第11話
監獄都市ギルンセル。おれが最初にやってきた街の名だ。
その名の通りどうやらここには極悪人を捕えておく大監獄があるらしく、おれも魔族と勘違いされ、その場所へと連れてこられてしまった。
「入れ」
ドン、と背中を押され、暗い牢屋へとぶち込まれてしまった。
中は結構広く、奥行きがある。寝床やトイレはあるようだが、快適とは言いづらい。
「判決が決まるまでそこで大人しくしていことだ」
表で会った人とは違う、防具に身を包んだ兵士がおれにそんなことを吐き捨てた。
ここに来るまでに何度も魔族ではないと否定したが聞き入れてもらえず、今に至る。どうせこの兵士も同じだろう。さすがのおれも、言うだけ無駄だとここまでで悟った。
「じゃあな。魔族の女よ」
そう言って、兵士は鉄格子の鍵を閉めた。
手錠をされているため、どうすることもできない。悔しいが、ここはトワの助けを待つほかないだろう。
兵士が消えて、足音が聞こえなくなった。
さてどうしたものかと牢屋の奥へ行くと――。
「うわぁ!」
「ひゃぁ!?」
まさかの先客の存在に驚いて尻もちをついてしまった。
「ご、ごめんなさい……! マーハが、驚かせちゃった……」
「い、いや、こっちこそごめんね。まさか同じ牢屋にもう1人いるとは思わなくて……」
どうりでやたらと広いと思ったよ。
でも、ベッドは一つなんだよな。悪人の寝床は一つで十分ということかな?
「でも、安心したよ。同室の相手が怖そうな人じゃなくて……」
「マーハも……。同じ部屋の人が女の人でよかったぁ……」
言って、漆黒の少女は笑顔を見せた。
とても可愛らしい女の子で、何故こんな薄暗い牢屋にいるのか――……あ。
「あれ、君のその眼と角は……」
「あ、これはね、生れつきこうなの……」
自分のことをマーハと呼ぶ少女の眼は紅かった。おれとは違い、両目が紅い。それに特徴的な角がある。これなら、一目で人間ではないと判るな。
「君は魔族なの……?」
おれがそう訊くと、マーハは頷いた。
「ご主人様を探しにこの街に来たら、捕まっちゃって……」
えへへ、と、まるで軽い失敗をしたかのような言いぶりでマーハは言った。
「ご主人様?」
「うん。マーハと一緒にいてくれる優しいご主人様。前にね、お母さまがこの街にいるかもって言っていたから来てみたの。でも捜す前に捕まっちゃったからまだ見つけられてなくて……。そういえばお姉ちゃんはおめめが片方だけ紅いんだね。どうして?」
「それは、おれにもわからないんだ。信じられないかもしれないけど、目が覚めたらこうなっててさ。なんなら性別も変わってて。男だったのが女になったくらいで――」
あ、それは言わない方がよかったかもしれない。と、口にしてから気づいてしまった。
「性別が変わったの?? それじゃあお兄ちゃん? それともお姉ちゃん? どっちで呼べばいいんだろう……」
「ごめん混乱させちゃった。今は女だからお姉ちゃんでいいよ。でも、驚いたな。おれの言葉を嘘だとは思わないんだ」
「うん。だって、嘘をつくような人には見えないから」
「あ、ありがとう」
まっすぐに言われるとなんだか照れる。
「そういえば自己紹介がまだだったね。おれはミナト。きみはマーハ……でいいのかな?」
「うん。マーハはマーハだよ。よろしくね、ミナトお姉ちゃん」
「よろしく」
とりあえずの挨拶を終え、おれは今の状況を軽く整理することにした。
ここは異世界ソル・グラシア。詳しい情勢などは判らないが、ひとまず言葉は通じるらしい。
そして今いるこの場所が監獄都市ギルンセルという街だ。その名の通り、おれが収容されてしまったこの大監獄を中心に、様々な監獄がある。全てトワがここに来るまでに隠れて回収してくれた情報だ。
「あ、そうだ。もう一人紹介しないといけなかった」
