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童話書店の夢みるソーネチカ  作者: 横山くらい
平衡のシンデレラ
3/19

3. 書店CLOVERにて (2)

 『CLOVER』は童話書店というだけあって、商品の大部分が絵本である。店内は五十坪ほどの広さで、吹き抜けの二階建て。上の階には児童小説や英語の絵本なんかが置いてある。


 天井からは長さの異なるペンダントライトがいくつか吊るされ、オフブラックの腰壁を採用した洋風の内装だ。円錐台の絵本架には美しい装丁の本が並び、この店自体が西洋のおとぎ話に出てきそうな、幻想的な雰囲気に包まれている。とても柳木のセンスでコーディネートしたとは思えない。が、千花はこの店の情調を格段気に入っていた。


 千花が制服に着替えて戻ると、すでに数人のお客さんが来店していた。幼稚園からの帰りであろう親子が並んで本を眺めている。あの棚は新作の絵本コーナーだったはずだ。


 視界の端では、丸メガネの少女が二階に上がろうとしていた。児童小説を買いに来たのかな。いかにも文学少女って感じがする。


 柳木はカウンターでレジ打ちをしていた。キャンバス地のエコバッグを肩にかけた女性がお釣りを受け取っているところだった。


「遅くなりました、仕事変わります!」


 普段レジ周りの業務は千花が担当している。今日も同じ仕事内容だと思っていたのだが、何かおかしい。柳木が何も言わずに机の引き出しを漁り始めた。


 訝しんで眺めていると、突然、四角い物体をひょいと投げつけられた。


「えっ、なに⁉」


 あわてて腕をのばす。反射神経悪いから落としちゃうよ⁉


 両手にものの感触を感じ、ふっと息を吐いた。間一髪掴んだのは、十二色フリクションカラーペンのセットだった。


「確かこの前図書委員の仕事でPOP作ったって言ってたよな?昨日大物作品を仕入れたんだ。それ読んでうちにも作れ」


 何事かと焦ったが、POPの作成か。そういえば日曜日のバイトの時間にそんな話をした覚えがある。


 POPは『Point of purchase』の略で店頭や店内で商品のそばに展示する広告のこと。これによってお客さんの購入意欲を高めるから、収益に直結するんだよね。おざなりにはできない仕事だ。


 そう思うと途端に自信がなくなってきた。図書委員で作るのと仕事で作るのはわけが違う。効果のある広告を、店の不利益にならない広告を作らなければならない。


「私、作ったって言ってもマーケティングの技術はないですよ?」


「そんな難しいこと考えさせるかよ。図書委員で作ったのも読書欲を刺激するためのもんだろ。同じように作れ……あ、でも漢字はあんま使うな。読めんから」


 こういう懐の大きさは素直に素敵だと思う。成果に厳しい人だったら未熟な高校生の千花はいつ首を切られてもおかしくない。業務以外での扱いの失礼さでプラマイゼロな気もするけど。


 画用紙やクリップホルダーの用意をしていると、カウンター後方の棚から柳木が絵本を一冊取り出した。


「それが大物作品ですか?」


 なぜか得意げな柳木が胸の前でそれを持つ。本の背を右手で掴み、千花の方へ近づけた。


「驚くなよ、あのミニーノットが絵を手がけた『シンデレラ』だ」


 「へええ」と間の抜けた声しか出なかった。どこが驚きポイントなのか無知な千花にはわからない。これはまた睨まれるぞ……。


 表紙の中央にはきらめく青いドレスを身にまとったシンデレラ。片方のガラスの靴を落としながらも必死に走っている様子が描かれている。背景はどうだろう。


 彼女の周りはアーチ状に花々が囲み、舞台のカーテンを思わせる。シンデレラの奥にはヨーロッパ建築の背の高い城もうっすらと見えた。


 ……表紙には映ってないけど、追いかけてくる王子様から急いで逃げているんだよね。夜の十二時になると魔法が解けちゃうから。


 アニメ調の絵ではなく、繊細で美しい画風に千花も目を奪われた。だんだんとその絵に吸い込まれているような、心地よい浮遊感に浸食され、瞬きも忘れる。


 あまりに反応がないので、柳木は一歩踏み込んで千花の顔を覗き込んできた。鋭くも整った容貌が拳三つ分の距離に迫り、夢うつつの意識をぱっと覚醒させる。


 慌てて後退しても、もう手遅れだ。私どんな顔してたんだろ……。じわじわと頬が熱い。


 魔法にでもかけられたみたいだ。絵に見惚れて何も考えられないなんて、そんなことってある?芸術の深淵に体を落っことして靴だけが残ったみたいだ。


 感情のせわしい千花とは対照的に、柳木はブレない仏頂面で感想を催促した。浅めの深呼吸で心の蒸気を排出し、いつもの千花を繕って答える。


「す、素敵な絵ですね。なんか憧れちゃいます」


「だろうな。だが予想以上に食い入って見てたな。まあ絵本好きとしては嬉しいリアクションだ。千花がメルヘンなのも分かった。確かにこういうドレスは大義名分がねえと着れねえよな。女磨いてウェディングドレスが着れることに賭けろ」


 柳木がさらりと千花の女子力を否定し、人差し指を立てた。


「ドレス着たいって意味じゃないです。お姫さまを……」


「姫さんになりたいのか?そりゃあちょっと厳しいだろ……でも心配するな。結婚したら実質お姫さまみたいなもんだ」


 お姫さまの後を追って探し出してくれる王子様いいなって思っただけですけど!人を結婚願望の塊扱いする男と違ってね!


 目前のすねをつま先でつついた千花は、困惑する柳木から本を掴み取った。こんなだから彼女の一人もいないんだ、なんて思っていると仕切り直しといった様子で柳木が咳払いした。


「ま、まあそれはそうとして、千花もやはりこの作品の良さがわかるか。表紙だけでも満足の出来栄えだ。さっきの薄い反応からしてミニーノットは知らなかったみたいだが。勉強不足だな」


 ミニーノットっていう作者の絵本だから、柳木さんは大物作品と呼んだのかな。


 絵本界隈では有名な方なのだろうか。少しずつ絵本の知識も増えているが、作者まではまだ手が伸びていない。だから案の定揶揄され、湿った視線を浴びせられている。


 決まりが悪くなり、千花は質問をして乗り切ることにした。


「そんなに人気の方なんですか?名前的に外国の人ですかね」


「ペンネームが英語なのは珍しいが日本人らしい。それにまだ新人でこの『シンデレラ』で三作目。だが千花も感じたように、読む人を魅了する優雅な絵のタッチで注目されてんだ」


 絵本に関わる柳木がいうのだから、ミニーノットの才能は専門的に見ても他と一線を画すのだろう。柳木は一人のファンとして彼(彼女?)の絵を好いているようだった。


 POP製作用の道具がそろったところで、先ほどのメガネの少女が階段を下りてくるのが見えた。右手にハードカバーの本を持っている。会計に降りてきたんだろう。


 柳木も彼女を視界に入れると、早口で千花に指示を飛ばした。


「せっかくだからゆかの隣の机で作業してこい。勉強見てやってもいいぞ。余裕があったらこの店の宣伝用ポスターも一枚作れ、ゆかの小学校に貼ってもらおうと思ってる」


「了解しました」

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