その9
扉を開けると、ベッドの上でタバコを吸う男が三人いた。人相が悪く、龍の入れ墨が体のいたるところに彫られている。
絵にかいたような悪人の姿に……思わず吹き出してしまった。
「ブㇷッ、まさかテンプレみたいな悪人だとは……」
腹を抱えて大袈裟に笑うフリをすると、スキンヘッドの男が僕の方に向かってきた。
唾を撒き散らしながら、暴言を吐いているが「¢£%#&□△◆■!?」と、活舌が悪くて何を言っているか分からない。
男との間が一歩分くらいの距離になって、僕はスマホを見せる。
「命令。意識を失い僕の記憶が消える」
僕が叫ぶと、先ほどまで仰々しかった男はバタンと床に倒れる。ベッドまでの通路を塞ぎ、その上を僕は迷わず踏みつけて進む。
残りの二人の男は怯えと驚きの混ざったような表情で、ベッドの奥側。僕から遠ざかろうと、後ろに下がっている。
僕は近づきつつ、二人に話しかける。
「どっちが緑仙先輩を売ろうとしていたのかな?」
ビクッと髭が目立つ太ったおっさんが反応した。こいつが緑仙先輩の……父親だな。
僕が射殺すような目つきで睨みつける。隣にいたグラサンをかけた筋骨隆々の爺が、しびれを切らしたのか拳を振り上げて襲ってきた。
「なんかよく分からないことしやがってッ! ぶっ殺してやるッ!」
「命令。お前はその場で一切動けなくなる」
スマホをみせると、爺はビタッと動きを止める。
「お、おい! なんだこりゃ、全く動かないぞ⁉」
「最後の確認なんだけど、緑仙先輩の……一応父親の花畑って人はどっち?」
「クソガキ! 早くこの拘束を解きやがれっ――」
「命令。花畑ならその場で土下座、違うなら黙って全裸で筋トレでもしとけ!」
僕の苛立ちの籠った声に、爺は服を脱ぎ始めた。そしてベッドの上に乗ると、腹筋をし始める。やっぱり、残ったおっさんが花畑か。
おっさんは体をブルブルと震わせて、その場から動こうとしない。
身体能力のリミッターを催眠アプリで解除しているため、今の僕に力技は通用しない。
徐々におっさんに近づいていき、一足分の距離が離れた場所で立ち止まる。
真正面から睨みつけて視線を外さない。逃げ出そうとするおっさんの足を蹴りつけて、その場から動けないようにする。
怯えた瞳で情けを訴えるおっさんに、舌打ちして僕は催眠アプリを見せる。
「命令。花畑、今まで犯してきた罪を答えろ」
「……」
「いいから答えろって……いや、そういう事か」
おっさんの無言の返答に、僕は確信する。
「お前には罪を犯したという意識が全くないんだな。どんだけ借金を作ろうが、娘に暴力を振るおうが、一切罪悪感というのはないんだな⁉」
胸ぐらをつかみ、僕は怒りの籠った叫び声を発する。
最初は多少の情けをかけてやるつもりだった。下水をドブで煮詰めたような性格だとしても、緑仙先輩にとっては父親。少なからず幸せだった記憶もあるはずだ。
だが、もう手遅れだ。救いようがない。
僕の怒りが滲んだ脅しに、おっさんは濁った瞳を浮かべて捲し立てる。
「はぁ? 俺が正しいと言ったら正しいんだ。俺が正義なんだ。俺が間違えるわけない。俺が正しい。妻が逃げたのは俺の愛と釣り合わなかったからだ。俺が正しい。娘は俺の愛を受けとめた。ずっとずっと愛を与えてきてやった。俺が正義なんだ。これは借金じゃない、娘に愛を確かめてあげるためなんだ、俺が世界なんだ。俺こそが物語の主人公なんだぁ‼」
狂気じみた表情で、顔を真っ赤にしながら感情を爆発させていた。
緑仙先輩はこんなのと長い間過ごしてきたのか……大変だったな。
僕は心の中で賞嘆の拍手を送り、スマホをおっさんに見せつける。
「命令。一言一句残さず、今までの犯罪行為を警察で自首してこい。今すぐな!」
僕はおっさんの頭を掴むと、思いきり地面に叩きつけた。
床がメシッと凹み、おっさんから苦痛の声が漏れる。これは僕の八つ当たりだ。
僕はスマホを上にかざして大きく叫ぶ。
「命令。この騒ぎに関する僕の記憶は忘れろ、そして花畑以外の二人も今までの罪を白状すること」
催眠アプリの目玉が真っ赤になりギロッと動いた。僕は一安心してその場を後にする。
ホテルを出ると雨は止んでいた。
……時刻を確認しようとスマホを見て、
「やばいっ⁉ 鈴音に連絡するのを忘れてた!」
時刻は11時を過ぎており、鈴音からのラインと電話が大量にあって、僕は慌てて家へと帰宅した。
顔を真っ赤にしてプンプンと怒る鈴音に必死に謝罪して、何とか許してもらった。
重い体を引きずりながら、自室へと入りベッドへと倒れこむ。
色濃い日々に疲れが溜まっていた僕は、性欲を発散する気も起きずに寝てしまった。
僕は後にこの日を後悔するようになる。催眠アプリは便利で有能。
だからこそ……
命令通りにしか行動を動かせない。その際に催眠状態の人には意識がある。
身体能力のリミッターを解除したのもそうだ。僕の意識は明確にあった。
つまり催眠アプリを使う場合は、必ずその記憶を消さなければならない。
だからこそ僕は気づかなかった。ベッドにこっそりと近づいてくる人影に。
「……お兄ちゃんに朝、変なことをされたせいで語尾にニャンとか、変なこと言っちゃったじゃない。絶対に許さないんだからね……確かスマホを見せてきたような――」




