第15話
監獄都市ギルンセルの城壁が、どんどん小さくなっていく。
周りを囲んでいた平原を、おれが最初にいた森の逆方向へと走っていた。
「もう少し言ったところで幻術を解くぞ。マーハの魔力にも限界はあるからな」
「私なら大丈夫だよ。テンちゃんのおかげで休めたから」
言って、マーハは運んでもらっていたテンちゃんの触手から降りた。
そして、おれ達はひとまず歩みを止める。
「一度状況を整理しようかの。このまま闇雲に走っても仕方がなかろう」
「そうだねトワ。ひとまず目的地は必要かも。といっても、この辺の地理はさっぱりだからマーハ達に任せることになるけど」
「そういやちっこいのが転移者っつってたな。だがオレ様もこの辺の地理に詳しいわけじゃねえから街がどこにあるとかはわかんねーぜ? マーハはわかるか?」
「私もずっと故郷にいたから……」
申し訳なさそうに言うマーハ。
しかし、このままじゃ一生逃避行を続けなければならない恐れもある。誰かに事情を説明して匿ってもらうか、追手の手の届かない場所まで逃げるかしなければ状況は変わらないのではないか。
「こんな時に英美里教授がいてくれたら……」
頼れる人がいるというのは、何とも心強いのだと今になって気づかされる。英美里教授と一緒に異世界に来れていたらもっと違った展開になっていたのは間違いない。
「おらぬ人物をあてにはできんぞご主人。今は我らでどうにかするしかないのじゃ」
「……うん。もう英美里教授に甘えるのは卒業しないとだよね」
自分を犠牲にしておれをこっちの世界に送り届けてくれたのだ。なら精一杯足掻いて生き抜くのが英美里教授への恩返しにもなるはず。
「よし、ひとまずこのまま進もう。街道を見つけることが出来れば街に繋がっているはずだ」
――と、おれがそう言った直後。
ソレは急におれ達の目の前に現れた。
「――あなたが魔王級の魔力を持つ者ですか。ですが確かに、報告通り魔力は感じられませんねぇ」
魔法陣から現れたのは、魔女のような帽子をかぶった女性だった。
紫色の髪。杖。妖艶な雰囲気。魔法使いのような服装。どうやら、魔術師のようだ。
「あなたはいったい誰なんだ……?」
なんだろう。おれの危機感知センサーが早鐘を鳴らしている。
気づけば皆、あの魔術師に対して警戒していた。
あれはやばい。相手にしてはいけない人物だ。
「私は帝国の魔術師団の団長、ファティマ・ローレンス。ギルンセルの獄長サイリュス氏からの依頼で、たまたま近くに遠征に来ていた私が赴いたのですが、何やら面白いことになっているようです」
ちらり、とギルンセル上空に移る瞳の魔法陣をファティマという女性は見た。
「あの術、暗黒の魔王と呼ばれたあのラー家当主のモノとそっくりですね。となると、その子がギルンセルに捕らえられていた魔族の子、ということですか。魔力を使い果たしてだいぶくたびれているようですが――」
「……っ」
ばれている。あの人、状況把握能力が高すぎる。
どうする? ギルンセル絡みだということは恐らく目的はおれだろう。このまま相手の言う通りにするのが最善か? だが、無事に済むという保証もない。
「しかし、私が受けた依頼はあなたなのです――」
「――!?」
相手は、一瞬でおれの背後に移動してきた。
大人の女性特有の艶やかな香りが鼻をつく。
「とても奇麗な顔をしていますね。それに独特な雰囲気を持っている。少しあなたに興味が湧いてきました。いったい何者なのか――」
言いかけて、そして止まった。
「その首飾りは……」
ファティマという女性はおれの首飾りを手に取り、まじまじと観察した。
その表情は複雑で、だがどこか嬉しそうにも見える。
「ふふ、なるほど、なるほど。こんなに嬉しい事はありませんねぇ。あの人はまだ生きているのですね。――エミリ・ミマサカ。この名前に聞き覚えは?」
「――ッ!?」
まさかこの人、英美里教授のことを知っている?
