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その32


 どれほどの時間が経っただろう。体感で言えば一夜を越えているほどだが、窓から見える暗い景色に変化はない。


 僕は喉を絞りあげながら「も、もう限界」声を漏らす。既に感覚のほとんどは麻痺していた。


 緊張が緩んできて、全身の体液が無造作に溢れてくる。


 汗や涙、潮も含んだ液体は、ベッドを色濃く染めており、僕の体もベトベトになっている。


 タケルの笑みと共に、深い海に沈むように意識を手放して、

 携帯から電子音が鳴る。電話特有の数回のコールが鳴る。


『はち~、聞こえてる? わたしだよ、わたし』


 聞こえてきたのは鈴音の声。留守番の設定をしているため、電源を消すまで流れ続ける。


 擦れる視界の中で、タケルが急いでスマホを操作しているのが見えた。

 しかし、流れる音は絶えることはない。


『謹慎していた時にさ、帰宅時間は遅れない、っていってたけど?』


 言葉の端々に怒りが滲んでいる。


『何か面倒なことに絡まれたり、仕事を押し付けられてるんだとしたら、しょうがないと思う……違ったら許さないけど』


 最後の追記に殺意が籠っていたが、タケルは動じることなく、僕の体から出た粘液をペチャペチャとスライムのように触っていた。


『とりあえず、何かあったときのために言うね 命令。今の状況をどうにかして解決しなさい』


 僕の眠っていた意識が、強制的に覚醒する。手足の拘束を強引に破壊した。


『私だって寂しいんだからね……そ、それじゃあ――』


 ツー……と電話が切れて、僕は右手を伸ばす。


 意識は戻ったとは言え、視界はまだ正常に戻っていない。目を瞑り、音だけを頼りに手を伸ばして何かを掴む。


「ひゃっ――」


 それは柔らかくて、もにゅもにゅとした感触だった。


「ち、ちょっと待って」


 似たような感覚を知っている。これよりも小さかったり大きかったりした気がする。


 僕は瞼を開けると、そこには美しい乳房があった。


 手を包み込むような大きさに、揉みしだくたびに跳ね返りがある弾力。

 その主であるタケルは口を綻ばせ、体の先を真っ赤に染めていた。

 身悶えておりスマホを手から離した。僕は急いでスマホを掴むと、タケルへと見せつける。


「さて、これで形勢逆転だな……そこから退いてもらおうかタケル?」

「あれ、もう揉まないの?」


 思わず「もう一度」と反射的に言ってしまいそうになったが、口を閉じて余計なことを話さないようにする。


 体を横に捻じるのと同時に、馬乗りになっているタケルの体を掴んで、位置を逆転させた。僕は呼吸を荒げながらもスマホを翳して、


「命令。僕の催眠を全てタケルに移動。そして僕が感じた全てを覚えさせる」

「もう少し――」


 タケルは言葉を途絶えさせた。全身を小刻みに痙攣させて白目を向いている。


 口から泡のような物が零れており、嗚咽と喘ぎが混ざったような声を漏らしていた。


 先ほどまで僕が経験してきた全てが一気に押し寄せてきたはずだ。軽く失神するのも無理はない。


 僕は微かに柔和な笑みを浮かべて、タケルの体を優しく撫でる。


「さっきのはこれくらいだっけ」

「ぎぃやぁぁっ……」


 タケルの体が激しく痙攣した。釣り上げられた魚のように、全身を震わせて、「っ――」と声にならない音を鳴らし、腰をのけぞらせた後に、死んだように動かなくなった。


「僕が味わった地獄……いや、天国はどうだった?」


 僕は勝利を確信した笑みを浮かべて、タケルの顔を覗き込む。

 彼女の意識がトんでいることを確認して、僕は耳を軽く噛みながら「(これで僕のことを諦めてくれるよね)」と耳元で囁く。


 刹那、タケルの息が激しく荒れた。意識が戻ったようで、虚ろだった瞳に光が宿った。


「ま、まだ終わってない。この感覚を知ったボクは、もうハチがいなければ生きられない。だから諦めない」


 途切れながらの言葉には、強い意志を感じられる。


 既に僕は経験しているから分かるが、全ての感覚が快楽となった状態で、ここまで自我を保っていれるのは、生半可な執念では事足りない。


 もしかしたら、また前みたいな友達関係に戻れると思っていたけど、もう手遅れだ。確実にここで諦めさせるしかない。僕はスマホを構えた。


 催眠アプリを使って記憶を改変したり、感情を操作したところで、戻る可能性は充分にある。しかも、タケルは開発者だ。対抗策を用意している可能性がある。


 だったら、僕のことをトラウマにすればいい。一生消えない心の傷に刻めばいい。


「命令。解除というまでタケルは思考を停止して、感覚が遅延する」


 僕の言葉と共に、タケルの体がピクリと固まる。

 彼女は瞬きもするし、呼吸も正常にしているが、全く動こうとはしなかった。


 これがさっきまでの僕か、確かに悪戯をしたくなる。


 相手は身動き一つもとれず、僕だけが一方的に触れるって……最高かよ。

「天才(変態)な僕に催眠アプリで、勝てると思っているのか? いくら開発者とはいえ、さすがに無謀だったな」


 僕はニチャリとした笑顔を浮かべて、タケルに向かって指をいやらしく動かした。


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