その17
昼休みの時間になり、僕は急いで教室を出た。
先ほどから授業が終わった小休憩ごとに、人が押し寄せてきたからだ。
このまま教室にいたら、確実に学校中の生徒からリンチを受けるに決まっている。
「とりあえず一人になるところに行きたい……そうだ、屋上に行こう」
人が来ない場所ならば、旧校舎の方だが緑仙先輩やクレアが先に待ち構えているかもしれない。
この先、絶対にあの二人には説得やら催眠をしなければいけないが、今日行くのはイヤだ。未来のことは未来の自分に任せるのが正解だ!
トイレや通気口に隠れながら、何とかして屋上の扉の前へと辿り着く。男女構わず僕の姿を確認すると、問答無用で追いかけきて焦った。
まさか学校中の騒ぎになるとは思ってもいなかったが……仕方がない。
扉を開けて屋上へ。体育館にあるバレーコートほどの大きさ。柵に囲まれて落ちないようになっている。また、ベンチが一つだけ設置されていた。
「ふぅ……ここまでくれば、大丈夫だろう。緑仙先輩とクレアの二人に関しては、一番会いたく――」
風に吹かれて扉がバタンと締まり――背後から何者かに両肩を掴まれる。僕は振り返ることが出来ず、ピタッと動きを止める。
「は・ち・く・ん♡ 一緒にお弁当を食べさせ合いっこしようよ!」
「ワタシはお礼のクッキーを作ってきたから、早く食べて欲しいのだけど……」
恐る恐る後ろを向くと、屋上の扉を塞ぐようにして緑仙先輩とクレアが立っていた。
僕がスマホを取り出そうとしたところで、目の前の二人が僕の腕にしがみついてきた。
両脇から体を拘束された僕はベンチへと連れていかれる。
強引に座らされて無言の時間が間を繋ぐ。
な、なんだこの微妙な空気感は……まあ、二人とも美少女だから中々に悪い気分じゃない。
緑仙先輩はいつの間にか用意していた弁当を広げた。おにぎりや唐揚げ。ウインナーに卵焼きなどの王道なメニューである。
彼女は箸を取り出して、唐揚げを掴んで僕の口に運んでくる。
「ほら口を開けて、あ~んっ」
「あ、ありがとうございます……もぐもぐ……お、美味しいです!」
「えへへへ。これから毎日味わえるから楽しみにしててねっ‼」
先ほどまで美味しかった唐揚げが、突如として油と愛情によって胃が痛くなる。
僕は必死に笑顔を浮かべて、緑仙先輩を褒め称えていると、逆側に引っ張られる。
クレアがしかめっ面を浮かべながら、僕の口にクッキーのようなものを押し当ててきた。
「こ、これは私からの気持ち。だから早く味わって食べてね」
断るわけにもいかず、僕は頬張る。そして脳内の危険信号が点滅する。
な、なんだこの異物は……砂糖と塩が混ざって絶妙にバランスの噛み合っていない甘しょっぱさ。砂利のように口に残る食感。そして何より辛い。
クレアは笑顔のまま、僕の耳元に近づくとボソリと囁く。
「(絶対に緑仙と別れさせてやるから、覚悟しときなさい)」
そして悪魔のように口角を吊り上げると、緑仙の方へ視線を向けた。
僕は汗を噴き出しながら、体を微かに震わせる。ここで感情を面に出したら、クレアの思うつぼだ。
「あ、ありがとうクレア……美味しかったよ」
僕の発言にクレアは表情を強張らせて、緑仙先輩は嫉妬するような視線をクレアに向けた。
緑仙先輩にとってはクレアは僕と取り合う恋敵と思っているのだろう。だが、クレアは僕と緑仙先輩を離れさせて、自身が緑仙先輩と再び恋仲になりたいと思っているようだ。
「は、はちくん。もっとこっちも食べなってっ⁉」
「ワタシのクッキーも、おかわりはいくらでもあるからね」
その後も僕は二人から食べさせられて、必死に感情を押し殺し、口に頬張りまくった。
……二十分ほどで完食した僕は燃え尽きていた。
緑仙先輩の場合は量が多く胃袋の限界を越えた。少しでも動いたら口から全部でそうである。
クレアに関してはシンプルに味覚を破壊されて、脳内がバグって顔の筋肉が攣っている。
僕は死んだ魚のようにピクピクと震えていた。何も考えれず体も思うように動かない。
「ああ……なんで空はこんなにも青いんだ……」
上を見ながら黄昏ているなか、両側にいる二人は喋っていた。
脳の処理能力が、クレアのクッキーによって故障させられたため、何を話しているのかは分からない。
だが、何やら話し合いが終わった瞬間に、両側から彼女たちが離れた。
突然のことに僕が困惑していると、二人は息をそろえたように屋上から去っていった。
「……え? いつの間にか緑仙先輩とクレアがいなくなってる」
体が回復してきた僕は、ようやく二人がいなくなったことに気づく。
あれ、意外と一人にされると結構悲しいんだが……まあ、いっか。
体を伸ばしながら立ち上がる。スマホで時間を確認しようとした所で、二通のメールが届いていることに気づく。
「なんで緑仙先輩じゃなくて、クレアからもメールが来てるんだ……」
内容を確認しようとしたところで――午後の授業が始まるチャイムが鳴った。




