昼休憩
剣武祭のトーナメント、午前の試合は全て予定通りに終了した。
エルフリートもアレクサも全く危うげなく準決勝にまで駒を進め、会場は幕間の昼休憩の時間になった。
休憩時には、各国から招いた来賓と、大会に関わる王国貴族や出場選手が、王宮の広間での昼食会に招待される。
エレーユは王女であるメリエーヌの客ということもあり、その昼食会に参加していた。
昼食会は立派な食事が用意されてはいるが、各々が交流しやすいカジュアルな立食形式が取られていた。
高い天井からは金細工のシャンデリアが幾重にも吊り下がり、その向こうに見える天窓からは柔らかな光が落ちてきて、磨き上げられた大理石の床を彩っている。
壁面には王国の紋章旗と歴代王の肖像画が並び、重厚な空間でありながらも、立食形式のため人々の笑い声と談笑が広間を軽やかに満たしている。
エレーユは顔見知りの貴族たちと挨拶を交わしたり、「今年の優勝者は誰になるか」なんて予想を始める彼らに相槌を打ったりしていた。
それから出場した騎士にも話しかけられて、エレーユは彼らを労ったりその勇姿を讃える言葉をかけたりもした。
公爵令嬢としてそつのない対応で、会場にいる殆どの知り合いと話をし終わった。
だけど、仮にも婚約者で、大会の出場者であるエルフリートとは一言も話していなかった。
……でも仕方ないじゃない。エルフリート様だって、特に話しかけて来てくれなかったし。
会場の一点を見つめて眉を寄せたエレーユの側に、メリエーヌがやってきた。
「エレーユよ、エデンバーグ次男に、お疲れ様くらい行ってきたらどうだ」
「え?」
「ほら、婚約者だろう?」
「……忙しそうだもの。やめておくわ」
「忙しそう?いやいや、そんなものどうとでも……むぐ」
エレーユはメリエーヌがこれ以上何も言わないように、料理台から骨付きチキンの香草焼きとピンチョスをいくつか取り上げて、エイッとメリエーヌの口に押し込んだ。
「もごごぐぐ」
メリエーヌは何かを言いたげに恨めしそうな顔を向けてきたが、エレーユは無視した。
まあ、彼女は小さい体にもかかわらず大食いなので、あれだけ詰め込んだとしてもきちんと飲み下すだろうから大丈夫だ。
ダメ押しに肉や魚を盛り付けた皿をメリエーヌに持たせ、メリエーヌの足が遅くなったところでエレーユは一人、飲み物をとりにバーカウンターへ向かった。
「あの瓶のお酒をお願いします」
エレーユは並ぶお酒を少し眺めてから、カウンターの中にいる給仕に、強めのカクテルを頼んだ。
給仕は慣れた手つきでものの数秒でカクテルを完成させる。
エレーユはその場で、出てきたカクテルのグラスを手に取り、ぐいっと煽った。
カクテルはしっかり甘い蜂蜜で飲みやすく整えられていたが、やはり熱いアルコールが喉にくる。
……確かにメリエーヌが言うように、私から駆け寄っていって「お疲れ様でした」くらい言えれば可愛げもあるのでしょうけれど。
でも、やっぱりそれはできなさそう、とエレーユはため息をつく。
だって話しかけようにも、エルフリートとは全く目が合わない。
自分に婚約者がいることさえも忘れているのではないかと言うくらい、彼はエレーユの方を見ない。
この調子ではきっと、エレーユが駆け寄って行っても、「何故お前がここにいるんだ」とばかりに、エルフリートは嫌がるに違いない。
「はあ……。ううん、もう気にしない、さっさと婚約破棄をするんだから」
グイーッと飲み物を飲み干すと、透明なグラスの向こうにエルフリートが見えた。
エルフリートは同じ部隊の騎士に囲まれて激励を受けたり、観戦している貴族に期待の言葉をかけられたりしていた。
……ってああ!エルフリート様、次は隣国のお姫様に話しかけられてる!
