第17話
眼前には、高等魔術同士のぶつかり合いが繰り広げられていた。
宿主であるミナトから身体を借りた私は、すぐに行動を開始する。
「ご主人! 無事だったか! 急に意識を失うから心配したんじゃぞ!」
「――ええ。私は大丈夫です。今のあなたはトワ、でしたね。とにかく時間がありません。すぐに2人を止めます」
「……? お主、本当にミナトか? 雰囲気が全然違うのじゃが……」
「ミナトですよ。今はね」
私はそう言って、すぐに【ディオリカ】を召喚した。
そして、段階を一気に最高位までに昇り詰める。
「な……! 神剣が姿を……!?」
「神剣【ディオリカ】には階級があります。これは第二位の姿です。ミナトが扱っていたのは第十位。本来の力の1割も出せていません。といってもトワ。あなたは忘れてしまっているでしょうが」
「う、ううむ。そうなのかそうじゃないのかもわからぬ……」
「そうでしょうね。今はそれで構いません。さて――」
マーハも相当のものだが、相手の魔術師もかなりの実力者だ。
だが、以前の宿主の時からそこまで大きく成長はしていないようだった。
「少し、失礼しますね。【バニッシュメント・マギ】」
青属性の理術を行使し、2人の魔術を打ち消した。
すぐさまファティマへ肉薄し、神剣を振るう。
「ぐ……! その雰囲気、オーラ……! エミリ・ミマサカだというのですか!?」
「いいえ、違います。私はミナト。エミリとは別の救世者です」
ファティマに魔術の盾で防がれたが、問題ない。このまま神剣で押し切る。
次の瞬間、パリィン! という小気味よい音と共に、魔術の盾は砕け散った。
「魔術師の弱点は近接戦闘。あなたは以前、エミリと戦った時に痛い程味わったはずでしょう?」
「知ったような口を……! それにしても救世者ですか……。エミリ・ミマサカに聖ウル・グレース教会の聖王エリーゼ、そしてAMESのあの女といい忌々しい力ですねぇ……!」
「その力の前にあなたは倒れ伏すのです。少し……調子に乗りましたね!」
理力の波動と神剣の衝撃波でファティマを吹き飛ばした。
さすがのファティマにも焦りの色が見え始めている。
私に残された時間は少ない。できればこのまま退いてくれるとありがたいところですが……。
「くぅ……ッ! 仕方がありませんねぇ! あの魔族の娘との決着はまだですがここは退きます。ですがミナト。あなたの顔は覚えました。この借りは必ず……ッ」
そう言って、ファティマは姿を消した。
お得意の空間魔術だろう。便利なものだ。
私はふぅ、と一息つく
「さて……残るは」
振り向くと、マーハが我を忘れて魔術を行使しようとしている。
血を吐きながら、涙を流しながらマーハは暗黒属性の魔術を練り上げていた。
正直、本当に厄介なのはこちらだ。自我が消えているため、力技で抑え込むしか方法がない。つまり、時間がかかる。
『どうするんじゃ、ミナト!?』
トワからの念話がとんできた。
(魔力を全て吸い取れば大人しくなるでしょう。少々荒々しいですが仕方がありません)
すぐにマーハに近づき、理術を行使する。
「【ドレイン・マギ】」
亜空間に繋がる小型のブラックホールが対象の魔力を吸収する。
一般の魔術師程度なら一瞬で吸引できる理術だが……。
「これほどとは……。マーハ、あなたはまさか、魔王級の……――くっ!」
魔力が膨大過ぎて逆に弾かれてしまった。
だが、かなりの魔力を消費させたはずだ。
「うう……あぁぁぁああああ……っ」
「まだこれだけの力を……ッ!? 【バニッシュメント・マギ】!」
理術でなんとかマーハの暗黒属性の魔術を打ち消すことに成功した。
しかし、想定以上にマーハの力が強い。時間もあまりないというのに、このままでは彼女を救うことが出来ない。
一度マーハから距離を取り、思考する。
制限された身体、制限のある時間。そして相手はタカが外れたいわば獣と化した怪物。理性のない相手程やりにくいものはない。
「……いいえ、宿主との約束は守ります。マーハを救うことは今の私の使命。あの子が目覚めたときに友達を失っていては悲しすぎますからね……!」
魔力の波動を潜り抜け、もう一度【ドレイン・マギ】を行使できれば大人しくなるはず。
徐々に膨れ上がるマーハの魔力に、一抹の不安を覚えながらも、神剣の最終段階への昇華、その準備を始める。この子が何者であれ、宿主の友であることに変わりはないのだから。
「理術を最大限発揮するには階位を第一位にするのが一番ですが、やはりこのちぐはぐな身体では負担がかかりすぎますか……! ですが、数秒くらいならもつはず……! 無茶を許してくださいね、ミナト……!」
体内に眠る理力をほぼ全て開放する。右眼から理力の波動が抑えきれずに漏れ出した。
神剣は姿を変え、完全ではないが第一位へと一応の変貌を遂げた。
