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もううんざりです。




「迎えに来たよ、エリザベス!」

「まあ!貴方が私のために戦って、こうして救いに来てくれたなんて夢のようだわ!」

「僕には君のいない人生なんて考えられなかったから」

「本当?!実は、私もよ。私も貴方と共に生きていたい」

「結婚しよう。何よりも君を大切にする。愛してるよエリザベス」

「嬉しい。私も愛しているわ、リチャード」



二人は抱き合い、幸せそうに目を閉じた。

ゆっくりとクライマックスを飾る音楽が流れ、舞台に幕が引かれていく。


「とっても良い話でした!素晴らしい!私、泣いてしまいました!ぐすっ」


既に涙でびしゃびしゃになってしまったハンカチを握りしめ、エレーユ・ワイトドールは立ち上がった。

そして幕が閉じた舞台に向かって大きな拍手を送る。


流石、連日大盛況でチケットも取れない人気の演目だ。

エレーユは幼馴染兼茶飲み友達の王女陛下からチケットを貰ったのでこうして舞台を鑑賞できたわけだが、評判の百億倍良かった。

特に王子が姫を真っすぐに愛して障害を乗り越える情熱的なストーリーと、王子役の俳優がとってもかっこよかった。

今すぐにでも走っていって、あの俳優に花束を渡したいくらい。

本当に素敵なロマンスだった。


他の観客たちも次々に立ち上がり、エレーユと同じように感動を拍手に乗せて送っていた。



カーテンコールで役者や演出家が舞台に上がって挨拶するのを見届けてから、エレーユは再び席に腰かけた。

フウと一息つくと、隣にいる婚約者が視界に入る。

エレーユと目があっても、にこりともしない。


……ああ、なんだか一気に現実に戻された気分。


隣にいるのは、チケットが二枚あったので仕方なく誘った相手。

顔は綺麗に整っているが、常に無表情が故に冷たい印象の黒髪の婚約者、エルフリート・エデンバーグだ。



「すごくおもしろかったですね。感動しましたよね。特にあの俳優の方、演技もすごかったですし情熱的で素敵でしたね」

「ああ」

「エルフリート様は感動しませんでしたか?私は今日一日で一年分泣いた思いです」

「そうか」

「エルフリート様は、感想とかありませんか?」

「良かった」

「そうですか。でもそれだけですか?他に何かありませんか?」

「ない」


感動の舞台を見ても、終止すんとした無表情。

隣でエレーユがボロボロ泣いていても無視。

エレーユががんばって感想を聞いても、一言で片づける。


「でも折角ですからもう少し話しませんか。見終わった後の感想を誰かと共有するのも演劇の楽しみですし」

「……」

「ええっとほら、あの役者さんが可愛かったとか、あのお姫様みたいな女性が理想だとか、あんな綺麗な女性と婚約したかったとか、もうこの際、そんな正直な感想でもいいのですよ」

