第14話
牢屋を出てから小一時間が経過していた。
慎重に事を運んでいるおかげで、未だに監獄都市ギルンセルの中にいる。
「監獄都市って言うだけあって、そこら中に衛兵がいるね。これじゃ簡単には出られないかも」
おれ達は都市から抜け出そうと画策していたが、中々思い通りにいかないでいた。今も物陰に息をひそめている。
監獄都市ギルンセルは、大きな壁で覆われた要塞のような場所だ。門には必ず衛兵が2人以上いて、素通りは出来ないようになっている。
「オレの催眠魔術の範囲まで近づければなんとかなるかもしれねえが、そう簡単にもいかないみたいだな」
そう言うテンちゃんはスライムだ。そもそもマモノであり、普通に移動するだけでも敵視を買ってしまう。故に、おれ達のパーティはこそこそ作戦を実行せざるを得ない状況だった。
「しかも、そろそろ頃合いじゃろう。警備が厳しくなる前に脱出したかったがそうもいかんかったようじゃ」
「おれ達が脱獄したことがばれて、警備も厳重になるってことだよね。マーハは上位魔族だから、それを逃したとなると相手も黙っちゃいないか」
案の定、辺りが騒がしくなり始めた。
警報も鳴り響き、一斉に街全体が警戒態勢だ。
「どうしよう、ミナトお姉ちゃん……」
「大丈夫。いざとなったら――」
神剣を用いて強行突破する。
問題は、おれがまだまともに武器を扱えないということだ。こっちの世界に着て、特訓する暇もなかったから仕方ないとはいえなんとも歯痒い。
「だが、このままここで隠れているわけにもいかねえ。マーハ、あの魔術を使う時なんじゃねえのか?」
「テンちゃん……でも……」
「力を使いたくない気持ちは判る。お前が力を使えばこの都市に多少は被害が出るかもしれねえ。でもよ、何もしなければまた捕まっちまうだけだぜ? それに何も殺せって言ってるんじゃない。少しの間夢の中にいてもらうだけでいいんだ」
「うん……。そうだよね、お姉ちゃんもトワさんもいるんだもん。もう一度捕まるわけには、いかないよね」
意を決したかのように、マーハはぎゅっと手を合わせた。
「マーハの力って?」
おれはテンちゃんに尋ねた。
「幻属性の魔術……いわゆる幻術って言われてるもんだ。それもかなり強力なものでな。問題はマーハがその威力を完璧にコントロールできないことだ。範囲を広げれば広げるだけ効果は落ちるんだが、加減は難しいらしい」
「幻術ってことは、敵に幻を見せるってこと?」
「そうだ。それで足止めできるはずだ。ただこれだけ警戒態勢が強くなっちまったら、ある程度の範囲を幻術にかける必要があるが――」
「――いたぞ! こっちだ!」
テンちゃんの話の途中で、隠れていた場所が監獄兵にばれてしまった。
「まずいな……。マーハ!」
「わかった! やってみる!」
言って、マーハは眼を閉じ集中を始めた。
となると、おれがやるべきことは――
「ミナト、時間を稼いでくれ! 広範囲に幻術をかけるには時間がかかるんだ!」
「了解! 頼む、神剣【ディオリカ】……!」
異空間から剣を抜刀する。
これが神剣の利点の一つ、武器を持ち運ばなくていい点だ。
戦う術も、なんとなくイメージ出来るようになっていた。普通なら足が竦む場面でも動じずに対面できている。これも魂がなじんできたおかげかもしれない。
「よいかミナト、お主の魂には戦いの記憶が刻まれておる。少しずつ戦い方を思い出していくはずじゃ」
「うん。この短い間でなんとなく思い出した。いやまあ、おれ自身の記憶じゃないから思い出したってのは変な言い方かもしれないけど――」
どうやれば戦うことが出来るのか。それを魂とこの剣が教えてくれる。
「なんだ? 見慣れない武器だな……」
「まさか魔術の類か? やはりあの女も魔族の一味なのはまちがいないようだな!」
敵の兵士たちが騒ぎ立てる。
おれも勝手に魔族の一味にされているが、ここで反論しても意味はないだろう。恐らく時間の無駄だ。
「ようやくまともな姿になれたようじゃ。さあ行こうか、ミナト」
「うん、いこう!」
戦闘のイメージは魂が教えてくれる。
「はぁぁぁぁっ」
「おおおぉぉぉぉぉ!」
おれは敵の攻撃をいなすことをメインに置きつつ、一撃をもらわない立ち回りをする。いくら相手が防具を身に着けているとしても、やりすぎては死んでしまう。
敵の槍を捌きつつ、背後のマーハの幻術が完成するのを待つ。おれの目的は時間稼ぎだ。倒し切る必要はないはず。
