最小の犠牲
「公爵令」
「公爵令嬢様が関与していると噂になってる男爵令嬢が階段から落ちた事件、あれの犯人はオイラでやんすー!」
卒業パーティの最中、王太子が婚約者である公爵令嬢に指を突き付け何かを言おうとした瞬間、背の低い青年が壇上に駆け上がり、大声で自供を始めた。
当然皆が一斉にそちらに注目する。王太子だけは口をパクパクとして何かを伝えようとしていたが、気にする者はいなかった。
「オイラは件の男爵令嬢の家で働いている庭師でやんす。おいらは男爵令嬢に好意を持っていて何度も告白したけど無視され、彼女は学園の上位貴族様達と親密になっていったんでやんす。そんな日々を送り嫉妬心が限界に達したおいらは、とうとう学園に乗り込んでしまったんでやんす。そして、事件は起こったでやんす」
庭師の言葉に王太子は顔を青くして隣に居た男爵令嬢に確認する。
「あの庭師が自分が犯人と言ってるけど、そーなの?」
「そんな訳ないでしょ!あれは、私達が作った冤罪なんだから!というか、私の家にあんな庭師居ないわよ!」
「そうか…しかし、困ったな」
そう、王太子は浮気相手と結婚する為に冤罪を用意していた。だが、その冤罪の犯人を名乗る第三者が現れてしまったら、公爵令嬢を犯人に出来ない。
庭師が嘘の自供をしていると主張すれば良いかもと思ったが、それをしたらほぼ間違いなく冤罪だとばれてしまう。王太子は頭が良くないがそれぐらいの計算は出来る男だった。つまり、今彼らは不安に震えながら庭師の自供を聞き続けるしかないという事だ。
「あの日、男爵令嬢を屋上に呼び出したオイラは話し合おうとしたけど、彼女は話を聞かず教師を呼びに行こうとしていたんでやんす。だからオイラ、慌てて男爵令嬢の背中に手を伸ばして止めようとしたんでやんす。その結果、階段から突き落とす形になって、怖くなったオイラはその場から走り去ったんでやんす。オイラ見た目が女みたいだから、逃げるオイラを変装した公爵令嬢様と勘違いした人も居たんでやんすね」
庭師の言葉を聞きヒヤヒヤし続ける王太子達、話を聞いている内に、あの庭師は公爵令嬢が用意した者ではないかと思いつくが、その公爵令嬢もまた、王太子から五メートル離れた場所で頭を抱えていた。
「何よこれ!私の用意したプランには無かったわよ!ねえ、これって貴方がアドリブで作戦変更したの?」
「いえ、私はお嬢様に頼まれた以外の策は用意してません。奴の話を止めさせますか?」
「ここで止めても面倒になりそうね…」
公爵令嬢には冤罪を回避する策があった。しかし、それは王太子を逆に追い詰めカウンターざまぁを喰らわす内容の物であり、事件を王家とは関係ない話にしようとする今の状況とは相反する。
「ぐぬぬぬ、冤罪対策に気付いた王太子側が作戦中止に走ったのかしら」
「だとしたら、やはり今は動かないのが得策ですね」
「くーやーしーいー!」
公爵令嬢側も、工作が露見してややこしくなるのを恐れて状況を見守るしか無かった。こうして、冤罪を作った王太子もそれを利用しようとした公爵令嬢も何もしないまま自称犯人である庭師の告白は終わり、事件の日と今日の不法侵入の罪で庭師は衛兵に連れて行かれた。
「お疲れさん。馬鹿な男のフリは大変だったろ。さ、メシ用意しといたぞ」
「頂くでやんす」
庭師が牢屋に入れられると直ぐに食事が提供された。彼の好物であるフィッシュ&チップス、ライ麦パン、そして黒く濁った井戸水。どれも、庭師が前日に衛兵に注文した物だ。
「一仕事終えた後のメシは美味いでやんすー、ハフハフ!」
「なあ、これからこの国どうなるんだろうな」
「ハフ?」
無邪気に食事を口に詰め込んでいく庭師を見ながら衛兵は呟いた。庭師は口の中の食べ物を井戸水で流し込んでから答える。
「ンー、少なくとも当分は今迄通りでやんすね。賢いつもりの馬鹿達は全員肝が冷えただろうし、大人しくなると思うでやんす」
「今はそうでも、その先はどうだ?頭の弱い王太子とそれを支える公爵令嬢、こんな状況いつまた崩れてもおかしくないんだ」
「オイラには明日の事すらわからないでやんすから、関係無いでやんす」
「だよな。そんじゃまたな」
「おやすみでやんす。あ、そうだ。寝る前にお休みのキスして欲しいでやんす」
「誰がやるか!」
翌日、庭師は遺書を残して牢屋の中で息絶えていた。担当をしていた衛兵は辞表を提出したが、クビにはならず辺境の警備に回された。そして、そこで妻と共に一生を過ごした。
男爵家は使用人の不始末で厳重注意を受けた。件の庭師が男爵家で働いていた事実は無かったが、娘がしでかした事を察した男爵は男爵家内のトラブルと認め処罰を受け入れた。その後、庭師が死んだのは国の落ち度という理屈で男爵領に優秀な使用人が送られた。男爵は彼の力を借りて男爵領を豊かにしていったが、男爵には跡継ぎがいなかった為、男爵の死後に領地は国の管理地になった。
男爵令嬢は卒業後に無理やり見合いをさせられ、庭師を逮捕した衛兵と結婚。彼の転勤先へ同行し監視同然の夫婦生活を送った。あの庭師がどこの誰だったのかを何度も衛兵に聞こうとしたが、結局それを口にする事無く静かに過ごし続けた。
王太子と公爵令嬢は卒業から数年後に結婚。卒業パーティの時、彼らには何も無かったのだから予定通りに結ばれた。二人は周囲の予想通りの冷めた夫婦生活を送り、三十六歳の時に男児を得て、その子が新たな王になるまでの間淡々と無気力に政治を行った。王国は緩やかに腐敗し衰退していったが、致命傷だけは避け続け次世代にバトンを繋いだ。
※ ※ ※
辺境の地の中でも一番寂れた区域に三つの墓があった。その内二つは王都から流れてきた衛兵夫婦のものと分かっているが、最後の一つの墓が誰のものかは明らかにはなっていない。
だが、この墓が誰のものなのかヒントは残されていた。この墓を建てたのがその衛兵であり、たまに墓に来てはポテトやパンをお供えしていた事から、衛兵の同僚の墓ではないかと推測されている。
そして、その衛兵は死ぬ直前に次の言葉を残していた。
『見事に王からの任務を果たした友よ、最小の犠牲で国の危機を救った友よ、今そちらに向かう。お前が大好きだった揚げ物はこの半世紀で凄く味が変わったぞ。楽しみにしとけよ。それと、あの時は悪かった。今度は毒の口移しの心配も無いし好きなだけキスしてやる』
この墓の主の正体とその人物が解決した事件については、現在も学者や歴史マニアによって研究がされているが、卒業パーティで王太子が婚約破棄しようとし、公爵令嬢がそれを逆手に取り国が潰れる程の仕返しをしようとしていたという正解には未だ誰も辿り着いていない。