「ない」

「じゃ、じゃあ、あの役者の演技が下手だったとか、そういう辛口な感想でも大丈夫です」

「ない」


ほとんど義務のように会話を試みるも、エルフリートが乗り気になることは無かった。


エルフリートは、エレーユと喋りたがらない。

エレーユが何度がんばって話しかけても、こうして会話は全く弾まずにすぐに終わる。

そしてエルフリートがエレーユに感想を聞くことは無いし、質問をすることもない。

エルフリートは、エレーユなんかに興味がない。

婚約者になったのも親が無理やり決めたから。

公爵家出身とはいえ次男であるエルフリートは、ワイトドール家とのコネを作るために我慢しているのだ。


自家の利益や外聞を気にして仕方なくデートに付き合ってやっているが、本当はこんな女に使ってやる時間などない。

興味のない女と一緒に過ごすのは全然楽しくない。ああ、鬱陶しい。

多分、エルフリートはエレーユに対してこんなことを思っている。


「……はあ。一応観劇の後に行くかなと思ってレストランの予約をしましたが、どうせ貴方は行かないですよね」


溜息を吐くと、エルフリートが振り返った。


「なぜ」

「いや、エルフリート様は帰りたいかなって」

「いや」

「じゃあ夕食食べますか?」

「わかった」


もう速攻お開きにしてやろうと考えていたが仕方なく食事に誘うと、エルフリートは付いてきた。

そんなに嫌々エレーユのご機嫌を取らなくていいのに。


エルフリートが我慢してエレーユと過ごしていることには変わりなかったので、食事中の会話もやっぱり盛り上がらなかった。


「エルフリート様、このポパイ鶏のホロホロ焼き美味しいですね。食べましたか?」

「ああ」

「食べたのですね、じゃあ、こちらのクリームフィッシュの包み揚げは食べましたか?このレストラン、王女陛下に聞いてずっと来てみたいと思っていたところだったのですよ」

「そうか」

「あの、エルフリート様、他に何かもっとこう、感想は無いのですか?これがおいしいとか、これが思ったより酸っぱいとか、あれが思ったより大きいとか」

「これがおいしい」

「……。」


ここまで会話が弾んでいないテーブルは珍しいのではないだろうか。

先程から給仕が心配そうな顔で視線を寄越して来るが、その心づかいが痛い。


「気を取り直して食後のデザートも選びましょうか。エルフリート様は何が食べたいですか?」

「なんでもいい」

「じゃあ、こってりかさっぱりか、どちらの気分ですか?」

「どちらでもいい」



……「なんでもいい」「どっちでもいい」

もはや、デザートも私と過ごす時間も私の事も、どうでもいいって聞こえる。


エルフリートの言葉を聞いて、エレーユは広げていたメニューを静かに畳んで脇に置いた。


もう、デザート食べたい気分じゃなくなった。

目の前の皿に少しだけ残ったクリームフィッシュの包み揚げだって、美味しくてもっと食べたかった筈なのに、もうフォークを手に取ろうとも思えない。


……いつもそう。エルフリート様は私といる時、全てがどうでも良い。

常に無表情で、にこりともしない。

少しでも楽しんでもらえたらと思ってがんばって喋りかけても、私といる時のエルフリート様は本当につまらなさそう。


この人のために可愛くなりたいと思ってお洒落をして、会える日を指折り数えて眠って、情熱的に想われる経験をして、ぎゅっと抱きしめられて、この人が大好きだと思って、愛していると言ってもらえるような経験がしたいなんて贅沢は言わないから、笑うくらいしてくれてもいいのに。

それか、ほんの少しでもいいからエレーユに興味を持ってくれたりとか。

好きな食べ物は何か聞いてくれたりとか、面白くなくてもいいから最近あった話をしてくれるとか。


……なんて、絶対無理なお願いでしょうけど。



エレーユは食事を終わらせ、クロークで預けていたコートを受け取り、エレーユはエルフリートと共に特別招待客用の出入り口から外に出た。

大陸の北に位置するローデンワイズの王国は寒い日が多く、この日も夜になってチラチラと雪が降りだしていた。


「雪が降っていますね」

「ああ」

「今日はコートだけで外出できるような暖かい日って予報だったのに」

「そうだな」


予想通り、それ以上広がることの無い会話はすぐに終わった。

エルフリートに期待などしてはいけないことは学習済みだ。


天気予報を信じたばかりに雪傘を忘れたエレーユはコートの前を合わせた。

そしてレストランの支配人に見送られながら歩き出した。


「行きましょう。馬車の停留所はあちらです」

「わかった」


先に歩き出したエレーユに、エルフリートが並ぶ。

しかし2人の間には、当たり前のように距離がある。

偶々同じ方向にあるいていく赤の他人のような距離だ。



赤い屋根の大きな馬車の停留所に着き、暫く待っていると馬車が一台入ってきた。


「エルフリート様、先にどうぞ」


カップルであれば男性が女性を先に帰らせてくれるか共に一台に乗って帰るかだが、エルフリートがエレーユに気を遣うとも思えないので、先手を取ったエレーユはエルフリートを馬車に無理やり押し込んだ。

これ以上哀れな思いをしない為の先手必勝である。


「では、さような……っくしゅん!」


「ではまた」とは言わずに意地でも「さようなら」で締めるつもりだったが、くしゃみをしてしまった。

吸った空気が冷たかったからか、雪傘だけでなくマフラーも忘れたからなのか。


まあ理由はともかく、エルフリートがエレーユの身体を心配してくれる訳もない。

エルフリートは「やっとエレーユから解放された」と思ったのか、まだ馬車が出発する前にマフラーを外し始めた。

サヨナラの挨拶もろくにせず、エレーユを残してさっさと帰るつもりなのだ。


もう諦めているエレーユはエルフリートが乗り込んだ馬車の扉をバタンと閉め、ずずっと鼻を啜ってから、出発した馬車を見送った。




「あー、寒い」


停留所で見送ったり見送られたりする人の中、エレーユは一人呟いてから帰路に着いた。





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