プロローグ
初投稿です。よろしくお願いします。
誤字脱字等あれば報告してもらえると泣いて喜びます。
異世界と繋がる世界。異界特区日本と呼ばれるこの地域では、第5次世界大戦後の魔導工学や魔導理化学といった異界学の進歩の中枢となっていた。
異界学とは、異世界からもたらされた技術や知識を学問としたものである。そして、それを発展、繁栄させ、世界の最前線となっているのがこの異界特区日本であった。
「つまり、人類は今より何十年も前に異世界人と協定を結び、共に力を合わせ繁栄させようと尽力してきたということだ」
今日も講義が耳に心地よい。
俺こと椎名湊は、自称一般人な学院生である。≪異世界と繋がる都市≫、通称異繋都市とよばれるこの街で、異界学を勉強中だ。
今も専ら講義中である。まあ、俺の視線は講義ではなく手元のノートに集中されているのだけども――。
「特にこの日本では、異界に繋がるゲートが数多く出現し、マモノと呼ばれるモンスターが突発的に現れる。異世界絡みの問題に対応すべく存在するのがAMESと呼ばれる組織で――」
唐突に教授の声が止み、俺は頭を上げた。
すると、その拳は既に振り上げられており、おれは為すすべなく制裁を受けることになる。
「まーたお前は講義中にマンガを描いているのか! この馬鹿者が!」
「いってぇ! い、いきなりげんこつすることないじゃないですか!」
「私の講義を一人占めしておきながら偉そうじゃないか。ええ? 別に私はお前が単位を落としてくれても構わんのだがな?」
「ぐ、ぐぬぬ……」
そうだった。この怖いけど美人で偉そうな美作英美里教授の科目の単位を落としそうになっていたところを、彼女の恩情によってこうして再講義してもらっているのだった。
「すみませんでした」
「わかればよろしい。あと、そのマンガは没収な」
「ええ! またですか!? 今回は自信作なのに!」
悲しいかな。問答無用でおれのマンガノートを奪われてしまった。
「自信作かどうかは関係ない。しかし、この子供のお絵かきみたいなマンガが自信作ねぇ。どうせいつもの通り代り映えしないヒーローモノなんだろう? 子供じゃあるまいし今どき流行らないぞ~?」
「い、いいじゃないですか俺が何のマンガ描いてたって! それより! 返して! くださいよ!」
俺は英美里教授の手にあるノートを取り返そうと手を振り回した。
しかし、その行為も空しく、手は空を切るばかりだ。
「一般教養科目も赤点スレスレ、魔導工学に魔導理化学といった異界学をわざわざ履修しているくせに赤点で補習。しかもその補習中にマンガを描いているとは……。まったく、呆れるな。お前、卒業する気はあるのか?」
「そ、それは……」
正論過ぎてぐうの音も出ないとはこのことか。
「まあいい。講義の続きだ」
英美里教授は、結局俺が描いたマンガを没収し、有無を言わせぬまま講義を続行した。
なんだかんだ、英美里教授は俺に対して優しい。普通ならこんな馬鹿な俺に付き合うことなんてないのに、何故か色々と面倒を見てくれるのだ。
それからしばらくの間、俺は真面目に講義に集中した。そうすれば描きかけのマンガを返してくれるかもーとか、甘えた考えがあったのは否定はしない。
「――ということだ。少しは理解できたか?」
「はい!」
「返事だけはいいな、返事だけは。ま、今日の補習講義はこのくらいで勘弁してやろう。外も暗くなってきたことだしな」
英美里教授に言われて外を見ると、いつの間にやら日は落ち始めていた。自分でも驚くぐらい集中していたようだ。
「はぁ~疲れたぁ~」
俺は机に突っ伏し盛大に脱力した。
このまま寝てしまいたいくらいだ。今から帰って夕飯の準備とか面倒くさすぎる。やはり一人暮らしは辛い。彼女とかいれば、また話は違うんだろうけどな~。
「ところで湊。友達は出来たか?」
唐突に英美里教授が聞いてきた。
「そ、それは……出来てません。けど」
「もう入学してから半年だ。友達の1人や2人、作れないとこのままぼっち生活まっしぐらだぞ?」
「うぐっ……。痛いところを……」
学院に入ってからというもの、まともに友達を作れていないのは事実だ。少し会話をするくらいなら出来るのだが、こう、なんというか深い関係にまで発展する相手がいない。
「話相手が私だけだと、将来が心配だな? ん?」
「い、いますよ話し相手くらい!」
「ほほう。誰だねそれは?」
ニヤニヤと卑しく笑う英美里教授。
なんか無性に腹が立つな。おい。
「それは、ほら、英美里教授の講義を履修してる田中君とか……。よく俺に話しかけてくるんですよ。それに、隣に座ってきますし」
まあ、仲が良いかと言われれば疑問符がつく。
