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第18話





「……生きてる」


 夢ではなく、自分に起こったリアルが、脳裏に蘇る。

 監獄都市ギルンセルから逃走中に、魔術師ファティマ・ローレンスに襲われた。そこで大事な仲間を傷つけられ、おれも連れていかれそうになった。それから、おれの中にいた何者かに助けを求めた。


「それから、どうなったんだろう」


 トワは、マーハは、テンちゃんはどうなったのだろう。あの時、トワは無傷だった。でも、マーハは深い傷を負い、テンちゃんはピクリとも動かなくなっていた。


「――お目覚めか、ご主人」


 ずっと傍にいたのか、トワが声をかけてきた。

 思い出したかのように辺りを見渡すと見慣れない部屋だった。少なくとも、監獄ではないようだ。


「トワ! 無事でよかった……っ」


「うむ。お主も無事で何よりじゃ。妾はご主人なら戻ってこれると信じておったぞ」


「戻ってって……あっ」


 そういえば、そうだった。おれの中にいた女性に、魂が身体に戻れないかもしれないと言われていたんだった。こうやって普通に会話が出来るということは、無事に戻ってこれたってことか。


「そうか、戻ってこれたんだ」


 とりあえずよかった。まだ異世界に来たばかりだ。すぐに死ぬわけにはいかない。


「それで、マーハは!? あの子は無事なの!?」


「ああ。マーハならお主よりも先に目を覚ましておるよ。さっき市場に果物を買いに行ったから、直に戻ってくるじゃろう」


「そっか、よかった……。それで、テンちゃんは……」


 おれがそう言うと、トワは顔を伏せた。

 判っている。あの時、ファティマという魔術師の攻撃でテンちゃんは死んだ。恐らく即死だったんだろう。。


「あやつはマーハを守って死んだ。必死にマーハの命をこの世に繋ぎ止めたんじゃ」


「そう、だね。彼はマーハにとってのヒーローだった」


 幼いころに呼んだ本に描かれていた正義の味方。ずっと憧れていたけど実際に自分がそうなれるとは思っていなかった。だからヒーローマンガを描いて気持ちを誤魔化していたんだ。エミリ教授には、下手くそだって馬鹿にされたりもしたけど……。それでもマンガを描き続けているのは、やっぱりどこかで自分がそうありたいと思っているからだと思う。


「おれも、誰かを守れるヒーローになりたい」


 はっきりと口にする。誰に宣言するでもなく、ただ、自分自身の意思の確認として。


「そのためにはやっぱり強くならないといけないとダメだ。今のままじゃ、友達も守れない。弱いままの自分は、もう嫌だ」


 ファティマとの一戦で、己の無力さを思い知った。

 でも、急に強くなれるわけでもない。修行とか、特訓とかそういう行程が必要だ。だけど、誰に教えを請えばいいのか。この世界を旅して、地道に力をつけるしかないだろうか。


「――力が欲しいかね、少年」


 と、不意に声が聞こえてきた。

 まさかまたおれの中の彼女が声をかけてきたのかとも思ったが、どうやら違うらしい。


「き、君は……?」


 見慣れない、なんというか真っ白な美少女が部屋の入り口付近に立っていた。


「力が欲しいのなら、我がくれてやろう。しかし、その代償は高くつくぞ」


 言いながら純白の少女はこちらに近づいてきた。

 というか、見た目と語り口がちぐはぐで全く似合っていない。違和感しかないのだが……。


「エリーゼよ、なんじゃその喋り方は」


 と、ツッコミをいれたのはトワだった。

 名前も知っているようだ。おれが眠っていた間に何があったのだろうか。


「あ、もしかして似合ってない? 雰囲気出そうとしたんだけど、だめだったかなぁ」


 急にフランクになる少女に困惑するおれ。


「初めまして、私はエリーゼ。よろしくね」


「う、うん。よろしく……」


 エリーゼという名の少女は、おれのベッドに腰かけ、


「それで早速なんだけど、ヒーローになるための第一歩ってなんだろうね?」


 ずいっと、顔を近づけてきた。

 あまりにも美少女過ぎて、くらくらする。今はおれも女なんだから、多少は耐性があるものかと思ったがそうでもないらしい。


「第一歩って言われてもなぁ。う~ん、やさしい心とか?」


「まあ、それは大前提だよ。ヒーローって、1人でなれるものじゃないし。やさしさっていうのは、誰かに向けるものだから。それにさ、誰かのためのヒーローじゃないと、カッコよくないもんね。――でも、第一歩はそういう気持ちの持ち様みたいなことじゃないと思うんだ」


「じゃあやっぱり、ちから?」


「うん。ありていに言えばそういうこと。口で言うのは簡単だけど、それに見合った力がないと実現は不可能だよね。ヒーローになるには強くないとダメ。じゃないと悪は倒せないよ」

 