「そんな攻撃では俺達を倒すことは出来んぞ!」
「それにそろそろ増援も来る頃だ!」
一度距離を置き、相手の出方を伺う。
さすがに2対1となると、神経をすり減らすな。イメージ出来ると言っても、身体は元のままだ。魔力で身体強化なんて芸当もできないし、神剣をまともに振るうことが今のおれの精一杯か。
「テンちゃん!」
「まだだ! もう少し時間がかかる!」
「了解……!」
マーハの幻術完成までまだ凌がなければならないようだ。
そして、そうこうしているうちに、敵の増援が到着してしまった。
「スクルド! グランツさん! こいつらです!」
敵の呼ぶ名は聞き覚えがあった。確か最初におれ達と出会った衛兵だ。
おれの事を可愛いとか言ってた若い兵士と、やたら魔族を目の敵にしていた老兵のタッグだ。
「やはりこうなったか……! 忌まわしき魔族の子らめ!」
「そんな、やっぱり君は魔族だったのか……!?」
「スクルド、まだそんなことを言っておるのか! 敵を見よ! 背後におるのは例の魔族ぞ!」
「わかってますよそんなことは! くそ……あんなに可愛い子なのにやるしかないのかよ!」
相手は4人に増え、こちらで戦えるのは未熟なおれと魔物のテンちゃんのみ。
「痛いのは、嫌なんだけど……。どうするか……」
あの槍で刺されたら、さすがに痛いだろうな。
4対1はさすがに分が悪すぎる。最悪致命傷を負う可能性もある。
『さすがに4人相手は厳しいのぅ。どうする、ご主人』
トワからの念話だ。
(そうだけど、やるしかない)
『そうじゃが、主がやられても元も子もない。ここはマーハとテンを置いて逃げるのも一手じゃ。恐らくテンは命に代えてもマーハを守るじゃろう。マーハも、再び捕まればお終いじゃ。妾達には関係なくなる。あやつらを切り捨てれば――』
(……嫌だ)
おれは念話でトワに即答した。
(おれのことをマーハは友達だって言ってくれたんだ。そんな彼女の事を見捨てて逃げるなんてことは出来ないよ)
『……やれやれ、そう言うと思っておったわ。さすが、英雄に憧れているだけはあるのぅ。なら妾も覚悟を決めるとしよう』
(ありがとう、トワ。――ごめん)
『謝るのはここを凌ぎ切ってからじゃ、くるぞ!』
(ああ!)
魂が記憶する戦闘のイメージを、無理矢理自分の身体で再現する。
敵の連携も無駄がなく、長柄武器の長所をしっかりと活かした攻撃だ。
次々と襲い来る切っ先をぎりぎりで躱しつつ、【ディオリカ】で弾く。
時間を稼ぐだけだから、これの繰り返しだ。問題は、体力が持つかどうか。
「なかなかしぶとい……! だが、増援はわしらだけではないぞ!」
そうグランツと呼ばれた老兵が言うと、彼らの背後から続々と兵士たちが集まってきた。数にして約10。さすがにこれは抑えきれない。
「君に恨みはないけどこれも仕事なんだ。ごめんよ」
「スクルド! 敵に情けをかける必要はない! やつは人ではないのだ!」
「わかってますよ! でも、割り切れって方が難しいでしょ! 見た目は人間と同じなんですから!」
「もうよい、お前は下がっておれ! これだけの人数がいれば、いくら魔族の子だろうと終わりよ!」
じりじりと兵士達が近づいてくる。
これはまずい。広範囲に影響を及ぼすことが出来る技でもあれば話は違うだろうけど、おれにそんな力はない。
「く……ッ」
「いくぞ、突撃!」
――と、絶体絶命だったその瞬間。
空に瞳のような魔法陣が浮かび上がり、影を落とした。
「なんだ、あれは!?」
「広範囲魔術か!? まずい、皆あれを見るな!」
「うっ!」
「あぁ……っ」
――ドサッ、ドサっ。
急に、兵士たちが倒れ始めた。
どうやら、マーハの幻術が完成したらしい。
「どうやら間に合ったようだな。よくやったぞ、マーハ!」
「えへへ……よかった、ミナトお姉ちゃんに怪我がなくて……」
「今のうちに逃げるぞ! あっちのゲートじゃ!」
トワが先導し、おれ達はその場を離脱した。
疲れているマーハはテンちゃんが触手で一緒に運んでくれている。小さいのに大した力だ。
街中の人間が皆地に倒れていた。マーハの広範囲幻術の影響で気を失っているのか、呻き声だけが聞こえてくる。
走って、おれ達は監獄都市ギルンセルのゲートを潜ることに成功した。
このまま走って都市から離れれば、もう安心だろう
行先も判らぬまま、おれたちはがむしゃらに逃げるのだった。




