その5
学校を遅刻した僕は、職員室でこってりと絞られた後に教室へと入った。
時刻は昼頃であり、生徒達は学食に向かったり弁当を食べたりしている。
「お~い、タケル元気にしてったか!」
「いつも通り元気だよ。それにしても遅刻するなんて珍しいね?」
タケルは僕の席に座りながら、カロリーメイトを貪っていた。小動物のような雰囲気に、思わず頭を撫でてしまう。
「実は色々とあってね。とりあえず僕は気分がいいから、昨日の件は気にしない」
「ち、ちょっと。恥ずかしいから止めてってば」
普段は攻めっ気なタケルだが、こうやって撫でれば顔を赤くして大人しくなる。
周囲からの視線がヒシヒシと痛いが、今の僕は気分がいいので気にしない。
「とりあえず今の僕は誰よりも心に余裕があるからね、どんなことも出来そうな気がするよ」
「へ、へぇ~。だったらさ、か、彼女の一人でも作ってみれば?」
どもりながら、揶揄うようなタケルに、僕は自信満々に言い放つ。
「それは良い案だ。誰でもいいから告白でも何でもしようじゃないか!」
「え⁉ ほ、本当にやるつもりなの?」
「フハハハハハッ! それでは実際に見せてみようじゃないか、お~いクレア!」
僕が大きな声で呼びかけると、遠くの方で友達と昼食をとっているクレアがビクっと肩を揺らした。
ゆっくりとこちらを振り返り、僕の方をギロリと睨む。
「……なに?」
「僕から大事な話があるんだ、二人きりになれる場所に行かないか⁉」
「……じゃあ、ワタシがいつも飲んでいる抹茶炭酸を買ってくれば考えてあげる」
「分かった。絶対、絶対だぞ!」
僕は急いで立ち上がり、教室を出ていく。一年の教室は四階にあり、クレアが頼んできた特殊な飲み物がある自販機は一階にしかない。
半階ごとにジャンプしていき、急いで降りていく。
他の人の目線があるとさすがに抵抗はあるが、二人きりになれば催眠アプリを使うのに躊躇はない。
一階に降りて自販機の前へと向かう。他の生徒達から距離をとられながらも、無事に着く。
「抹茶炭酸っと。でも、アイツのことだから絶対に一筋縄ではいかない……念のため全部一本ずつ買ってこよう」
千円札を挿入して上から順に買っていく。金欠の僕にとってはかなりの出費だが、この後のことを考えれば、安いもんだ。
「どんなことをさせようかな……メイドにさせてオムライスにケチャップメッセージか、狐っ娘にさせて尻尾をモフモフさせたり……妄想が膨らむな」
僕が自販機のボタンを押していると、背後から声を掛けられる。
「いったい、何がふくらむの?」
微かに聞いたことのある声に振り返り、
「え! 緑仙先輩⁉ どうしたんですか?」
緑仙先輩と対峙する。相変わらずの美貌に、僕は思わず息を飲みこむ。オドオドしながらも、会話を続ける。
「じ、実は頬を膨らませるのにハマってまして、ほらこんな感じに……プクー!」
「くすっ、なにそれ~。ハチくんって噂よりも良い人なんだね!」
遠くから見ていた憧れの人物が、目の前で微笑んでいる。あまりの尊さに意識を持ってかれる。
コンマ0.1秒の間に脳内が働き、僕は慌ててスマホを取り出す。
「もしよかったらなんですけど、連絡先を交換しませんか?」
「別にいいよ。私も会話してみたいと思ってたんだぁ~」
一つ一つの仕草に視線を奪われるが、必死に理性でブレーキをして平常心を装う。
学園中で変態として噂されていても、こんな出会いはあるとは……神は僕を見放していなかった!
ぎこちない笑顔のまま、僕は屈んで購入した飲み物を取り出す。飲み物が両手に一杯になり、持ち切れなかったお茶を緑仙先輩に渡す。
「それじゃあ、僕はこれを持ってかなくちゃいけないんで」
「そっか。お茶ありがとう。頑張ってね!」
僕は鼻歌スキップで階段を上がっていく。羽のように軽くなった体を、自由奔放に動かしてあっという間に教室へと戻る。
相変わらず友人達とご飯を食べているクレアの元に向かう。僕は両手にいっぱいの飲み物を落とさないようにする。
「お~い、ほら飲み物買ってきたぞ?」
「……あ、本当に買ってきたんだ、って何その量?」
「クレアのことだから、気分が変わって別の種類が言うと思ったからな。残ったのは友達に渡してくれ」
「……意外と気が利いてるじゃない」
普段とツンケンとした態度ではなく、感心するような口調のクレア。僕は先ほどの緑仙先輩と会って気分が高揚していたのもあり、堂々と言い放つ。
「それで、僕と二人きりになってくれるよな!」
「……それはそれ。これはこれ。厳正なる審査の結果、二人きりにはなりたくない!」
クレアは氷のような無表情で、淡々と言い放った。そして僕が渡した飲み物を周囲の友達やクレスメイトに渡すと、何事もなかったかのように昼食を食べ始める。
は? なんだこのロリめ。僕の財布と心にだけダメージを与えて揶揄いやがった!
僕は手をワナワナと振るわせて、スマホを起動させる。問答無用で催眠アプリを使おうとした所で、一見の通知が届く。
『緑仙:よろしくねっ! ハチくんがエッチだって噂を聞いてたけど、意外に紳士じゃ~んwww』
僕はそのメッセージを見て、催眠アプリを起動するのを辞めた。そして、しばらく考えた後に、緑仙先輩に返信する。
『蜂:こちらこそよろしくお願いします。実は出会ってすぐで申し訳ないのですが、大事なご相談があるので放課後、旧校舎の裏に来てください!』