ひと段落…?
ガクガクと膝が震えてきた。
辛うじて息をして、ごくりと唾を飲み込む。
……こ、こ、こ、こんなはずじゃなくて、私はただ止めようと……!
今にもきっとゼファルがむっくりと起きて、彼を害した犯人であるエレーユの喉元に剣を突きつけるだろう。
いや、突きつけられるだけでは済まないかもしれず、もはや速攻で突き立てられるかもしれない。
エレーユは冷や汗をダラダラ流しながらゼファルの様子を伺っていたが、彼はなかなか起きてはこなかった。
「………あ、あの、皇太子殿下?」
怒声どころか返事も反応もないまま転がっているだけのゼファルを不審に思い、エレーユはにじりにじりとゼファルに近寄って再び声をかけた。
「皇太子殿下?」
「……」
「もしもし、皇太子殿下。起きていらっしゃいますか?」
「……」
「皇太子殿下。先程は申し訳ありませんでした。あの、そろそろ起きてください」
「……」
「早くお返事をしてくださらないと、皆が心配しますよ〜」
「……」
「えーと、もしかして、このタイミングでお昼寝されちゃいましたか?悪戯は程々にしていただけたら嬉しいです、なんて……」
「……」
「え、うそ……まさか、死……」
「……」
「……そんな、どうしよう……!」
慌てたエレーユは、つい助けを求めるようにエルフリートを見てしまった。
しかしその瞬間、座り込んだエレーユの横で、ゼファルがガバッと上半身を起こした。
「っは!どこのどいつだ、俺を後ろから狙った愚かな奴は!殺してやるから出てこい!!」
「ひっ!」
エレーユが恐ろしさに身を縮めると、ゼファルがまるで大蛇のように振り返った。
「……もしかしてお前か?」
「っ!大変、申し訳ありませんでした!!故意では無いとはいえ、完全なる私の落ち度です!罰は受けます……!」
エレーユが地面に頭を擦り付ける勢いで陳謝すると、しばし不穏な静寂が訪れた。
……あ、あれ。怒声が飛んで来ない。何故何も言わないの?私、もしかして次の瞬間、首を飛ばされてたりするのかしら。
エレーユは言い訳も言えず、恩赦もなく、速攻で処さられることを想像してぎゅっと身構えた。
しかし。
「はははははは!お前だったか!なんと豪胆な女だ」
「え?」
エレーユが顔を上げると、ゼファルが楽しそうに笑っていた。
「この俺の頭を盾で殴った女など今までいなかった。やはりお前は特別かもしれんな?」
「あ、あの」
「言っただろう、従順な女は腐った魚だ。そんなものに産ませた子が将来強くなると誰が思う?それに引き換え、お前のような豪胆な女から生まれた子はどれ程強くなるだろうな。俺を超える子を産んでくれ」
「ええと……」
「まあいい。今日は帰るが、お前のことはすぐに迎えに来てやる。準備を済ませて待っていろ。いいな」
ゼファルはくるりとマントを翻すと、競技場の脇の方で何も言わずに影のように気配を消していた帝国の従者を目線だけで呼び、「艦を出せ」と命令してから、そのまま競技場を去っていった。
「お待ちください、王太子殿下!」
第一王子をはじめとした王国の主催者たちは、いきなり帰り支度を始めたゼファルを見送るために、彼を追ってバタバタと出て行った。
「な、なんとか、助かった……?」
呟いたエレーユはヘロヘロと入退場口まで向かい、競技場から出た。
今にも力が抜けて座り込んでしまいそうだったが、観客の目がある競技場でそれをするのは、辛うじて残っていた公爵令嬢の矜持に懸けて堪えた。
それからぼんやり、何も考えずに進んでいると、選手控え室の広間に辿り着いた。
来賓選手も使用するような、落ち着いた意匠だが上質な雰囲気を纏った部屋だ。
……ここで少し、休みましょう。……じゃ、なくて。
ベルベットの赤い絨毯の上に膝をついた瞬間、エレーユはハッと何かに気がついた。
そしてすぐさま起き上がった。
「エルフリート様はどこ?!」
エルフリートは、酷い怪我を負っていた。
放心していたとは言え、こんなに大切な事を放ってここまで来てしまったなんて。
エレーユは急いで広間を出ようとしたが、その丁度のタイミングで、広間に入ってきたばかりのエルフリートを見つけた。
「エルフリート様!」