 言いつつ、微笑むエリーゼ。

 とても可愛い。というか、透き通るような声と表情だ。まるで、天使のようだと思った。


「……強くなりたい」


 先の戦闘で、その想いは膨れ上がった。

 今のままじゃ自分自身も守れない。そんなやつが、ヒーローになることは到底不可能だ。


「うん、その気持ちは君を強くする。幸い、ミナトには素質があるからね。あとは、磨くだけだよ」


「磨くだけ……」


 でも、どうやって磨いたらいいのか。ソル・グラシアでの生活にも慣れていないし、どんな敵や魔物がいるのかもわからない。神剣の力もよくわからない現状では、努力の方向性が見えてこないのだ。


「その顔、悩んでいるね? でも大丈夫。私がいればその悩みは解決するよ!」


 立って、腰に手を当てえっへんのポーズをするエリーゼ。とても可愛いが、どう解決するのだろうか。


「私も救世者セイヴァーだからさ。理術の使い方とか、神剣の扱い方とかいろいろ教えてあげるってこと」


「ほ、ほんと!? エリーゼも神剣を持ってるの?」


「もってるよ。ほらこれ」


 言って、エリーゼは歪んだ空間から剣を抜いた。


「神剣【ゼグレース】。見た目はなんか聖剣みたいでかっこいいでしょ? えへへ」


「確かに、エクスカリバー的な何かを感じる……」


 白い剣だ。おれの神剣は刀の形状をしているが、エリーゼのものは両刃になっている。反ってもいない。人それぞれ神剣の外観は違うのか。


「ちなみに、神剣の中でもきみのは特別製だから、極めればきっと私なんかより強くなれるよ。エミリがそうだったからね」


「エミリって、もしかして――」


「そ、君の知ってる人物その人だよ。エミリ・ミマサカは、私が知る限り最強の救世者セイヴァー)だった」


 だった、というエリーゼの言い方に引っかかりを感じる。

 つまり、今はそうではないということなのだろうか。


「昔色々あってね。エミリは力を失った。まあ、彼女が選んだ事だから私がどうこういうことでもないんだけどね」


「あのさ、訊きたいんだけど英美里教授って何者だったんだ? おれの知る限りじゃこっちの世界の学院で教授をやっていただけだったんだけど」


 ただ者じゃなさそうなのは雰囲気で感じ取っていたけど、まさか異世界で名前を知られてて救世者セイヴァーで最強って……。さすがにちょっとスペックを測りかねてる。


「凄い人だったよ。形容しずらいけど、知る人ぞ知るソル・グラシアの英雄、かな」


「英雄……、なんだろう、似合わない……」


「はっは! 確かに、柄じゃないかもね。本人もそういうのは嫌がってたし。今はエミリのことを離しても理解しづらいだろうから、時が来たらまた話すよ。今はミナト、君の物語なんだからさ」


 言って、エリーゼは踵を返した。


「そろそろここがアルメリアにばれそうだから私はお暇しようかね。あ、明日の早朝にグロリアの入り口で待ち合わせね。早速だけど特訓。やるなら早い方がいいと思うから」


「わかった。あ、でもグロリアの入り口って――」


「――ごめん! 急で悪いんだけど時間なさそう! それじゃ!」


 嵐のように、エリーゼは部屋から消え去った。

 そして、すぐに他の人が部屋にやってきた。


「――失礼します。こちらに白い少女は来ませんでしたか?」


 大柄な女性だ。体つきは逞しく、顔は小顔で髪は奇麗な金髪だった。


「あ、はい、さっきまでいたんですけど……」


「ああ、逃げたのですね……。いつもの事ですから気にしないでください。――まったく、世話の焼ける主ですね……」


 ため息をつき、大柄な女性はご丁寧に一礼して去っていった。


「……あの人がアルメリアさん? なんだか、強そうな人だったな」


「屈強じゃったな。相当の手練れじゃろう」


「やはり筋肉か……」


 強靭な肉体があれば、強くなれる。

 といっても、おれはさっきの女性のように体格良くないから、現実的じゃないだろうけど。


「なんだかんだあったが、、妾達はあのエリーゼに助けられたのは間違いない。あやつがおらんかったらマーハは死んでおったからの。やつの再生術のおかげでマーハは助かったのじゃ」


「そ、そうなの!? なら、ちゃんとお礼言わなきゃだ」


 にしても救世者セイヴァーってすごいな。傷も治せるのか。

 おれも特訓すれば再生術を使えるようになったりして。仲間が傷ついても治癒できるのはとてもいい。


「明日、またあやつと会うのじゃろう? 礼はその時言えばよい」


「そうだね。そうする。そういやグロリアの入り口っていったいどこなんだろ。初めて聞いた名だから、どこに行けばいいのかわからないんだけど……」 


「グロリアはこの都市のことじゃ。待ち合わせ場所は都市の入り口ということじゃろう」


「なるほど、そういうことか」


「都市の中心に大きな坂があっての。それを下っていけば、門がある。恐らくその付近ということじゃろうな。――では、妾はこの街の情報を集めてくることにしよう。主も目覚めたことじゃしの」


「わかった。気をつけてね」


「うむ。主は目覚めたばかりなんじゃからちゃんと休んでおくのじゃぞ」


 そう言って、トワは姿を消した。


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