「これなら……いけるはず!」
【ドレイン・マギ】を行使し、マーハの魔力を吸い取る。
小さなブラック・ホールが亜空間へと魔力を放出させる。
「まだ、まだ……ッ!」
さらにもう一つ、亜空間への入り口を繋げた。
二つの小さなブラック・ホールだ。ここまでしなければならない魔力量に驚きを隠せないところだが、今は目の前の行為に集中しなければ。
「うぅ……ぁあぁあぁぁぁぁ……っ――ぁ……あぁ……」
急速にマーハの魔力は消費を始めた。
ここまで理力を使わされるのは想定外だった。
しかし、その甲斐あってマーハの動きを沈黙させることに成功した。
よし、残る行程は……。
「な……! まずい……ッ!?」
手に持っていた神剣が魔力の余波で吹き飛ばされてしまった。
その拍子に神剣の姿は元の刀に戻ってしまう。
「許容限界に達してしまいましたか。これでは……」
魔力を吸い終えたブラック・ホールは消え、消失した。
マーハも落ち着き、気を失っている。
「どうしたんじゃ!?」
私に近寄ってきたトワが訊いてきた。
「理力を使い果たしてしまいました。私ではこの身体のもう一つの動力原は使えませんし、こうなっては……」
目の前で倒れているマーハの顔色はかなり悪い。
もうあまり時間が残されていないようだ。ファティマによる攻撃で、マーハは致命傷を受けていた。その傷ついた身体を再生させるためにも、私は理力を残さなければならなかった。
「それに、そろそろタイムリミットですね……」
魂がこの世界に存在できる時間。それが来ようとしていた。
「私の最後の力でなんとかマーハをこの世界に繋ぎ止めます。多少は時間が稼げるはずです。ミナトには申し訳ないですが、それが私のできる限界……」
言いつつ、理力の欠片をかき集めて、マーハの治癒を行う。
やはり、治癒理術では完全に元に戻すことは難しそうだ。高位の再生術でなければマーハを治すことは出来ないか。
「ほ、本当のミナトはその身体に戻るのか? 時間があるのならその間にミナトと医者を捜すのじゃが……いや、医者が治せるのかは判らんけども……」
「トワ。心して聞いてください。ミナトの魂はこの身体に戻ってこれない可能性があります。その時はあなたも一緒に消えてしまうでしょう。ですが、これは彼……いえ、彼女が決断したことです。あなたは信じて、ミナトが戻ってくるのを待っていてください。もしダメなときは……――」
いいかけて、やめた。
私も信じなければ。あの子、ミナトがこの身体に戻ってくることを。
「いえ。あの子は必ず戻ってきます。私が弱気になってはいけませんね。奇跡は起きるモノではなく起こすもの。気持ちが負けていては、どうにもなりません」
かといって、私に出来ることはほぼない。
祈ることくらいしかできないのは本当にもどかしいものだ。
「妾は何も出来ぬのか……。神剣の守護者たるこの妾が何の力にもなれぬのは歯痒いのぅ……」
「私も同じですよ、トワ。せめてもう少し理力が残っていればと思わずにはいられません――」
私が次の言葉を言いかけると、天から光が舞い注いだ。
神々しい光だ。まるで神様が地上に降臨したかのよう。そして、私はこれを見たことがある。
「はは……、まさか、これが奇跡ですか」
ふわり、と、天から着地したのは純白の少女だった。
ミナトではなく私が知る、この世界にいる救世者、その1人だ。
「――見慣れない容姿だけど、見慣れた雰囲気。エミリではないようだけど――」
少女は口を開き、可愛らしく頭を捻った。
「その首飾りは……。なるほど、時が来たってことかな」
純白の少女は口元を緩ませ、全てを察したかのように頷いた。
「説明は必要ですか? エリーゼ」
私はその名を口にする。先ほどファティマも口にしていた、かつてエミリと共に戦った、かの聖王の名だ。
「ううん。必要ないよ。その首飾りをつけている。それだけで十分。でも、エミリはこっちにこれなかったみたいだね」
「そうですね。ですが、この子がいます」
「うん。わかってる。後ろの子は治した方がいい?」
「ええ、お願いします」
「わかった」
そう軽く言って、エリーゼはマーハの近くに寄った。
そして、手を掲げ、祈りを捧げるかのように理力を練り上げる。
「――【再生秘技】」
みるみるうちにマーハの傷は再生していく。
顔色も戻っていき、気づけばマーハは穏やかな寝息をたてていた。
エリーゼの理術は、全盛期から力は衰えていないようだ。
「さすがですね。申し訳ないのですが、この子たちをお願いします。私はもうこの世界にいることができませんので」
「うん、任せて。教会で面倒見るよ」
「お願いします」
そうして、私の魂は再び眠りについた。
少し展開が急すぎる気もしていますが、二章はこれにて終了です。




