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救世少女のアンチテーゼ  作者: 竜胆久遠
第一章 異世界逃亡編
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第2話




 まさか、信じてもらえるとは。


 英美里教授はすぐに異変に気付き、おれの身を案じてくれた。

 そして、おれの家にくるからそのまま待っているようにとの指示をしてきた。どうやらたまたま近くにいるらしい。


「英美里教授のあんな慌てた声、初めて聞いたな……」


 馬鹿にされると覚悟していたが、予想に反して英美里教授はおれの心配をしてくれた。いつもとのギャップにときめいてしまいそうだ。


『なんじゃ、それは?』


 首をかしげながらきいてくる妖精さん。

 どうやらこの携帯電話が気になるらしい。


「これは携帯電話っていって、簡単に言えば離れた人と手軽に会話を出来る機械だよ。まあ、機能はそれだけじゃなくて色々あるんだけどね」


 インターネットを閲覧したりだとか、アプリを操作出来たりだとか携帯端末のくせにかなりのハイテクマシンだ。それを今の世の中誰しもが持っている。当たり前のことだけど、凄いことだと思う。


『ふ~む。馴染みのないものじゃのぅ。見たところ、どうやらこの世界はわらわがいた場所とはだいぶ違うみたいだの。外の建造物も景観が違いすぎる。細長いノッポばかりじゃ』


 ノッポとは、どうやら高層ビルのことを指しているようだ。

 確かに、異世界とは違う建造物だろう。


「やっぱり君は異世界からきたの?」


『こちらの言葉を借りればそうなるの。ただ、この世界も分枝世界の1つに過ぎん。他の世界からすれば、この世界が異世界ということじゃ』


「確かに、違う世界の人からすればここは異世界か」


 ソル・グラシアから見れば、おれたちのいる世界が異世界なわけで。向こうの世界もだいぶこちらの技術や資源が行ってるみたいだけど、それでもこちらと同じ世界というわけにはいかないだろうな。


『世界とは数多の時空から成り立っておるんじゃ。まあ、交わることは稀じゃから気にすることはないぞ』


「そうなんだ。じゃあ、おれたちの世界はその稀なケースに当てはまるんだな」


『その言いぶりから察するにもしや、他の世界と繋がっておるのか?』


「うん。ゲートで繋がってる」


『そうか……。ならば一刻の猶予もないやもしれぬ』


 唐突に深刻そうな表情になる妖精さん。

 異世界とゲートが繋がることによって何か問題があるのだろうか。まあ、歴史を紐解けばだいぶ諍いはあったみたいだけど。


「それはそうと、君に名前ってあるの?」


『トワじゃ。説明が遅れたが、わらわは神剣の化身。ちなみに、神剣の名は【ディオリカ】である』


「神剣ってのは何なのか判らないけど――。きみの事はトワって呼んでもいい?」


『構わぬぞ』


「じゃあよろしくトワ。ちなみにおれの名前は椎名湊だ」


『ミナトじゃな。これからよろしく頼む我が主よ』


「うん。それともう一つ訊きたいんだけどさ、トワって男なの? それとも女?」


 冷静に可愛いので女の子だとは思うんだけど、胸はないし、そもそもが小さいから確認のしようがないのだ。


『見てわからぬのか。女じゃ』


「だ、だよね。ごめん」


『別に謝らなくてもよいが。というよりミナトよ、お主、神剣のことを知らぬのか?』


「うん。知らない」


 おれが何気なく言うと、トワは驚いたような表情をした。


『本当に昨日のことは記憶から抜け落ちているようじゃのぅ。まあ、覚醒したてなら仕方がないか』


 と、トワがため息をついたその直後。

 部屋のインターホンが鳴った。どうやら英美里教授が到着したらしい。


「トワはどこかに隠れてて」


『心配せずともわらわはおぬしにしか見えぬよ。この声も聞こえぬ』


「あ、そうなんだ。じゃあいいか」


 神剣の化身とはいったい何者なんだろう。

 そもそも、神剣って何だろうか。落ち着いてから、トワに色々と訊いてみよう。


「あ、おはようございます」


 扉を開けると、息を切らした英美里教授が立っていた。

 どうやらかなり急いで来たらしい。


「っはぁはぁ……。本当に、湊なんだな?」


 開口一番、英美里教授はそう訊いてきた。


「はい。朝起きたら、この姿になってまして。すみません、相談できるのが英美里教授くらいしかいなかったんです」


「それはいい。それと電話越しでもきいたが身体の調子はどうだ? 私が来るまでの間で何か異常はなかったか?」


「特に異常はないと思います」


「そうか。ひとまずは大丈夫みたいだな」


 英美里教授は大きく息を吐き、脱力した。

 どうやら、おれが思っている以上に心配をかけていたらしい。


「多少は面影もあるな。しかし女体化とは、一体全体どういう理屈なんだか。どちらにせよ、湊は湊のままのようだし、ひとまずは落ち着くとするか」


 英美里教授は持っていたペットボトルの水を一気飲みすると、息を整あえた。そして、「よし」とか言っておれの部屋に強引に入ろうとしてきた。


「ちょ、ちょっと待ってくださいっ」


「ああん? 何か問題でも?」


「ありますあります! 想像以上に英美里教授が早く来たもので、部屋をまだ片づけてないんです! 少しだけ待ってもらえますか?」


「別に汚くて構わん。私も似たようなものだろうしな。そういう部屋には慣れている」


「そ、そういう問題じゃ――」


 女の人なんて部屋にあげたことないのに!