「もう一人? どういうこと?」
「トワ」
おれが言うと、姿を消していたトワが現れた。ずっと肩に乗っていたから、マーハの事も把握しているはずだ。
「わあ、妖精さんだぁ……っ」
「む、妾は妖精ではないぞっ」
トワが怒鳴ると、マーハは驚いて身をすくめてしまった。
「ご、ごめんなさい……小さくて可愛いからマーハてっきり……」
「ぬぅ……。そ、そこまで申し訳なさそうにされると逆に申し訳なくなってくるのぅ……。こちらこそ反射的に怒鳴ってしまって悪かった。さっきミナトも言ったと思うが妾はトワじゃ。妖精ではないからの」
「うん。トワさんだね。わかった」
「うむ。わかればよいのじゃ。聞き分けのいい良い子じゃのぅ」
うんうん頷いてかんしんしているトワ。
どうやらすぐに打ち解けられそうだ。
「まあでも、これからどうするかな」
現状は正直あまりよろしくないわけで。
あのスクルドという男が言っていた魔族じゃないとわかれば釈放されるという言葉もどこまで信じていいものか測りかねるし、こっちはこっちで動いた方がいいだろう。――といっても、動けるのはトワだけなんだけど。
「マーハよ。お主が投獄されたのはいつじゃ?」
「正確にはわからないけど、たぶん3日前くらいだと思う」
「ふむ。となると処分を決めかねているというよりは上級魔族という存在をどう扱うかを吟味している可能性が高い、か。もう少し情報を集めてきた方がいいかもしれんの」
「どういうこと?」
おれはトワに尋ねた。
「ここに連れてこられるまでの間、姿を消して色々見て回ってきたのじゃが、マーハはどうやら魔族は魔族でも高貴な存在らしい。その立派な角はその証明だと言っておった」
「そうなのマーハ?」
「ううん、そんなことないよ。マーハは全然ダメダメで、偉くなんてないし、立派でもないと思う」
「って本人は言っているけど」
「それはその子自身で見た自分じゃろう。人間側から見れば、上位の魔族であることは間違いない。下位の存在ならばとっくに討伐されておる」
「上級魔族であるマーハには、人間側から見ても生かしておくだけの価値がある、ってこと?」
「そういうことじゃ。あまり良い意味ではないだろうがのぅ」
「それって――」
人質的な扱いか、それとももっと別な役割があるのか。もし、マーハ側の魔族と人間が対立していたら、それこそ色んな意味で"使える"ことになる。問題は、そのことについてマーハ自身が理解しているかどうかだけど、この様子じゃあまり深く考えてないかもしれない。
『恐らくこの牢屋は特殊な造りになっておる。マーハの魔力を封じ込めるためのものじゃろう。厄介な代物じゃ』
念話でトワが語り掛けてきた。
(マーハの魔族としての力はそこまでする程の脅威ってことなのかな。正直、そんなに強そうには見えないけど)
『人を見た目で判断するでない。まあいい。妾はもう少し情報を集めてくるとしよう』
(わかった。気をつけてね)
『うむ』
そう言って、トワは姿を消した。
「あ、トワさん消えちゃった……」
驚きの声を上げるマーハ。やっぱり、おれ以外からしたら忽然と消えたようにみえるのだろうか。
「トワは情報を集めてくるってさ。無事にここから抜け出せるようにね」
「ほんと? よかった、ここから出られるかもしれないんだね」
マーハは安堵のため息をついた。
しかし、最初から気になっていたが、マーハからは恐怖心を一切感じない。自分が捕らわれていることは理解しているみたいなのに、何故だろう。
「マーハはさ、怖くないの?」
「さみしくはあるけど、怖くはないよ。マーハにもいるんだ。お姉ちゃんと一緒で小さなお友達」
「小さなお友達? ヒトではなくて?」
「うん。その子が助けに来てくれるって信じてるから」
そう言うマーハは笑顔だった。




