第10話
長い間眠っていたよ言うな気がする。
ぼんやりと意識がはっきりしてきた。
……腰が痛い。
ここは、どこだろう。
「異世界……なのかな」
見慣れない石室だ。遺跡の中のような、そんな雰囲気を感じる。
肌寒く、しんと静まり返っている。まるで神聖な場所のようだ。
「お目覚めかご主人」
「――トワ! よかった。君も無事だったんだね!」
「うむ。しかし、急に世界を渡ってしまったのぅ。場所も判らぬし――、情報が少なすぎる」
「そう、だね」
ついさっきの出来事が脳裏をよぎる。
英美里教授はどうなったのだろうか。あのままでは、最悪、死――。
いや、よそう。あの人はあれくらいでくたばる人間じゃない。殺しても死ななそうな人種だ。それに『私の心配はいらん』って言っていたし。きっと無事で生きているはず……。今はそう信じるしかない。
「大丈夫……あの人ならきっと無事だ」
「あやつの心配か。だがのご主人、今は自分の事を考えた方が良いぞ。ここも安全とは限らんからの」
「わかってる。とりあえず外に出てみよう」
「うむ」
立ち上がり、石室から出る。
外は森の中で、木漏れ日がうっすらとおれ達を照らしていた。
「森だね」
「森じゃのぅ」
「とりあえず進んでみる?」
「危険はあるやもしれんが、ここにいても仕方がない。そうするしかあるまいて」
今のところ、危険はなさそうだが、ここは異世界だ。何が起こるか分かったものじゃない。慎重になるに越したことはないのだ。
しばらく森の中を進み、ようやく木々以外の風景が見える場所までやってきた。目の前には小川が流れており、その奥には草原が広がっている。さらにその奥にはやたらと高い防壁のようなものがぐるっと辺りを囲んでいる場所がある。あの奥に街的なものがあるのかもしれない。
「とりあえず、あそこまで行ってみようか。街があるかもしれないし」
「そうじゃの。人間に会えればいいのじゃが……」
「マモノと出くわしてもおかしくない、よね。そうなったらどうしよう」
「神剣の力を使うほかないじゃろう。時が経てば自ずと魂が戦い方を思い出すはずじゃ。身体は変わっても根っこの部分、魂までは変わらんからのぅ」
「そうだといいんだけど――」
少し心配だけど、今は前に進むしかない。
英美里教授が助けてくれた命だ。大事にしないと罰が当たる。
橋を渡り小川を超えて、草原を進む。
マモノも出てくる気配はなく、順調に防壁の近くまでたどり着くことが出来た。
「近くで見るとでっかいね……」
まるで監獄のようだ。
中にいる住人を絶対に逃がさない。そんな風なイメージを持った。
「確かに、異様に高い壁じゃな。中に重要な施設や人物でもおるのやもしれぬ」
「なるほど。お城とかあったりして」
「その可能性も捨てきれん。どちらにせよ、慎重にな」
「うん」
「それと、妾は用心のため姿を消しておくからの」
「わかった」
門のようなところに、小さな入り口がある。どうやら検問のような場所らしい。槍を持った衛兵が立っている。
おれはとりあえず街に入るべくその入り口を目指した。
そして、近くまで来て――
「あ、あの……」
衛兵風の彼らに、恐る恐る声をかける。
「ここはどちらでしょう?」
と、言ってから気づいた。
場所も知らずにこんなとこうろついていたら変なやつに思われないだろうか。そもそも言語は通じるのか。とか考えだしたらキリがない。
「ここは監獄都市ギルンセルだが……そんなことも判らずにこんなトコをうろついていたのか。ん――?」
若い衛兵はそう言いながらおれの顔をまじまじと覗いてきた。
どうやら言葉は通じてるみたいだけど……な、なんだろう。顔に何かついてるのかな。そこまでジッと見つめられると恥ずかしいんだけど。
「か、可愛い……」
「へ? 可愛い?」
「君だよ! こんなに可愛い女の子は見たことがない! 名前は? 歳は? 職業は!?」
急に手を掴まれた。
そして急な質問攻めでおれはあたふたしてしまう。
「え、ええっと、そんなにいきなり聞かれても……」
「っと、悪い。つい興奮してしまったよ。でも、君みたいな可憐な少女に出会ったのが初めてでね。許してほしい」
「そ、そうなんですね……」
ははは、と乾いた笑いが漏れた。
見たところこの衛兵はまだ若い風貌をしている。きっと女の子の少ない街で育ち今に至るのだろう。人生の経験を積めば、おれなんかよりよっぽど可愛い女性などいくらでもいるはずだ。――たぶん。
「おい、どうした? 何かあったのか」
奥の方からもう一人の衛兵がやってきた。
見たところこちらの衛兵さんはご年配のようだ。
「ん……? お前、その眼は……」
ご年配の衛兵さんが近づいてきて、おれの眼を見て何か言いたげだが――。
「間違いない! その紅い瞳、魔族か!」
ご年配の衛兵は急に大声を出し、慌て始めた。
急に指さされて怒鳴られたので、おれも委縮してしまう。
「スクルド! そやつは人間ではない! 捕らえるのだ!」
「ええ!? こんなに可愛い子が人間じゃないって、グランツさん盲目には早すぎますよ!」
「馬鹿者! ギルンセルの監獄に投獄されているあの魔族の娘の仲間やもしれぬぞ!」
「そ、そんなバカな!? でも――」
スクルドと呼ばれた衛兵は、迷いと焦燥で顔が歪んでいた。
(ど、どうしようトワ……! このままじゃ捕まっちゃうんじゃ……)
トワに念話を飛ばし、助け船を要求する。
ここは逃げた方がいいような気がする。魔族の仲間って思われてるみたいだし。
『これは逃げた方がいいかもしれんのぅ。勘違いで捕まっては堪らぬ』
(だ、だよね!)
逃げよう。そう決めておれは反転、猛ダッシュしようとした瞬間――
「ごめん! でも大丈夫、君が魔族じゃないってわかればすぐに釈放されるから!」
スクルドと呼ばれた若い衛兵にがっちりと腕を掴まれていた。
女の力では男の力に抗うことは出来ず、そのまま手錠をかけられてしまう。
「そ、そんな……」
鉄の冷たい感触と重みが手に広がる。手錠をかけられてしまった。
まさか異世界に着て早々濡れ衣で捕まるなんて本当にツイてない。
眼が片方紅いだけで捕まるとか、異世界の治安はどうなってるんだ。
『仕方あるまい。魔族ではないとこやつらがわかるまで大人しくしておくしかないかのぅ』
(誤解が解ければいいんだけど……)
『まあいざとなったら妾がどうにかしてたすけてやるから安心せい。それにしても、姿を消しておいてよかったわい』
こうして、異世界に転移して早々、不幸にも投獄されることになってしまうのだった。




