第22話
「――まったく、どこに行っておったんじゃ。妾もマーハも心配しとったんじゃぞ」
宿に戻ると、早速トワからお叱りを受けた。
まあ、何も言わずに出かけたのだからおれが悪い。だからあえて何も言い返すまい。
「ごめん。ちょっと外の空気を吸いたくなってさ」
「にしては長かったのう。近くにおれば感知できるが離れたら見失うこともある。すぐに駆けつけられぬから注意するのじゃぞ」
「了解。それでマーハはどこに? 帰って来てるんだよね?」
「ああ。あの子なら屋上じゃ。主が寝ておる間も、よく外に行って星を眺めておったからの」
「もう夜だもんね。にしても星か」
ソル・グラシアも同じような夜空なのだろうか。思えば、この世界に来てからゆっくりと空を眺めたりもしてなかったな。
「おれも行ってくる」
「夜は冷えるから気をつけるんじゃぞ」
「うん、ありがと」
おれは上着を一枚多めに羽織り、屋上へ向かった。
石造りの階段を上り、屋上へとたどり着く。
ベンチなんかあったりして、雰囲気の良い場所だ。
「マーハはどこだろ――」
と、捜していると、奥のフェンスの近くにその姿を発見した。
おれはマーハに近づき、
「マーハ」
声をかけた。
「あ……ミナトお姉ちゃん……」
マーハは一瞬驚いた表情になったが、すぐにまた空を見上げた。
「空を見上げていると、ね? マーハ、嫌な事とか忘れられるんだ」
「……マーハ?」
「特に夜空は好きで、故郷にいた頃もこうして眺めてたなぁ……」
「……」
マーハの表情が読めず、おれは何と言ったらいいかわからなくなっていた。
マーハは友達を失った。大事な人を失くしたのだ。その気持ちを理解できるわけじゃない。それでも、何か言わなくてはと思っておれは彼女を捜しに行ったんだ。
でも、実際に目の前にすると、何と言えばいいのか、何と声をかければいいのかわからなくなった。色々考えていたけど、そのどれもふさわしくないように思えた。
「マーハはね、ずっと故郷の街で暮らしてたんだ。そこにはマーハとおんなじ魔族しかいなくて、差別とかなかった。みんな良くしてくれるし、優しくしてくれた。でもそれは、マーハがラーの一族だったから。誰もマーハの事なんて見てなかった。誰もマーハのことを必要としてなかった。あるのは肩書だけで……。みんな権力があるお母さまに近づこうとマーハを利用したかっただけ。だから、本当の意味で友達なんていなかったんだ」
マーハは一呼吸おいて、話を続ける。
「お母さまはね、昔、凄く偉い人に仕えてたんだって。それでね、マーハはその人のお話をお母さまから聞かされるのが大好きだったんだ。話に出てくるご主人様はかっこよくて優しくて――だからマーハも誰かに仕えて必要にされたいって思うようになったの」
「それで、ご主人様を捜してたんだね」
「うん。だから旅に出たんだ。その旅の途中で出会ったのがテンちゃん。テンタクルスライムって、普段は群れで行動しているんだけど、あの子は違った。何故か1人ぼっちでさびしそうだった」
マーハは眼を閉じ、ゆっくりと言葉をつぐんでいく。
テンちゃんとの思い出を、テンちゃんとの約束を。
たくさん、たくさん語ってくれた。おれはそれを、ただ聞いていた。言いたいこと、伝えたいこと、それをマーハが吐き終わるまでずっと聞いた。
とめどなく出てくる言葉に、マーハとテンちゃんがどれだけ仲が良かったかがわかる。かけがえのない存在だったことがわかる。
「テンちゃん、回復魔法が苦手なんだよ。得意な種族のはずなのに、おかしいよね。でも、代わりに催眠魔法が得意で、眠れないときなんかは軽く魔法をかけてもらってたなぁ」
「……」
「魔物と一緒じゃ人の街には入りづらくって、テンちゃんには外で待っててもらったりもしたし、色んなことに詳しかったから旅の途中でいっぱい助けてもらった」
「マーハ――」
「テンちゃんはね、すっごく良い子だったんだよ? 優しいし、物知りだし、いつもマーハの味方でいてくれたし――」
「マーハ……っ」
おれは、気づけばマーハを抱きしめていた。
テンちゃんのことを話す彼女は、気づけば涙を流していた。
本当に大好きだったんだろう。そして、テンちゃんもマーハのことをきっと大好きだった。自分が危険だったにもかかわらず、苦手な回復魔法をかけ続けた。彼は大好きな友達を救うために、自らの危険を顧みずやり通したんだ。
「ミナトお姉ちゃん……!! うう……っ、テンちゃん、死んじゃったよぅ……! う……っ! 友達、だったのに! これからもずっと、一緒だとおもっていたのに! マーハとの約束、絶対守るって、言ってくれたのに……!! いなく、なっちゃった……! マーハのそばから、いなくなっちゃった……!」
おれは、強く強くマーハを抱きしめた。
何か優しい言葉をかけてあげたい。でも、何と言えばいいのか、今のおれではわからないんだ。だから、抱きしめて抱きしめて、おれは君のそばからいなくならないって、想いを込めて抱きしめた。
「うああああぁぁぁっ!! うわあぁぁぁぁぁぁッ!!」
静かな夜空に、マーハの慟哭が響く。
この小さな身体に、いったいどれだけのことを詰め込んできたのだろう。どれだけの覚悟で人のいる場所を旅していたのだろう。おれには図り切れない熱量が、この子の中にはあったのだ。
そして、その半ば、大事な存在を失ってしまった。
おれがもっと強ければこんなことにはならなかった。でも、そう思うことも、おれ自身のエゴなのかもしれない。それでも、そう思わずにはいられなかった。