エレーユが二度見した来賓の一人、そのお姫様とはエレーユも面識がある。
エレーユはつい先月、彼女の国・海の国エスメランダへ行って、文化交流会に参加してきた。
そこで彼女ーーエスメランダの第三王女、ティア・イサラ姫にも挨拶していた。
ティア姫は海月ような淡い色のドレスがよく似合う銀の髪の、世の中の可愛いを詰め込んだようなお姫様だ。しかも可愛いだけじゃなくて、歌も上手い。楽団の歌姫も務めている彼女は、その透き通る歌声も相まってまるで人魚姫のようだ。
……ああいう物語のヒロインみたいな女の子、皆好きよね。エルフリート様だって、ああいう女の子が好きなんでしょ、どうせ。
それに比べて、エレーユは全く可愛いとは思われていないだろう。
何せ、「お疲れ様」の挨拶もできないような女だ。
「ふんっ」
自身の地味な藍色の髪を見ながら、エレーユは二杯目のアルコールを手に取った。
王国特産のボンボンベリーの甘いジャムに、蒸留酒が入ったお酒だ。
ごくりと一口飲んで確かめるが、飲みやすいお酒だったので、間髪入れずにもう一口飲んだ。
……ティア姫様とエルフリート様、話がまだ終わらないみたい。エルフリート様は私といる時ほとんど何も話さないけど、そんなに盛り上がっているのかしら。
やめておけばいいのに、エレーユはつい、もう一度二人の様子を盗み見てしまう。
ティア姫は自分の飲み物が空になっても、それに気がつかないくらいエルフリートとの会話を楽しんでいるようだった。
ティア姫は時折、口に手を当ててくすくすと肩を振るわせている。
……エルフリート様は、私には濃度高めの塩対応だけど、可愛いティア姫様には冗談も言うのかしら。
しかし、楽しそうなティア姫の背後で、不意にエルフリートが誰かに呼ばれたようだった。
エルフリートは名残惜しそうなティア姫から離れ、呼びかけに応えて移動した。
人混みの間に、エルフリートを呼んだ人物がチラリと見える。
……ええっ、また女の子?!
その人物は桃色の髪で、これまた純粋系ヒロインのように可愛い女の子だった。
彼女は駆け寄って来たエルフリートに、腕でも組みそうな勢いの至近距離まで近づいて、そのままエルフリートを急かして会場を後にした。
エルフリートは女の子から人気なことは知っていたが、パーティで放っておくとこんなにモテモテなのか。
そりゃ、エレーユなどに見向きもしないわけだ。
「いえ別に、だからどうってことはないんだけれどねっ。ごくごくごく。ぷはー……」
思わずエレーユが追加のグラスを飲み切ると、後ろから声がした。
「姉上、そんな勢いで飲んで大丈夫ですか?」
「アレクサ?」
名前を呼ばれて振り返ると、やはりその声通りアレクサが立っていた。
アレクサも今年の注目株として貴族たちや来賓客、どこぞの令嬢や姫たちに色々と話しかけられていたようだったが、それらを軽くあしらってエレーユのところに来たらしい。
「姉上、そんなにお酒強くはないですよね?」
「大丈夫よ!」
「そうですか?」
「大丈夫と言ったら、大丈夫よお」
「水、持ってきましたから飲んでください」
アレクサは片手に持っていた水のグラスをエレーユに手渡し、代わりにエレーユが持っていたからのグラスを引き取った。
「ありがとう」
「いいえ。しかし、姉上はいつも外でのお酒はセーブするのに、今日はどうしたんですか」
「別に、何もないけど……おっと」
「……。とりあえず、これ以上はもう飲まないでくださいね」
「別に大丈夫よ!」
アレクサから受け取った水もごくごくと飲み干して、エレーユは息をついた。
大丈夫、まだ酔ってない。エレーユは酒に強くはないが、弱くもない。
昼間から、しかも二杯程度で酔わないはず。
……うん、酔ってないったら酔ってないんだから……ヒック。
「そういえば姉上、次もまた試合前に応援のお声かけいただけると嬉しいんですが」
「もちろん応援するからね、全力で」
「よかった。ではこのまま優勝までしますので、姉上は宝剣の授与、お願いしますね」
「ええ、任しぇて!」
可愛い弟のお願いに、エレーユがどんと胸を叩こうとした瞬間。会場の中心にいた人々が、音をなくしたようにしんと静まり返った。
先ほどまで歓談の声で賑わっていたのに、どうして皆、急に凍りついたように静かに?
振り返って見れば、そこにいた人々は恐怖の表情で石のように固まっていた。
何事だろうか。
不思議に思って一歩進み、周りを観察する。
エレーユはゆっくりと視線を動かした。慄く人々の視線の先には、一人の男性が。