それと、田中君は身体がでかいからちょっと暑苦しいのがたまにきずだな。あと汗臭い。でも、それを言ったら嫌われそうだから言えないし、少し困ってたりもする。
「田中というとあれか。私の講義に出ている見るからにホモホモしいゴリマッチョか。まあお前は男の割には顔が可愛いからな。そっち方面の変態にはモテるんだろう。それはそうと気をつけろよ? ああいう輩は無理矢理にでも襲ってくるかもしれんぞ?」
「おそ――!? いやいや! 田中君はそんな人じゃないですけど!? 普通に良い人ですけど!? ノートとか見せてくれますし! というか襲うって何ですか!」
「襲うっていうのは言葉通りの意味だが。しかし、見た目の割に慎重な性格なんだな田中君は。もっと肉食系かと思っていたが」
英美里教授は神妙な顔で物思いに耽け始めた。
しかしだ。田中君言われたい放題だ過ぎじゃないか……? 確かに見た目はちょっとアレでなんか常に鼻息も荒いけど、悪い人じゃないと思う。多分。
「教授が普段どういう風に人を見ているのか判った気がします……」
「第一印象、それに外見といった見た目の情報は大事だぞ? そもそも、ほとんどの人間が相手の外見でおおよその中身を想像するものだ」
「それはそうかもですけど……。でも、ぼっちの俺に声かけてくれるし……」
と、俺が言うと、英美里教授は頭を抱えた。
「私はお前の将来が心配だよ。変な奴に騙されそうでな」
「どういう意味ですかっ」
「そのまんまの意味だよ少年。まあせいぜい気をつけたまえ。性病なんかは特にな」
「せ――!」
言い返そうとしたが、英美里教授は手を振って講義室から出て行ってしまった。
「くそう、言い返せなかった……」
てか、なんだよ性病って。サイアクなこと想像しちゃったじゃんか。
「まあいいや。帰ろう」
俺は荷物をまとめ、講義室を後にした。
この異繋都市における移動手段は様々で、張り巡らされたモノレール、タクシー、クルマといった便利な乗り物が多くある。その中でも特に凄いのがレールトレインと呼ばれる列車だ。都市間を移動するだけなら30分もかからない。確か時速600キロとかって話だ。新幹線を優に超えている。
そんなすごい乗り物が数多く存在する中、俺はいつも通り徒歩で帰路についていた。お金もないし、運転免許も持ってないし、当たり前だよね。
「それにしても、今日のは結構上手に描けていたのにな~」
いつかマンガを取り返さねば。
そんなことを考えつつ、俺はとある場所へ向かっていた。
「今日は新作ゲームの発売日~」
友達はいなくとも、ゲームは出来るのだ。
俺はるんるん気分でゲームショップへ向かう。
辺りは薄暗くなってきているが、気にせずに行こう。
「前作はかなりいいところで終わったからなぁ。楽しみだなぁ」
ナンバリング作品なので、前回からの続き物なのだ。
ジャンルはRPG。俺が好んでやるゲームの1つである。なぜかって? 1人でも出来るからさ!
……言ってて悲しくなってきたな。
「いいさ。俺だって友達の1人や2人……」
つくってやる。そう言おうとした瞬間だった。
耳をつんざくほどの警報が、俺がいる区画で鳴り響いた。
『ゲートの出現を確認! ポイントはY-26地点です! 近くにいる方はすぐにシェルターに避難してください!』
アナウンスは素早く住民に指示を出す。
俺は近くにあった看板を確認し――って、Y-26ってまさにここじゃないか!
『ゲートは約30秒後に出現します! 繰り返します! ゲートの反応を確認! ポイントは――』
繰り返される避難勧告。
こうやって突発的にゲートが開くことは度々あるが、こうやってピンポイントで近くに現れるのは初めてだ。
ゲートが開けば、外の世界からマモノと呼ばれる危険なモンスターが現れる。そいつらは人間を容赦なく襲う連中で、普通の人はまず逃げ切れない。まさに天災だ。
俺はひとまず焦る頭を整理して、シェルターの場所を思い出そうとした。逃げるにしても、何もないところには行けない。
「確かこの近くで近いシェルターは――」
思い出した。あそこにあるアパートメントの裏手だ。
よかった。近くで助かった。これでもし遠い場所にあったら俺の体力じゃ逃げれたか判らない。
辺りにいた人達も全力で逃げ出している。冷静にシェルターに向かっている人と、やけくそになって明後日の方向に逃げている人もいる。
「俺も逃げなきゃ!」
あと数十秒もすれば近くでゲートが開くだろう。そうなったらマモノ達が現れてしまう。
予定通りシェルターに逃げていると、公園の砂場で泣きじゃくる女の子を発見した。いや、発見してしまった。
「あ、あの子逃げ遅れてる……!」
ど、どうするどうする……!
