その23
クレアは緊張したような面持ちで、こっそりと僕に小声で言う。
「(命令。妄想や秘密を大きな声で、他人が信じるようなテンションで叫ぶ)」
その言葉に僕の脳内が急激に働きだす。この場で必要なのは、僕が思いきり注目を集めること。
現実では経験がない僕だが、妄想だけでいえば100人以上の女性と致してきた。
猥談で交友関係を広げるため、全ての性癖を愛し、周囲の興味を惹きつけるようにしてきた。
つまり、今まで話してきた猥談というのは他者に対して、ある程度柔らかく表現したものである。僕の脳内を直接みせたら、普通の人でも気分が悪くなるはずだ。
「僕はッ! 大乱交しながら寝取られる眼鏡巨乳委員長清楚ビッチが大好きだァー‼」
渾身の叫び声が学園中を揺らし、そして、絶句という名の無の時間が生まれる。教室にいた学級委員長が、顔を青ざめさせた。
僕はこの一瞬の間を逃さまいと、声を荒げ吠える。
「僕はッ! 人妻教師が触手でア○ルや○音を弄って、耳や鼻、口や尿道からの穴という穴から美少女の中に侵入して肉体の中から犯しつくしたことがあるー‼」
廊下の端から、僕に向かって教師達が走ってくるのが見えた。だが、僕の欲望の籠った妙に生々しい発言に、女性教員はピタリと動きを止める。
「僕はッ! ○ナ○―中のマン○に、あずきバーとチ○コをいれて、エロぜんざいを作りたいッ‼」
三回目の言葉でようやく、止まっていた周囲から音が再生し始められて、
「「「ギャーッッッ!!!」」」「「「うぉぉぉーッッッ!!!」」」
女子生徒からは窓ガラスが割れそうになるほどの大絶叫。
男子生徒からは床を震わせるほどの雄叫び。
相対する声が学園中に響き渡り、僕は走ってきた教師によって捕まった。地面に押し倒され、両手両足がそれぞれ掴まれる。四人の教師によって身動きを封じられる。
「九々一? またお前か……今回に限っては学園問題になるんだが?」
担任教師・森田海苔が嫌そうな顔して僕を見下してきた。海苔は今年で45歳の中年男性。丸眼鏡と薄くなりかけた頭頂部、殴ったら折れそうな出っ歯が目立つため、生徒達の間では、ネズミ男。と呼ばれている。
海苔は僕を押さえている教師達に、顎をクイッとやった。僕はモップのように廊下を転がされる。
大玉転がしのように回されて、僕の視界がグルグルと歪み、酔う。
き、気持ち悪い……これが進学校に勤める教師がやる所業かよ。
心の中の恨みや愚痴が聞こえることはなく、その勢いのまま職員室の前へと連れていかれた。
体を立たされた僕は職員室の隣にある空き教室へと運ばれた。中は狭く、警察の取り調べ室のような雰囲気であった。椅子が二つあり、その間に机がある。
海苔は奥の椅子に座り、僕は手前の椅子に腰かけた。
「九々一。君が起こした問題行動はこれで何回目だ?」
「え~と、あんまりよく覚えていないんですけど……」
「覗きや不適切な発言。周囲からの苦情、男子生徒への洗脳。諸々含めて30と1だ」
以前の中学校であれば、卒業するまでには軽く三桁は越えていたから、まだ軽いものだね。
「ですが僕ほどの天才はいない」
「……チッ、相変わらず口だけは達者だな」
「おつむの方も達者ですよ?」と、僕は無表情で自身の頭を指す。
海苔が顔を歪ませて、机をドンッと蹴りつけた。
思っていたよりも、僕は教師から嫌われているらしい。
進学校に通う生徒の中には、教師も頭が上がらない人の子供もいるだろう。
常日頃から発言や対応を慎重にしなければならないのに、僕という存在によって滅茶苦茶にされていると考えれば、僕のことを除けようとするのは当然だ。
「九々一? だが、連日に続くあの言動に関してはどう言い訳するつもりだ?」
「……言動といっても、僕は普段と変わらなかったはずですが」
「君ではない。その周辺についてだよ。緑仙くんの君に対する行動、クレアくんの発言」
「僕の魅力に惚れたのでは? 学年一位で運動神経も抜群で何より顔が良い――」
「クレアくんの発言については、こちらも裏がとれていてね。ホテルへと向かう君達二人の姿が目撃されている」
海苔の発言に僕は背筋に嫌な汗をかく。僕だけならまだしも、クレアを巻き込むのは非常にマズい。
なぜバレたんだ? ホテルの関係者については記憶を消したから、思い当たる人だと……。
僕が必死に記憶を遡っていると、海苔は落ち着いたような笑みを浮かべる。
「九々一。だが、先生だって鬼じゃない……少し先生の手伝いをすれば、見逃してやらんこともない」
欲望の籠った大人の下衆な目つき。海苔はポケットから小さな箱を取り出すと僕に渡してきた。
この重さ、そして微かに見えるレンズ。これは隠しカメラ⁉ つまり、そういうことをやれと言っているのだろう。
海苔が必死に窘めるように僕に説得の文言を囁いてくる。その姿がクレアをナンパした男と重なる。そして苗字が一致していることに気づく。
僕がハッと気づき関係性について言及しようとして、
「それにしても、あの二人とももうヤッたんだろ? 先生に感想やらなんやら教えてくれよ。男同士の会話ってことでさ、なんなら紹介してくれても――」
最後まで言い切る前に、海苔は鼻血を出しながら後方に吹き飛ぶ。僕は殴った拳を振り上げて、机を真っ二つに叩き割った。




