢をしているのかしら。


エルフリートが何を考えているのかわからないが、何を考えているのかなんて、今は考えないことにする。

エレーユは自身を落ち着かせるべく、ドレス破きの作業に戻った。

黙々とドレスを破いては、エルフリートの血を拭う作業をこなしていく。もはや、いつまでこの作業を続けるべきか、分からなくなっていた。



しばしの時が流れ、エルフリートが口を開いた。


「さっき」

「さっき、なんです?」

「本当に重くはなかった」

「はい?」

「だから……」

「?」


要領を得ないエレーユが首を傾げると、エルフリートが小さく項垂れた。


「いや、なんでもない」

「え?と言うか別に、私重くないですけど!ダイエットしなきゃとも思ってませんけど!」

「そうか」

「はい、そういうことです。そういうことにしました。それより、そうだ、医療隊!医療隊に診てもらいに行ったほうがいいのではないですか?そろそろ血も落ちなくなってきたのではないですか?!」

「……もう手当は終わりか?」

「はい、終わりです、終わりましょう」

「もう、行くのか?」

「はい」

「そうか」

「行きましょう」

「分かった」


エレーユが先に立ち上がると、エルフリートも続いてゆっくり立ち上がった。

そして去っていくかと思いきや、エルフリートは控え室のブランケットを持ってエレーユのところに帰ってきた。

ブランケットをすっと差し出す。


「これを被って、帰ってくれ」

「被るって、何故ですか?別に寒くはないですけど」

「スカートが」

「ああ、ミニスカートになってしまいましたね。見窄らしいですから、ご助言通りとはいかないまでも、スカートは隠してこっそり帰ることにします」

「ああ」


エレーユがブランケットを腰に巻き付けて、コソコソと帰路に着くのを見届けてから、エルフリートは広間から出ていった。





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