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救世少女のアンチテーゼ  作者: 竜胆久遠
第一章 異世界逃亡編
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第9話




 ゲートは施設の最下層にあった。

 実際には山の中ということになるんだろうが、どうやってこの場所を特定したのだろうか。気になるが、今は目の前の状況の方が大事だ。


「ついたぞ。ここがゲートの入り口だ」


 扉の先には、薄暗い空間が広がっている。

 大きな井戸のようなものが中央にあり、その蓋は硬そうな扉で塞がれている。


「あれがゲート……」


 想像していたものとは違ったが、雰囲気でわかる。あれは本物だ。

 しかし、まだ開いてはいないようだ。真希さんがゲートを開くよりも早くこっちについてしまったんだろう。


「――遅いな」


 英美里教授がぼそりと呟く。

 遅い、とは、真希さんのことだろう。


「こちらよりも遠い位置に操作する場所があるんじゃないですか?」


「いや、場所でいったらこっちの方が2倍以上ある。ここに到着した時点でゲートが開いていないとおかしい。どうやら敵の動きが想像以上に速いらしいな。やはり私の知らぬ間に、優秀な人間が指揮に就いたか」


「そ、それじゃ真希さんは――」


 と、おれが言った直後、入ってきた扉が勢いよく吹っ飛んだ。

 その衝撃で、吹き飛ばされそうになるのを必死にこらえる。


「ちっ、おでましのようだな」


「あ、あれは……っ」


 現れたのは明らかにベルベットだった。

 でも、明らかに様子がおかしい。乗っ取られたというのは、まさしくそのままの意味なんだろう。


「――目標確認。これより捕縛行動を開始します」


 機械的な声音でベルベットが言う。

 対話の余地はなさそうで、すぐさま攻撃を繰り出してきた。


「湊、下がれ!」


 英美里教授は有無を言わさずおれを後方に突き飛ばした。

 勢いよく尻もちをついてしまい、目の前を高熱の弾丸が通り過ぎた。


「あ、危な……っ」


 ……おいおいおい、今の当たってたらおれ死んでたんじゃないか? 向こうの目的はおれの捕縛だよな? 殺す気できてません?


「生命活動が維持できている状態なら、いくら傷を負わせても構わないということだろう。AMESの研究機関とは、そういう連中だ。とにかく私の前に出るなよ。ゲートが開くまで耐え抜けばこちらの勝ちだ」


「で、でも、真希さんは――」


「大丈夫だ。向こうはあいつがなんとかする。今は信じるしかない」


「わかりました。おれも最善を尽くします……!」


「ふっ。それでいい」


 少しだけ嬉しそうな顔をした英美里教授は、すぐにベルベッドを厳しい目で見つめた。


 武器といえば、英美里教授のバッグに入っている銃や手榴弾のみ。魔導兵器を自在に扱うベルベット相手では心もとない。


『主よ、まだ力は扱えぬか』


 トワからの念話だ。


(うん。さっきからなんとかできないか試しているんだけど、トワが言っているような力を出せる気がしないよ。何か条件でもあるのかな)


『しいて言うなら、イメージじゃな。己の力を強くイメージすることによって神剣は発動する。まだ慣れておらぬようじゃから仕方がないが、事態は急を要するか……』


 トワはすこしだけ考え、そして頷いた。


『今は少しでも戦力が必要な場面じゃろう。レプリカモードで顕現させるぞ』


(え? それってどういうこと?)


『見たら判る』


 言って、粒子を纏ったトワの身体が剣となった。


「お、おおぅっ?」


 急な出来事におれは驚きつつも、なんとか剣を手にすることが出来た。刀の形状をしているが、少し歪になってしまっている。だが、振って斬るという動作に支障はなさそうだ。


「湊、その刀が例の?」


「はい。どうやらそうみたいです」


「なるほどな。ということはやはり……。いや、今はそんなこといってる場合じゃないか。湊、予定通りゲートが開くまで時間を稼ぐ。今のこちらの戦力では万が一にもやつにダメージは与えられない。とにかく距離を取って逃げに徹するんだ」


「わかりました!」


 すぐに第二波がおれ達を襲った。

 魔導兵器による魔術攻撃と近代科学によるレーザー光線やナパーム弾などやりたい放題だ。


「はっ!」


 適当に振ったはずの剣が魔術攻撃を弾いた。

 なんとなく、そういうことが出来るんじゃないかという直感だけでやってみたが、大成功だ。


「おれ、もしかしてやれてる?」


「油断するな! すぐに距離を取れ!」


「は、はい!」


 英美里教授がありったけの火薬をぶち込むが、ベルベットはびくともしない。どうやら先ほど見たバリアみたいなもので無効化しているらしい。


「まだか、真希……!」


「英美里教授!」


「ちっ!」


 英美里教授はアサルトライフルをフルバーストさせるが、肉薄したベルベットの攻撃を完全に避けることはできなかった。肩に高周波ブレードによる切り傷を受け、出血している。


「英美里教授! ケガが!」


「今は自分のことだけを考えろ! それに、これくらいなら……問題ない!」


 英美里教授はそういうが、どう見てもザックリいってる。血もかなり出ているし、痛くないわけがない。それでも、ライフルをもつ手は引き金を引き続けていた。


 顔色も悪い。無理しているのは明らかだ。

 このまま防戦一方だと、いつかは限界を迎えてしまう。耐えるだけといっても、ゲートがいつ開くか判らないこの状況だ。精神的にも余裕がなくなる。それに、守られるだけでは中身が男としてあまりにも情けない。


「どうにか、どうにかしないと……!」


 おれに力があるっていうのなら、今ここで使わせてくれ!