ここであの子を見逃せば俺は間違いなくシェルターに避難できる。でも、あの子を抱えてからだと、たぶん間に合わない。
「お、落ち着け俺! あの子を助けて俺に何の得がある? それに、抱えて逃げたとしても結局2人ともマモノの餌食になるだけだ……っ」
それにほら、他の大人たちも気づいているのに無視して逃げているじゃないか。そんな中俺が馬鹿みたいに考えもせずあの子を助けに行っても死体が1つ増えるだけだ。
「英美里教授だって、ここで俺が助けに行ったらきっとまた馬鹿にする……!」
冷静な判断だ。
でも、でも……!
俺が憧れているマンガやアニメの世界のヒーローなら、絶対にあの子を助けるだろう。目の前で困っている人を見過ごすなんてことは絶対にしないんだ。
「ちく、しょう……! 俺だって!」
俺は駆けだして、そして賭けた。ゲートの出現前にあの子を連れて逃げ切れる可能性に。愚かだとは判っているけど、そうしなくちゃいけないと思った。
「うええええええん! ママ! ママぁ!」
警報の音に驚いて泣いてしまったのだろう。女の子はわんわんと声を上げて泣いている。
辺りにこの子の母親はいない。見捨てて逃げたか、それともそもそもこの場にはいなかったのか。
「大丈夫! 俺がついてるから!」
だが、今は詮索している場合じゃない。早くこの子を抱えて逃げないと。
「ママは……? ママはどこにいっちゃったの……?」
「大丈夫だよ。俺がママのところに連れて行ってあげる!」
問答無用で女の子を抱える。
そして、すぐさま反転し、走りだそうとした瞬間。
背後から怖気を感じて振り向いた。
「――ぁ」
遅かった。ゲートが繋がってしまった。それも、場所はこの公園。俺と女の子の目の前で。
空間が歪み、煙だか湯気だかわからない靄が溢れ出す。
そして、その中からいくつものシルエットが浮かび上がった。
マモノだ。瞳の色は赤く、妖しく光っている。
「うそ、だろ……」
足が震えて、逃げるどころではない。
気づけば、辺りに人の気配はない。どうやら皆避難してしまったようだ。
「ど、どうする……?」
考えるが、うまく思考がまとまらない。
というか、もう逃げることは不可能だ。AMESの部隊が来るにしても、数分はかかる。それまでにマモノからこの子を連れて逃げるなど不可能に等しい。
「お兄ちゃん……?」
女の子が心配そうに俺の方を見てくる。
そうだよ。ここで諦めてどうする。せめてこの子だけでも逃がさないと……!
俺は走りだした。
無我夢中で、小さな女の子を抱えて。
背後からは強烈な殺気。実際に本物を見たことはなかったが、ニュースなんかでその姿形は知っている。虫みたいなやつとか、獣みたいなやつとか種類は様々だ。
「お兄ちゃん、泣いてるの……?」
気づいたら、走りながら涙が溢れていた。
俺はこんなにも無力なのか。逃げることもできない。それが悔しくて情けなかった。
結局、俺は英美里教授の言う通り馬鹿だったんだろう。冷静に判断していれば、女の子を見捨てて逃げれたはずなのに、そうはしなかった。ほんと、馬鹿野郎だ。
「ごめん……っ。俺が弱いせいで……! 俺が弱いせいで……!」
女の子に謝っているのか、自分の心に叫んでいるのか、自分でも判らなかった。大丈夫とか言ったくせに、カッコ悪すぎだ。結局俺じゃ主人公にはなれないという現実感だけが押し寄せてくる。
そして、唐突にそれはやってきた。
胸を刺す強烈な痛み。俺は勢いよく倒れ――女の子は前方に横たわっている。どうやら背後から刺されたらしい。
「なんだよ、これ……」
胸には数十センチ大の針が突き刺さっていた。
明らかに人間に刺さっていいモノじゃない。
「ゴフ……ッ! ごほ!ごほ!」
俺は盛大に血を吐いた。
目の前にいる女の子が怯えた表情で俺を見ている。
「に、逃げて……っ」
俺は最後の力を振り絞って、女の子に促す。
しかし、俺自身はもう、動けなかった。
その後、再び鋼鉄の針が俺の四肢を貫いたが、もはや痛みはなかった。そして、薄れゆく意識の中、身体の奥底から何か温かいものを感じた――ような気がした。