その12
授業の時間があっという間に過ぎ去っていき、時刻は放課後。
タケルには後日、事情を話すと説得して何とか一人になることが出来た。
周囲からバレないようにこっそりと動き、旧校舎へと向かう。
「とりあえず一目はいない所で催眠アプリを使わないといけないからな……って、まだ緑仙先輩は来ていないな」
旧校舎の裏側。管理がされていないため、草木が自由に生えている。
授業自体は終わっているので、何かの用事を片付けているのかもしれない。
「まずは催眠アプリを使って記憶を消さないと」
誤魔化すため、代わりの偽の思い出を考えていると、どこからともなく不思議な風が流れてくる。
周囲を見渡すと、旧校舎の非常口の扉が開いていることに気づいた。
なぜ封鎖されている旧校舎の扉が? 経年劣化で壊れたのか?
不思議に思いながら、扉に近づく。左右を確認して誰もいないことを確認すると、旧校舎に足を踏み入れた。
古びれた木造の建物。放置された影響で埃や塵は積もっているが、腐ってはおらず木々が侵略し始めていた。
「意外と中は綺麗なんだな……って、何か光っているけどアレはなんだ?」
真っすぐな廊下、その奥。キラリと光る何かがが見えた。
目を細めて近づく僕だったが――背中に強い衝撃――前に倒れる。顔を後ろに向けると、
「ど、どうしてクレアが……」
僕の背中を蹴ったであろうクレアが、足を上段に構えて立っていた。
クレアはスカートを履いており、僕は下から見上げている。つまり……
「く、黒のTバックだと⁉」
毛の処理はしていたらしく、ツルツルな肌が見えた。覗いているようなアングルで、僕が興奮していると、
「し、死ねェ! このクソ変態野郎がァ!」とクレアがスカートの裾を抑えながら、踵落としをしてきた。
急いで体を捻り横に避ける。木が割れる音が聞こえ、視線を向けるとクレアが履いているローファーが廊下に突き刺さっていた。
こ、これは本気で僕の命が危ない。
拳を振り上げるクレアに、僕は急いでスマホを取りだして、催眠アプリを起動する。
「め、命令。クレアは僕に暴力を振るうことが出来ない」
スマホを見せつけると、クレアが振り下ろした拳が止ま――「ぶほぉッ⁉」――僕の鳩尾に突き刺さった。
肺が急激に圧迫されて呼吸が出来なくなる。体の力が抜けてスマホを離してしまう。
クレアは肩で息をしながら、僕の腹の上に馬乗りになった。
「あのさ、あの子に何をしたのよ」
「あ、あの子って誰ですか?」
「緑仙のことよッ! 今日の朝、皆がいる前で貴方が抱き着いたあの緑仙よッ!」
「僕は抱き着いてないんだけど――」
再び鳩尾に一撃入った。悶えていると僕の胸をポカスカと殴りながら、クレアが攻め立ててくる。
「緑仙はあんな子じゃなかった! どう考えても貴方のせいに決まってる。白状しなさい!」
……どうしよう、催眠アプリのことを言うべきだろうか。それはつまり緑仙先輩の事情を話さなければいけない。
僕が悩んでいるとクレアは、怒り任せに叫ぶ。
「いいから言いなさいよッ! 命令よ命令! さっきワタシにも言っていたじゃない! 緑仙に何をしたのか白状しなさいよ!」
ヤ、ヤバい。催眠アプリを起動している状態だから、その言葉は――僕の口が勝手に動き出し――
「そりゃあ僕が緑仙先輩を催眠してラブホテルに連れて行った」……
……「それで緑仙先輩とは熱い夜を過ごしたってわけ」
僕が話し終えるのと同時に、口が自由に動くようになった。
催眠アプリだけではなく、僕が緑仙先輩で妄想していることも混ざってしまい、結局一夜を共にしたことになってしまった。
僕は慌てて弁明を試みる。
「ち、違うんだこれは⁉ 僕はただ緑仙先輩の裸を見ただけで……」
「裸を見ただけ? この期に及んで言い訳をするなんて本当に最悪ね」
クレアは顔を歪めて冷徹に言う。拳を振り上げてきて、僕は腕で鳩尾を守ろうとして――一粒の雫が落ちる。
「ど、どうじて……緑仙がァ、ワダジぼ、まだギスしかじてにゃいのに!」
クレアの力が抜けた拳がゆっくりと落ちてくる。化粧が落ちるのをお構いなしに顔中の液体を溢れさせている。
い、いったいクレアは緑仙先輩とどういう関係なんだ?
先ほどから緑仙先輩について追及してくるし、僕に対して酷く恐ろしい嫉妬心を燃やしている。
もしかしてクレアと緑仙先輩は過去に……
僕が疑問を投げかけようとしたところで、クレアが再び拳を振り上げる。
「この鬱憤は、あんたで晴らさせてもらうから覚悟しなさい!」
「へ?」




