その4
「……ろ」
誰かが呼ぶ声が聞こえる。
「……きろ」
意識が段々と覚醒してくる。昨日は確かエロ動画をネットで探していて……
「おきろぉぉぉ‼」
「わぁっ⁉」
お腹に強い衝撃が走り、完全に目が覚める。瞼を開けると仰向けで寝ている僕に、鈴音が馬乗りになっていた。
鈴音は頬を膨らまし、僕の体をバシバシと叩いてくる。
「早くわたしの朝ごはんを作りなさいって!」
「ふぁ~、ちょっと待ってって……昨日はあの後どうしたんだっけ?」
「何言ってるの⁉ いいからわたしのご飯を作りなさいってば、この、ど、どうていめ!」
鈴音の言葉で、僕は昨日の催眠アプリについて思い出した。無言のままスマホを起動して、目玉のアイコンがあるのを確認する。
もしかしたら、昨日のことは夢じゃない?
色々と思考を巡らせていると、鈴音が不機嫌そうな表情で僕の腹を殴ってくる。
もしかして本当に、ぐふっ……やっぱり催眠アプリって、げふっ……。
鳩尾を的確に突いてくる鈴音を退けて、僕は起き上がる。催眠アプリを起動して、鈴音に見せつける。
「あのさ、ちょっとこのアプリを見て欲しいんだけど……」
「なに? さっさと起きなさいって」
「命令。鈴音は僕をお兄ちゃんと呼び、一時間だけ語尾にニャンがつく!」
僕はスマホを見せつける。私利私欲が混ざった言葉に、鈴音は不機嫌な表情を浮かべ、
「もうこんな時間ニャン! 早く急いでご飯を作ってニャン!」
言葉の違和感に気づくことなく、僕の体を揺さぶっている。
突然の出来事に僕の思考が停止した。
この催眠アプリ……本物だ! これさえあれば、僕も女の子達を自由に操れる。
僕は立ち上がり急いで台所へと向かった。
レンジに牛乳をいれてホットミルクを作り、フライパンで目玉焼きを作ってトーストでパンを焼く。作り置きしているポテトサラダと、ヨーグルトを器に入れる。
鈴音はリビングでスマホを見ており、急いだ様子で髪の手入れやメイクをしていた。
僕はパンの上に目玉焼きを置き、ジブリで有名な目玉焼きパンを皿に置く。
「ほら、出来たから早く食べろって」
「分かったニャン」
鈴音は作業を止めて、食卓の席に座った。
「「いただきます」ニャン」
黙々と食べ始めるなかで、僕は机の下で催眠アプリを起動した。パンを頬張る鈴音がペロリと舌で唇を舐めた。僕はいつもの調子で尋ねる。
「あのさ、正直僕のことをどう思ってるの?」
「は? なに急に……別に良いも悪いもないよ」
「命令。鈴音は僕に対して本音しか話せなくなる」
「マジで感謝してるし、普通に感謝してるけど?」
鈴音はなんてことない顔して、サラダを食べ始めた。
こ、これが即落ち二コマってやつか……まさか、現実で見れるとは思わなかった。
その後、鈴音が僕のことが大好きなツンデレブラコンだと知り、心の傷が癒された。しかも、経験済みと言ったのも見栄を張っただけで、本当は彼氏もいたことがないらしい。
「それじゃあ、一回でいいから僕に感謝を伝えてくれない? そうしてくたらマジで嬉しいんだけど」
「……分かったわ、耳かっぽじってよく聞きなさい!」
鈴音は体をモジモジさせながら、
「いつもありがとう……お兄ちゃん、ニャン」
俯いて言った。表情は見えないが恐らく顔が真っ赤になっていることだろう。
そして一瞬の間の後に、鈴音はいつも通りのツンとした表情になって、学校の鞄を持ち、玄関へと向かった。
僕はスマホをわなわなと震えさせながら、録音機能を止めた。
「これさえあれば、催眠アプリがなくても恥ずかしがるのは間違いないな」
先ほど録音した音声を聞きながら、僕は残った空になった皿を持ち、キッチンへと持っていく。
蛇口を捻り水で洗い物を浸す。洗剤をかけて洗い物を始める。
今日ほど最高な日はないんだ、ご機嫌よく洗い物くらいしたくなる。30分ほどで終わり、リビングのソファに座り込む。
スマホを握り、今までの妄想が全て現実になるのを噛みしめて……、
「あ、そういえば時間ヤバいじゃん!」
遅刻していることに気が付いた。