 目の前の大切な人を守るために、おれのために戦ってくれるあの人を守るために!


「……くそ! なんでこんなに重いんだよ! おれの力なら言うこと聞いてくれよ!」


 剣は重く、振るので精一杯だ。

 マモノを倒したのが本当なのか疑わしいくらいだ。


 ――2人ともやられるくらいなら、いっそおれが投降すればいいのではないか。


 限界まで追い詰められ、そう思った。

 力を使えないのなら、残る選択肢はもうこれくらいしかない。


 ここで2人ともやられるよりかはマシだ。それに、おれには何もない。AMESに捕らわれてマモノ退治の役に立てるのなら、それで英美里教授を守れるのならそれでいいじゃないか。


 どうせ異世界に行っても大したことは出来ないだろう。ただ逃げるだけでヒーローになんかなれっこない。憧れはどこまでいっても憧れのままだ。


 だから、おれが諦めればいい。

 それで全て解決する。英美里教授が無事ならそれが最善の選択肢だろう。


「英美里教授! おれ、投降します! このままだと本当に死んじゃいますよ!」


「ば、馬鹿なことを言うな! 私のことはいい! 生きたいんだろう! なら諦めるんじゃない!」


 攻撃を続けながら、英美里教授はおれに叫ぶ。

 ベルベットの猛攻は続いている。それを対処している英美里教授はもはや普通の人間には見えなかった。


 攻撃は勢いを増し、次々と英美里教授の身体に傷を増やしていく。なんとか致命傷は避けているものの、これでは時間の問題だ。


「でも! このままじゃ――! おれなら大丈夫ですから! どうせ何もない人生なんだ……。英美里教授を守れるのなら、それでいい!」


「――ッ! 私が! 生きていて欲しいんだ! お前に! だからそんなことを言わないでくれ!」


 今まで見た英美里教授の中で、初めてのものだった。

 哀しそうな、寂しそうな。それでいて諦めきれない。複雑な表情だ。


 ――どうしてそんなにおれのことを想ってくれるのだろう。

 

 おれには、それだけの価値はない。AMESに身体を差し出すことでこの世界が今より少しでも良くなるのなら、それは尊い犠牲ってことでいいじゃないか。リアリストの英美里教授らしくもない。


「英美里教授……っ。どうしてそこまで……」


 と、おれが言いかけた瞬間――


「――殲滅モードの適用が承認されました。これより対象を破壊します」


 その言葉と共にベルベットは消えてしまった。いったいどこにいったんだ。完全に見失ってしまった。


 直後、背筋を走る悪寒に、おれは振り向いた。

 一瞬でベルベットがおれの後ろにまで回り込んでいたのだ。メインウェポンであろう高周波ブレードを構えたまま。


 そして――


「……え」


 急な出来事に、おれの頭は混乱に陥っていた。


 どうしておれの目の前に英美里教授がいるんだ?

 どうして英美里教授からこんなに血があふれ出ているんだ?

 どうして、おれなんかを守って、こんな……こんな……!


「なん……だ。まだ…術……使えるじゃないか……」


 血を吐きながら、逃がすまいとお腹に刺さったベルベットの高周波ブレードごと彼女の腕を掴む英美里教授。こんなになってなお、彼女は諦めていなかった。


「みな、と……。よく聞け。ソル・グラシアにいったら、聖ウル・グレース教会……を、頼れ……。そこで私の名を出せば……ごふっ……よくしてくれる、はずだ……」


「な、なにを……ッ。そんな、そんなこと言ってる場合じゃぁ……!」


 そして、神の悪戯か、このタイミングでゲートが開き始めた。

 しかし、逃げることができたとしても、あの傷じゃ英美里教授はまず助からないだろう。口から大量の血を吐いている。お腹から滝のように血が流れている。おれだったら痛みで失神しているだろう。それなのに、英美里教授は痛みを我慢してベルベットを拘束しているのだ。

 

「私の、はぁ……はぁ……心配はいらん……。だから、お前は逃げて、生きろ……。なるんだろう? 英雄ヒーローに……」


「……ッ!」


 おれが描いてきた漫画は、英美里教授がずっと没収してきた。

 全部ヒーローもので、そして多分、おれがそういう存在に憧れていたこともばれていたんだろう。


 いや、以前から知っていたのかもしれない。なぜだか判らないけど、なんとなくそんな気がした。


「せっかく、力を手に入れた、んだからな……。……そこの小さいの……、私の…を……いや、今は……だったか……。頼んだ、ぞ」


「……うむ。任せておくがよい」


 いつの間にか剣から戻ったトワが、英美里教授に返事をした。

 トワの声はおれにしか聞こえないはずなのに、英美里教授は少しだけ笑ったように見えた。


 英美里教授がベルベッドの動きを止めている間に、ゲートは開ききっていた。あとは、おれがあの水のようなところに飛び込めばそれで異世界へ行けるはずだ。


「……ごめんな、一緒に、いってやれなくて……。愛しているぞ……。私の、可愛い……――」


 そうして、おれは英美里教授に背を押され、ゲートへ落ちるように入った。


 おれは声にならない叫びをあげ、ただ吸い込まれるがままに異世界へと転移する。


 そして、そのさ中。おれは夢を見ていた。

 荒廃した世界に、現れるマモノ達。世界は滅亡を迎え、人類は母星からの逃亡を決意する。そして長い年月が過ぎ、再び文明が開化するのだ。


 そしてまた長い時が流れて、世界は再び同じ運命を迎える――。

 


 

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