その27
翌日。学園に登校した僕は、教室に向かうことなく保健室へと向かった。
養護教諭の先生が嫌悪感を露わにする。僕は催眠アプリを起動し「別の生徒だと認識する」と命令して黙らせた。
保健室のベッドで寝転びながら、タケルからのメールを確認する。
昨日の午後から、明らかに僕に対する敵意が加速したのを感じた。
家に帰宅した鈴音が不機嫌で、周囲の人間に対する愚痴を僕に吐いていた。
「なんで急にクレア先輩と緑仙先輩に絡まれたと思ったら、わたしの心配をしたり、はちの悪口を言ったり、もう訳が分からない‼」
山盛り白米を3杯食べて、夜食のブドウを4房ほどペロリと完食した後、ようやく眠った。
鈴音の言葉通り、僕の学園での居場所は無くなった。一部を除き、大半の生徒や教師は僕に対して負の感情を向けているのが分かる。
嫉妬、殺意、憎悪、悲哀、憤怒、不安など。多種多様な思いを抱き、僕に視線を向けているのを感じる。
これは過去に虐められた経験があるからこそ、過剰に察することができた。
「それにしてもタケルからのこれは……覚悟していてもかなりキツイもんだな」
彼から送られてきたのは『しばらく直接会って話すことが難しい』という一文と、動画ファイル。
中身はスマホで録音された映像。緑仙先輩とクレアが僕のことに対して、タケルに相談している映像だった。
夕暮れが差し込む学園の図書室。催眠アプリを使って上書きした記憶に対して、クレアが激怒しているところだった。
直接表現すると硫酸よりも心をドロドロに溶かしてくるので、あまり言葉にしたくない。一つ言えるのは「尻穴に大根をぶち込んで、アナル大根おろしを作ってやるッ‼」と、涙目で緑仙先輩に抱きながら話していた。
「緑仙先輩の恋心については催眠していない。感情が混ざり合い、困惑しているのだろう」
不思議だと自覚していながら、恋仲(と思っている)クレアが僕を敵視。流れに身を任せ、僕を責めながらも複雑な表情を浮かべていた、
僕が記憶を上書きしたのには理由があるが、いずれそれも彼女達も気づくだろう。
昼休憩のチャイムが鳴り、僕はベッドから起き上がる。保健室から出て、昼食を摂ろうと廊下を歩く。
「本当に気持ち悪い」「死ね」「ゴミ」「クズ」「見損なった」「限度がある」「最低」など、普段よりも鋭く感情の籠った罵詈雑言。
ヒソヒソと話されるのが、より僕のメンタルを攻撃してくる。
廊下を歩き、階段を下り、昇降口へ向かい、靴を履き替えた。何度か方向転換をしたり、急に全速力を出したりして、妙に追いかけてくる生徒達を振り払う。
とりあえず、午後の授業もサボらないとな。
後ろを確認し、一人になった僕は旧校舎の裏に辿り着いていた。
「大丈夫……なはず。念のためにこの中でも隠れられる場所を見つけとかないと」
非常扉から中へと入り探索。凸凹に歪んだ廊下の床をジャンプして、ホコリや蜘蛛の巣を避ける。
意外と綺麗なトイレを見つけ、懐かしさが湧いた僕は個室へと入り弁当を貪る。
「久しぶりの便所飯……意外と静かで快適だったんだな」
過去の僕にとってはトラウマの出来事。
今の僕にとっては意外と感慨深かった。
食べ終わった後、再び旧校舎内を探索。そして、以前緑仙先輩とクレアと絡んだ教室に腰を下ろし、そのまま横になる。
前は催眠アプリを使ってエッチなことが出来ると思って、気持ちが高ぶっていたけど、それすらも催眠アプリによる影響だった。
僕は染みだらけの天井を見上げて考えを整理する。
「まあ、ある程度予測はついているけどな……僕自身が経験したこと、そして周囲の反応、どう考えても違和感しかない」
スマホを取り出し催眠アプリを起動する。目玉が埋め込まれた管理人が、ジャンプして上下に揺れている。時折画面から見切れており、ご機嫌なようすだ。
「そろそろ、次の命令とやらを教えてもらおうかな?」
文字を打ち込むが、催眠アプリは何の反応もしない。それどころか、先ほど以上に画面に映る目玉の瞳孔が大きくなっている。
管理人側から関与しないと、僕の質問には答えないようだ。
意外と面倒だな……だが、僕の予測通りならば、次に打ち込んだ言葉には反応せざるをえない。
「学園の関係者である貴方には、どのようなものがお望みでしょうか?」
催眠アプリの画面が切り替わり、管理人から目玉が外れた。
普通の見た目の騎士に変わって、吹き出しに「……」と追加されている。
「やっぱり学園にいる誰かだよな」
この騒動には、僕以外の催眠アプリが関わっている。最初は疑問にも思っていなかったが、わずか二週間足らずで、洗脳したように感情や行動を制限するのは、普通の人には不可能。
何故かは知らない。だが、催眠アプリを作った管理人は、学園中の生徒を操って、僕のことを孤立させようとしている。
しばらく待った後に、画面に管理人からのコメントが映る。
――……ワタシヲ探シテミロ




