皇太子からの誘い
「帝国でもなかなか見ない上玉だ」
「えっ?」
「悪くない」
「わ、私がですか?」
「そうだが」
思わず変な声が出てしまった。
まさか髪に続いて容姿まで褒められるなんて、全く思っていなかった。
「お前、帝国へ来い」
「て、帝国?!」
「そうだ。帝国だ」
「えっと、なんでですか?」
「お前を俺の後宮へ入れてやる」
「こ、後宮?!」
「ああ、光栄に思え」
「私がですか?何故?!」
後宮?後宮って、あの後宮?
大陸全体で見ても、一夫多妻制が認められている国は帝国と他に数国しかない。しかもその帝国でも、皇帝と次期皇帝のみが持っているものだ。
エレーユが目を白黒させていると、ゼファルがニヤリと笑った。
「何よりお前の、その藍色の髪が良い」
「髪ですか?」
「帝国では藍色の髪の女は価値が高い。加護を持った戦士を産めると言われているからな」
「ええ?確かに私の髪は藍色ですが、私にそんな能力は無いと思いますよ」
「いいや、この俺の母親も藍色の髪だった。それだけで十分な証拠となるだろう」
「そう、でしょうか……?」
「そうだ。いいか、考えてみろ。もしお前が本当に俺に気に入られて子を産み、そしてそいつが生き残って次期皇帝になるようなことがあれば、お前はべザルヴァ帝国の皇太后の名を手に出来る。この大陸で三番目に権威ある名だ。何よりも得難い誉だ」
……いやいやいや。帝国にお嫁入りは流石に怖すぎるのだけれど。
エレーユはお客様用の微笑みを顔に貼り付けてはいたが、帝国では、次期皇帝を決めるためとはいえ家族同士で殺し合いさせたり、暗殺や下剋上が日常茶飯事だなんて噂を聞いたことがある。
そんな帝国で暮らすなんて、恐怖すぎる。
「ともあれ、俺の後宮に入れると言うだけで、女なら誰でも幸せに咽び泣くような話だろう?」
「え、えっと」
「いつ帝国へ来る?俺の気が変わらないうちにさっさと決めたほうがいい」
「いえ、それは……」
「今、俺の後宮には20人囲ってある。機会を逃しているような女では、到底俺に選ばれることはないぞ?」
「有難いお話ですが……」
「さあ、いつ帝国へ来るんだ?」
ゼファルはエレーユの話をよく聞こうともせず、言葉を被せてくる。
仕方が無いので、多少失礼ではあるが、エレーユも喋るゼファルの言葉に被せて首を垂れた。
「折角のお話ですが、申し訳ありません。私は行けません」
「何故だ?このチャンスを棒に振ると?」
「まず、私ではそのような大役、到底務まりません」
「務まらない様な女であれば、俺が直々に声をかける事はしないが?」
「それに帝国は同盟国ではありません。その場合結婚の法律が成り立ちません」
「薄い紙に認めた長ったらしい法律など、それこそどうでもいいだろう」
「あと、皇太子殿下は、私のことが別に好きな訳では無いと思いますし」
「それになんの問題がある?」
「私は叶うならば、私のことを少しでも好きだと言ってくださる方と結婚がしたい、と思っています」
「後宮に入れるだけでも得難い幸運なのに、この俺の心まで欲しいと。随分と傲慢な女だな」
「傲慢でしょうか。いえ、確かに、傲慢かもしれません」
……傲慢かもしれないけど、これは結構本心なのよね。
だって、エルフリートの婚約者だった日々は散々だった。
なんでエルフリートは嫌いな女と婚約したのだろう、と思わずにはいられない態度を取られるばかりで、毎回会うたびに婚約破棄を考えていた。
家の為かもしれないが、こんなに嫌いならば無理なんてしなくていいのに。エルフリートが無理をするから、エレーユが勘違いをしてしまった日もあった。そして、余計に傷つく羽目になった。
こうしてエレーユが過去から学んだことは、自分のことが嫌いな人とは絶対に結婚するべきではない、ということだ。
「ふ、なんにせよ、俺が女に入れ込むようなことはない。なぜならいつも女が俺を求めてくるからだ。お前も、俺を求める事が幸せなのだとすぐに気付くだろう」
笑うゼファルの手が緩んだので、エレーユは刺激しないようにさりげなく距離を取った。
ゼファルは、まあ、顔は大陸全土でイケメンコンテストをすれば上位に食い込む程だろうし、男らしくて、性格と文化的背景を考慮しないのであれば、女の子からモテモテだろう。
そりゃハーレムでもなんでも作れる器をお持ちだ。
だが絶対、エレーユがゼファルを好きになる事は無いと思う。
エレーユのタイプはこんな横暴な人物ではなく、穏やかで優しい人だ。
「あの、そろそろ時間が」
「俺との時間以上に大切なものなどないだろう」
「それはもう。でも、どうしても行かないといけないんです、すみません」
「そんな用事、後からどうとでもしろ」
エレーユは良くある社交技術を使ってこの場を収めようとしたが、結局ゼファルからは逃げられなかった。
一度離れたはずのゼファルが腕を掴んで来て、エレーユはまたしても捕まってしまった。
「お前は、俺の子を産める事がどれだけ幸運なことか分かっているだろう?では何故そう早く去りたがる」
「いえ、ですから……」
「まさか、分からないのか?見た目に反して頭の悪い女だな。お前はこの俺を目の前にして、何が女の幸せか、全くわかっていないようだ」
驚いたのも束の間、ゼファルに再び距離を詰められた。
もうすでに、エレーユが瞬きをすれば、ゼファルの獰猛な顔にまつ毛がバシバシ当たってしまいそうな距離だ。
「こうでもしてやれば、流石のお前も理解するか?」
ゼファルはぎゅっとエレーユの頬に指を食い込ませて、その顔をエレーユに近づけてきた。
視界いっぱいに広がったゼファルの目に、エレーユ自身が映ったのが見える。
……近い。近い、近い近い!!!!!これは、まずい近さだわ!