馬鹿な。どうして異世界であの人の名前が知られているんだ。
「どうやら聞くまでもないようです。となると、サイリュス氏の依頼など関係なくあなたを知りたくなってきました。監獄などではなく、私と一緒に来てもらいましょうか――」
「――そうはいくかよ!」
気づいたらテンちゃんがひっそりと近くに忍び寄り、ファティマという女性に触手を伸ばしていた。催眠魔術を使わなかったのは、魔術師には耐性があることを理解していたからだろうか。
「ああ……、そういえばテンタクルスライムもいましたね」
触手はうまい具合にファティマをからめとった。
だが、あの人は少しも焦りを見せていない。手足を縛られていても、余裕の表情だ。状況は有利のはずなのに、何故か冷や汗が止まらない。
「それで? これからどうするのですか? 触手で捕まえただけでは意味はないでしょう?」
「へっ。そう余裕をこいてられるのも今のうちだぜ。マーハ!」
「うん! ミナトお姉ちゃんは渡さない!」
マーハが魔術で精製した槍を、ファティマという女性目掛けて放った。
だが、次の瞬間。
「い、いない!?」
女性はテンちゃんの拘束から抜け出し、消えていた。
そして――。
「邪魔者は消しておきましょうか。【フレイムアロー】」
「マーハ! 後ろじゃ!」
トワが叫び、しかし咄嗟に動いたのはテンちゃんだった。
「くそが!」
「――!?」
間一髪でテンちゃんの触手がマーハを弾いたおかげで、彼女は無事だ。
だが――
「テンちゃん!」
「だ、大丈夫だ……。触手が何本かやられただけだ、気にすんな……!」
「でも……!」
「今は目の前の敵に集中しろ! やつは普通じゃねえ! 気を抜くとすぐやられちまうぞ! ひとまずギルンセルにかけた幻術を解いて魔力を取り戻すんだ!」
「う、うん! わかった……っ」
マーハはテンちゃんに言われたとおりに幻術を解いた。
その影響で、ギルンセルの上空に見えていた瞳の魔法陣は消えさったようだ。
「トワ、おれ達もどうする……?」
「正直、いきなりラスボス級の相手で混乱しておる。ミナトがまだ不完全な状態では、力を託すこともままならん」
「それって……」
「うむ。言いたくはないがやれることは少ないじゃろうな……」
「そんな……」
このままおれは何も出来ないままなのか。
おれが弱いから相手の言いなりになるしかない。
だけど、そんなおれのためにマーハとテンちゃんは頑張ってくれている。
「2人が頑張っているのに、ここで諦めるわけにはいかない……っ」
神剣を召喚し、引き抜く。
だが、あまりにも力量差がある相手だ。普通に戦っても勝てはしないだろう。
「抵抗しても構いませんよ。ミナト、でしたか。あなたの力を見てみたいですからね。あの人の首飾りを持つあなたが、どういった人物なのか。それを見極めるのも一興。――しかしやはりそのためには、そこの魔族が邪魔ですねぇ」
再び敵の周りに火の矢が3本召喚された。
1本形成するのに約2秒。やはり、魔術を行使するには時間がかかるようだ。だからおれ達から少し距離を取ったんだろう。なら、次に隙を突くとしたらあの火の矢を放った直後。
それに、狙いはマーハとテンちゃんのようだ。なら、魔術を放つ瞬間におれが軌道上に飛び込んで防ぐ。分が悪い賭けだが、今はこれしかない。
「ふぅ……」
さっき見たものと同じスピードで飛んでくるのなら、一本くらいならこの剣で弾けるはず……。
集中しろ。そして動け。おれの身体!
「次こそは仕留めます。【フレイムアロー】」
「ふ……ッ!」
2人の前に出て、3本の火の矢のうち、なんとか1本を弾くことに成功した。
後ろを見ると、どうにか残りの2本も、テンちゃんの触手で回避に成功したようだ。さっきと同じ魔術でよかった。上手く見切ることが出来たようだ。
よし、今だ。一気に距離を詰めてあいつを叩く――!