 それにそれに、色々やばいものがあるんだって!


「邪魔するぞ」


「ああ……っ」


 終わった。男の1人暮らしの部屋なんて、女性が見たら100人中99人が幻滅する。残りの1人は母親くらいなものだろう。


 英美里教授は部屋に入るなり、想像通りおれの私物を漁り始めた。

 おれは「やめてくれー!」と声高らかに叫ぶのだが、英美里教授は笑顔で無視してくる。ひどい。


 ちなみにトワはテレビに夢中のようで、間近で顔を輝かせながら視聴中だ。そもそも彼女は英美里教授には見えないので、手助けも期待できない。


「いやぁ、部屋が汚いのはいいが、面白いものがたくさんあるみたいだなぁ、湊君」


「だから言ったじゃないですか……」


 おれはもう半分泣いている。

 何か大切なものが音を立てて崩れていった。ような気がした。


「机の上にあるのは描きかけのマンガだな。相変わらずヒーローモノか。芸がないな。お、こっちにあるのはゲーム機か。パソコンもネトゲがインストールされているみたいだな。このゲーマーめ。――っと、おやおや?、この隅に置いてあるゴム製の丸いモノはなんだぁ? まさか、使う機会があるとでも? くっく、笑わせてくれるなぁ!」


 愉快そうにあちこち引っ掻き回す英美里教授に、おれは青ざめた顔を向けるしかできなかった。


「おお! そしてこれがあの有名なTENGUか! まあお前も年頃の男の子だものな! 彼女がいればまた違ったんだろうが、童貞ならばこういったソロプレイ用の道具も必要だろうな!」


「――くすん……」


 もうやだ。死にたい。こんなことになるなら捨てておくんだった。田中君からもらっただけでまだ未使用なのに。つうかなんで英美里教授はこんなにテンション高いんだよ。根っからのSだよこの人はほんと。


「気にするな。男の子ならば仕方のないことだ。女にも理解があるやつがある程度いる。といっても、今は湊も女だったか」


「男です」


「いや、どう見ても女の子だぞ? 男の時も弄りがいのあるやつだったが女になってさらにいじ……可愛がりがいのあるやつになったな」


「今弄りって言った! ひどい! くそう! 英美里教授を押し倒しておれだって男だってとこみせてやる!」


 と、自暴自棄になりながら勢い任せに英美里教授にタックルを試みるも、女になったからか明らかにパワー不足だった。


「誰が誰を押し倒すって~?」  


「はぅ!」


 悲しいかな。逆にベッドに押し倒されてしまった。

 英美里教授がおれの上に馬乗りしている。

 なんだこの状況は。

 少しの間時が止まったかのような、そんな気がした。雰囲気的に。

 冷静に見ると英美里教授はかなり美人だ。それに、なんか大人な匂いがする。密着してるからか、動悸が激しい。


 こ、このままどうするんだろう。もしかして、大人の階段を一気に駆け上っちゃうのか! で、でも、英美里教授は美人だし、頭もいいし、彼女になってくれたら凄く良いな! 高望みしすぎかもだけど、こんな状況だと変な期待をしてしまう!


 ああ、気づけば顎クイされてる! これってあれだな、アニメやドラマのワンシーンであるやつ! あれ、でもこれって色々逆なんじゃ――。


「しかし、近くで見ても可愛い顔してるな。肌も赤ちゃんみたいにすべすべだし、唇も艶やかじゃないか。う~ん、これはちょっと心配になってきたぞ」


「な、何の心配ですか……?」


「そりゃちょっと犯罪的なやつだよ。いつか元に戻れるかもしれないが今は女なんだ。悪い大人に騙されないように注意しないといけないな~?」


「そ、そういう……っ」


「それと、何を期待してたか知らないが、顔が真っ赤だぞ? ふふ、バカめ」


「~~ッ」


 やはり、どこまでいってもおれはこの人にバカにされる運命なんじゃないかと思った。おれの1/3の純情なトキメキを返してくれ。


「愛いやつめ」


 そう言って、英美里教授はベッドからおりた。

 おれも、何とも言えない表情で上体を起こした。


「はぁ」


「どうした。ため息なんてついて」


「おれ、やっぱりバカなんですかね」


「そういうところがおバカだというんだ」


 いつもの呆れた口調で英美里教授は言った。

 そっか、よくわからないけどそういうとこがダメなのか。

 人生って難しいな。


「ま、私はお前のおバカなところは嫌いではないぞ」


「えっ」


 まさか、落として上げる的な展開……?


「弄りがいがあるしな」


「……ですよね」


 おれは盛大にため息を吐くのだった。



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