第6話
戦闘の後、クルマは山道を走り続けていた。
おれは助手席で、運転席には英美里教授だ。
後部座席にはさっきの女の子が武器を抱きちょこんと座っている。ちなみに、クルマに乗ってからまだ一言も喋っていない。おかげで、少し気まずかったりする。かといってこちらから話すこともないんだけど。
「その子のことだが――」
思い出したかのように、英美里教授が口を開いた。
社内の重い空気が少しだけ緩和された気がする。
「一言で説明するならば、対マモノ用に造られた生体兵器だ。詳しい事は省くが、その子はいわゆる普通の人間ではない」
「せ、生体兵器って、それじゃあこの子は人造人間ってことですか!?」
「そういうものだと思っていい。AMESの研究機関で極秘裏に進んでいた人型戦術魔導機兵計画、その唯一の成功例がその子だ。推定戦力はさっきの無人機兵千機分はあるとされている」
「ひゃ――っ! あのゴツイやつが、千……」
馬鹿なおれにも判る。無人機兵千機分というのがどのくらいの戦力を有しているのかを。昨日のマモノ襲来くらいならば、1人で余裕だろう。
「…………」
おれが後部座席を見ると、女の子は特に気にした風もなく無表情でお大人しく座っていた。なんだか、AMESの闇を垣間見てしまったような気がするけど、もう今更か。
しかし、これで納得がいった。おれが彼女から違和感を感じていたのは、彼女が造られた存在であったからだ。にしても、手足を隠せば普通の女の子にしか見えない。顔も可愛らしく、まだあどけなさも残っている。
『主よ』
「っ!?」
急なトワの声に、おれはビクついてしまった。
「なんだ、ビビッてもよおしたか?」
「ち、違いますよ。ちょっとぶるっときただけです」
「なんだつまらん」
本気でつまらなそうに言う英美里教授は置いて、おれは肩に乗ってきたトワを横目で見る。
『ああ、安心せい。わらわと主は念話もできるのじゃ。心でわらわに言葉をかけてみい』
おれはなるほどと思い、さっそく念話とやらを試みる。
(あー、あー。トワ、きこえる?)
『うむ。良好じゃぞ。して本題じゃが、後ろにおる女子から物凄い量の妖気を感じるのじゃ』
(それって、つまり、どういうこと?)
『横の女同様に気をつけよ、ということじゃ。その気になればここら一帯を焼け野原にすることも容易いだろうからの。それだけの妖気を有しておる。それに、だ。今の主ではやられてしまうやもしれん』
(き、気をつけるよ……)
やっぱり、さっきの機兵千機体分というのは伊達ではないらしい。心の底から味方でよかったと思う。
「ま、今は味方だ。ただ、これからどうなるかはお前の対応次第になるかもしれんがな」
運転中の英美里教授は視線をそのままに、そんなことを言ってきた。
「へ? おれの対応ですか?」
「そうだ。その子の生みの親が少々変わっていてな。やつの機嫌を損ねたらその子が敵に回る可能性もあるということさ」
「それって責任重大なんじゃ……」
「そうだな。お前の言動や行動次第で生死が決まると言っても過言ではない。心するといい」
「う……。了解です……」
心休まる時はくるのだろうか……。
そろそろ精神的負荷で胃に穴が開いてもいい頃合いな気がする。騒動が始まってからまだ1日も経っていないのに。
「あ、そういえばその子の名前ってあるんですか?」
「ああ、そういやまだ教えていなかったな。その子の名はベルベットだ」
「なるほど」
おれはおもむろに後部座席に顔を向けた。
「よ、よろしく、ベルベット。あ、それとおれは椎名湊っていいます」
「……(こくり)」
「ほっ」
無視されるんじゃないかと思ったけど、頷いてくれた。完全に機械的な子ではないみたいだ。
「反応をもらえてよかったな」
「はい。なんとなく、無視されるんじゃないかと思いました」
「興味のないモノには反応しない子だ。少なくともお前に何かを感じたんだろう」
「何かって……何だろう」
まさかおれの異質な部分を見抜いたのかな。普通のヒトじゃないのなら、そういう能力もあるのかもしれないけど、どうだろうか。まあ、どちらにせよ今考えても仕方ないか。