「ふふ……っ」
「な、なにが可笑しい!?」
嫌な予感がして敵との距離を詰めるのを一旦中止し、辺りを警戒する。
「いえ、まあ普通の魔術師ならそれでいいのです。ですが、私は一応帝国で最強と呼ばれている魔術師でして……」
「あなたが強いのはなんとなくわかる。けど、だからってあの2人を見捨てることは出来ない……っ」
「そういうことじゃありませんよ。後ろをもう一度見てごらんなさい。残念ながら遅いかもしれませんがねぇ」
「――!?」
――ドス! ドス!
嫌な音が立て続けに2回聞こえてきた。
振り返ると、さっき敵が放った火の矢が2本、マーハの身体を貫通していた。
「な……! 避けたはずなのにどうして!」
「真っすぐ飛ぶだけだと思ったら大間違いですよ? その矢は私の思うがままに操れるんです。なのでこう、反転させて後ろからグサっとね。にしても……ふふ……、はは、あはははははははははっ! 魔族の子が魔術の性質を理解してないとは、笑わせてくれますねぇ!!」
「くそ……っ! マーハ!」
おれは慌ててマーハの元に近寄った。
お腹と足に、穴が開いている。血もたくさん出てて、素人のおれでも一目で危険な状態だとわかった。
「くそ、くそ……! オレの治癒魔術なんかじゃあ到底治し切れない……ッ
!」
テンちゃんが必死にマーハの患部に触手をあて、治癒魔術を施している。
が、どうやらテンちゃんの魔術ではどうにもならないらしい。
「うぅ……ミナトお姉ちゃん……テンちゃん……トワさん……。ごめんね、マーハ、役立たずで……」
「馬鹿野郎! 今は喋るんじゃねえ! 待ってろ、オレが今にすげー治癒魔術で治してやるから……!!」
「……ありがとう……テンちゃんは、優しいね……」
口から血を吐くマーハの痛々しい顔を、おれは直視できない。
どうしてこうなった。どうしてこうなったんだ。
おれが弱いからか。おれに誰かを守る力がないからか。
「そうだよオレは優しいんだ! お前と初めて会った時からそうだっただろうが! だから、諦めるな! 見つけるんだろ、ご主人様ってやつを!」
テンちゃんは必死にマーハに治癒魔術をかけ続けている。
じゃあ、おれは何が出来る? 苦しそうにかろうじて呼吸をしているマーハに何をしてやれる……?
――何もできないじゃないか。
絶望感と無力感が襲ってくる。
所詮、おれはヒーローになんかなれない落ちこぼれだ。
英美里教授がいないと、何もできないただの雑兵――。
「うん……そうだった……ね……。お母さまとも、約束したし……ご主人さまを……見つける、って……」
「そうだ! だからこんなとこで死んでる場合じゃねえんだよ! 生きて、お前の夢を叶えるんだ……ッ! オレも約束した! お前の夢を一緒に――」
――ドス!
時間差で、もう一つの火の矢が、無慈悲にもテンちゃんの身体を貫いた。
火の矢が肉を貫く乾いた音が、やけに耳に残った。
いつからだろう。気づけば、雨が降り始めていた。雨が火の矢を打ち消すなんてことはなく、ただ自然の摂理としてここに降り注いでいる。
「あ……あぁ……テンちゃん……テンちゃん……っ」
マーハとは違い、テンちゃんへの攻撃は致命傷だったのか、彼は物言わずそこにひっそりと横たわっている。
時間がゆっくりと過ぎていくような感覚におれは捕らわれていた。
頭が急にぼーっとして、意識が遠のき始める。
どうしてこんなことになったんだろう。
それは全て、おれが弱いからだ。おれに友達を守る力がなかったからだ。
『――あなたは弱い』
どこかから、声が聞こえた。
それは恐らく、近くにいる誰かが発したものじゃなく、おれの魂にいるもう1人のおれのものだろう。何故かそう直感した。




