4. 書店CLOVERにて (3)
カウンター脇から外に出てテーブルスペースに向かう。ペンやらハサミやら道具が多くなったので網かごに入れ、それを本の上にのせて運ぶ。この絵本は柳木の私物らしいが、傷をつけても怖いので丁重に扱おう。
ゆかは漢字の読み書きを練習しているようだった。横長のワークブックが広げられ、『牧』や『陸』といった文字が見える。そばを通ると人の気配を感じたのか、ゆかは手を止めて顔を上げた。
「あ、さっきのお姉さん」
再び丁寧にお辞儀するものだから千花はうろたえてしまう。
女の子同士、もっと気を抜いて話してみたい。そう思い、普段友達と話すような態度を心がけて千花は挨拶した。見栄を張って少しお姉さんぶった気もするけど。
「私ここでアルバイトしてる相根千花っていうの。店長から聞いたけどゆかちゃんっていうんだね!仕事任されちゃって今からここで作業するんだけど、ゆかちゃんともお話したいなーなんて」
「千花さんですか?実は入り口で会った時から気になってました。きれいなお姉さんだなあって」
つい顔がにやける。きれいなお姉さんかあ……私からすればゆかちゃんの方がよっぽどかわいいし目を奪われちゃうよ。
千花は一つ下のつんけんな弟にうんざりしていて、昔から妹が欲しかった。ゆかちゃんがうちの妹だったらいいのになあと惚けていると、彼女から不意打ちの爆弾をお見舞いされる。
「お兄さんの彼女さんですか?ふたりが仲良く話してるの、たまにちらって見てました」
「彼女⁉ご、誤解だよゆかちゃん。あの人はまるで女の子の扱いがダメなの!さっきのだってただの業務連絡だから」
心臓が跳ねた。別にやましいことなんてないのに、勝手に動揺して変な反応をしてしまう。すかさず両手を振って否定する。
どうしてそんな勘違いを……。制服が一緒だからペアルックっぽい?理想の身長差というやつだからかな。確かに私はギリギリ一六〇センチないくらいで、柳木さんの方が十数センチ高いけど。
少しばかり声を大きくしてしまったので、レジで立っている柳木がこちらに視線を向けた。何事だ、と怪しんだ様子だったが千花がひきつった笑みで両手を合わせて謝ると了解してくれたようだった。話が盛り上がったんだろうというぐらいに見当してくれたみたいだ。
「そうなんですね、さっき結婚がどうとか聞こえたのでわたしてっきり……」
柳木さんのせいか!あの人声が大きいから……。
声にせず柳木を非難していると、自分はどうだっただろうかと嫌な想像をしてしまう。他のお客さんにも会話が筒抜けだったのではないだろうか。千花自身脊髄反射で会話していた部分があるので顧みるほど不安になってくる。
……柳木さんも私も声量に注意しないと危ない。クレームがきてしまう。
「ところで千花さんは何のおしごとですか?」
早速声のボリュームに配慮してゆかに答える。
「私はこの本のPOPを作ることになって、今から切ったり書いたりだよ。その前に読まないとだけど」
千花はゆかの隣の席に座り、本の角を持って見せる。「わあ……」と恍惚とした表情で表紙を眺めたゆかは、おおよそ千花と同じようなリアクションを返した。
「きれいな絵本ですね、しかも『シンデレラ』。すごくタイムリーです」
絵本好きの柳木は異例だが、幻想的なお姫さまを前にした時の反応は女子特有のものがある気がする。なんて考えながらゆかの発言の半分を理解できずに思考を巡らせていた。タイムリーって、そんなに今日的な作品かな。
「ええと近々『シンデレラ』の映画とかする?それか演劇とか」
「それはわかんないです……あっ、タイムリーっていうのはもうすぐハロウィンじゃないですか。町のイベントで小学生限定のハロウィンパーティーがあるんですけど、シンデレラの仮装をしようと思って準備しているんですよ」
「ハロウィン……言われてみればもう十月も終わりか」
千花の戸惑いにゆかが補足説明をしてくれた。
スマホの電源を入れると、ロック画面に十月二十七日と表示されている。今週末がハロウィン当日だなと、指を折って数えた。
それにしてもシンデレラの仮装かあ。ゆかちゃんなら本当にプリンセスになりそうだ。男子から手を取られるかもしれない。ダンスは……さすがに踊らないか。
この町には小学校がふたつあるので、小学生限定とはいえ結構な人数になるだろう。浮世離れした賑やかなお祭りになりそうだ、なんて想像をして微笑ましくなった。
「懐かしいなあ、私も小さい頃は仮装してたよ。地域の人にお菓子もらって、英語の先生が外国の遊びを教えてくれたからみんなで挑戦して。まあ仮装は簡単なものだったけど……恥ずかしくって」
「わかります。わたしも恥ずかしがり屋なんですけど、今回は友達が着ようって。別々のお姫さまの格好をするんですよ」
あみちゃんが白雪姫で、ななこちゃんが眠り姫で……と友達とお姫さまの名前を交互に挙げてくれる。ほとんどが童話に登場するキャラクター達だ。
お姫さまが一堂に集結するのは絵になるし、思い出に残りそうだなと思った。青春ぽくてちょっぴりうらやましくも感じる。ともかくゆかがシンデレラという采配とゆかを誘ったという友人には賞賛を送るべきだろう。
話を聞いていると、まれにゆかの語尾が落ち込むのが気になった。変な間が空いたり、苦笑いが混じったり。まるで心に引っかかていることがあって、素直にハロウィンを楽しめないみたいな。
これって聞いていいのかな。
触れてほしくないかも……。でも一応人生の先輩として何か助言できるかもしれないし!
千花は相槌を打ちながら、胸中の葛藤を無理やり決着させた。そもそも気になったことはすぐに口に出してしまう人種なのだ。自分で考えるより思い切って質問するほうが千花の性分に合っていた。私の頭で考えても多分効率が悪い。
言葉を選びながら、ゆかの反応をうかがう。
「も、もしかして実はまだ仮装するか迷っていたりしない?友達の誘いでも嫌なときは嫌だって言ったほうがいいと思う、よ」
声が尻すぼみになってなんとも情けないが、思い当たることを尋ねてみる。ゆかはぽかんと口を開いた後、何度目かの渋面を作った。過干渉に呆れられちゃった⁉と千花は心の中で冷や汗をかく。罪悪感が足元からせりあがってくるようだ。
「ハロウィンパーティーは楽しみだし、恥ずかしくても友達と一緒に仮装したいなって思ってます。でも確かに、気がかりなことがあるんです。バレちゃったので話聞いてくれますか?」
「……お姉さんに任せて」
……私の思いつきなんてやっぱりお粗末クオリティ。
ゆかの大人びた対応のおかげで恥をかくのは免れた。十分に自信を無くしたけれど、ともかくこの犠牲によってゆかの憂慮を聞き出せるのだから結果オーライだ。
ゆかは声が届くように丸椅子ごと千花に近づいて話し始めた。周りに聞こえる声量で語る内容ではないらしい。