それから、少しの間無言でクルマは進んでいった。
程なくして目的地についたのか、英美里教授はクルマをとめた。
「ここが目的地ですか? 特に何もなさそうですけど……」
見渡すと、辺りは山々で囲まれているだけだ。近くに川が流れているくらいで、よくある山奥の土地に見える。森の合間からは、異繋都市を見渡せた。どうやら結構高いところにまで来たらしい。
「世間からは隠蔽しているからな。目的の場所は地下……というよりは山の中か」
「あ、そういう……」
外にゲートがあったら誰でも使い放題になる。そうなるとむやみやたらに混乱を招くだけだから、政府やAMESはゲートを人目のつかない場所に隠しているんだろう。
おれ達は整備されていない茨道を徒歩で進んだ。
5分位歩いたところで、英美里教授が歩みを止めた。
「ここだ」
「ここ?」
周りを見渡すが、地下への入り口的なものはなにもない。
「足元をよく見てみろ」
「あっ」
よく見ると、おれ達が立っている場所だけ雑草がない。
英美里教授がつま先で地面をノックすると、おれ達が立っている場所が下降し始めた。
「お、おお! エレベーターみたいになってる! 秘密基地みたいですごいですね!」
降りていく地面に感動しつつ、おれは落ちないようによろめきつつ倒れないように踏ん張った。ちなみに、横にいる英美里教授とベルベットはいつも通りである。うん、おれはこういうのに慣れていないから仕方ないんだ。
それから、5メートル程降りたところで、地面の下降が止まった。
ちいさな空間が広がり、その先に分厚そうな扉がある。
電気はちゃんと通っているのか、照明は機能していた。
「さ、行くぞ」
英美里教授に促され、おれ達は先へ進む。
先ほど降りてきた地面は、自動で元の位置へと戻っていった。
「ごくり……」
目の前には頑丈そうな扉。
扉を前に、緊張が高まる。
この先にゲートがあるのか。そして、異世界ソル・グラシアへ……。
「そう身構えるようなものでもないぞ」
そう言って、英美里教授は普通に扉を開けた。
中は細い通路になっており、まだ先があるようだった。
「なんか、不気味ですね」
「ほう。その直感はあながち間違ってはいないな。ここは定点ゲートが存在する他に、AMESの極秘研究施設でもあるんだ」
「極秘研究施設ですか。まさかここで……」
おれは隣を歩くベルベットに軽く視線を送った。
「その通りだ。ベルベットはここで生まれた。とある女の執念と確執、そして多くの犠牲によってな。っと、ここだ」
英美里教授は立ち止まり、傍にあった扉を開いた。
中に入ると、そこにはホテルのエントランスのような空間が広がっていて、今までの無機質さが嘘のようだった。だが、人が誰もいないので、逆に不気味さが際立っている。
「おーい、約束通り連れてきたぞ」
英美里教授が言うと、奥の部屋から何者かがやってきた。
その女性は小柄で、眼鏡をかけ、白衣を纏っている。
「――あら、案外早かったじゃない。ベルもおかえり。それで、この子が例の――」
「ああ。椎名湊だ。お前の気持ちは判るが、ひとまず場所を移さないか? 私達も追われる身で疲れていてな」
「あら、英美里にしては珍しい物言いね。さすがの貴女でも今回の一件に関しては参っているってことか。いいわ。スイートルームに案内してあげる」
「わるいな、真希」
「気にしなさんな。親友のよしみよ。まあ、それはそれとして――」
「??」
初対面なのに、この真希って人、おれのことを舐め回すように見てくるんだけども。
「くふふ、後でたくさん可愛がってあげるからね」
「へ?」
可愛がるとは、どういう意味だろう?
白衣の人はるんるんステップで奥の扉に向かっていった。
なんでかな。嫌な予感しかしない。
「湊、すまん。諦めろ」
「ど、どういう意味ですか英美里教授っ」
すっごい不安なんだけど!
説明を! 説明を要求する!
「ゲートを使うにはあいつの協力が不可欠なんだ。だから、今は我慢してくれ」
――ぽん、と。
英美里教授は何かを悟った目で、おれの肩に手を置いた。