逃がさない、ボクのお姉様
雨は嫌いではない。
特にさあさあと細い糸のように降り注ぐ音は、世界を夢見心地に塗り替えてくれる。静かな夜になるとその音だけが響くのが、特に好きだった。
だがその心地よい雨の静寂を、忙しない足音が遮る。荒々しく廊下から踏みこんできたのは父親。そのあとを追うようにして母親も入ってきた。
「まだシルヴィアの死体も見つからないってどういうことなの、あなた」
「どうもこうもない、事実だ」
騒がしく廊下から入ってきた両親に、窓辺に佇んでいたプリメラは嘆息する。
「街を出て以降の足取りがつかめない。シルヴィアを追っていた領民も見つからない。今、隣町まで範囲を広げて捜索させている。まさか他の聖爵家に助けを求めてはいないと思うが……」
声色こそ冷静だが、父はコートと上着をソファの背に投げ捨てた。母は頭痛をこらえるような顔をして、そのソファに座りこむ。
「あの子は恩を仇で返すような真似ばかり……おおかた、自分にやはり聖眼が出ないとわかって絶望して飛び出したんでしょう。自殺するならわかりやすく首でもくくればよかったのに、嫌がらせのつもりかしら」
「あの寒空に着の身着のままで飛び出すなど、自殺行為でしかないからな」
母の向かいのソファに座った父が、加えた葉巻に火をつける。そして苦々しく言う。
「それか、聖女狩りにあったかだ」
「ありえないわ!」
ソファを蹴飛ばす勢いで、母が立ちあがる。ありえないと言いながら、引きつったその笑みには脅えがあった。父は紫煙を吐き出しながら苦々しく言う。
「とにかく、死体でもなんでも見つけるしかない。聖誕の鐘が鳴り終えたあと、シルヴィアの目を確認した人間はいないんだ。――だから私は屋敷に閉じこめておけと言ったんだ、聖誕の夜だけでも」
母が父の苛立ちを感じ取って、横へと移動した。
父の唇から煙草を取りあげ、その火を灰皿に押しつけて消す。
「ごめんなさい。お疲れなのに気づかなくて。ワインを用意させます。できることはやったのですから。ええ大丈夫、きっと死体がすぐ見つかるわ。見つからないとしたら、きっと妖魔にでも襲われて跡形もなく食べられたのよ」
「ならいいのだがな」
「大丈夫よ。私たちにはプリメラという宝があるのだもの。聖痕だって出たし、あとは聖殿に向かうだけ。ねえ、プリメラ」
こちらに向いた矛先に、プリメラはにっこりと笑い返した。
「うん、喧嘩なんてする必要ないよ。だってお姉様は生きてるんだから」
ぎょっとする両親に、プリメラは唇の端を持ち上げた。
「だってお姉様は聖眼がないことに絶望するような人間じゃない」
「プリメラ、だがそれだと……」
「きっとお姉様の目に聖痕が出たんだ。だから逃げたんだよ」
窓硝子に指先を押しつける。雨音が大きくなり始めていた。いくつも叩きつけられては流れる雨粒が、窓に映ったプリメラの顔をゆがめていく。
「聖誕の夜なら、街の外には絶対に聖女狩りがいたはず。その中のひとりと誓約して力を借りるとか、お姉様だったらそれくらいの賭けに出るよ」
「誓約!? 冗談ではない、ベルニア聖爵家は認めないぞ! お前の手伝いをするというならまだしも……!」
「ねえ、ボク早く聖殿へ向かいたいなー。思ったより楽しめるかも、皇帝選」
突然話を変えてくるりと振り向いたプリメラに、両親が顔を見合わせる。
「妖魔皇の心臓も盗まれたって話だし、何よりボクの聖眼がどんなのか気になるよね」
「それはそうだが、ジャスワント様がな……準備に一ヶ月はほしいと」
「プリメラ、焦ることはないわ。あなたの聖眼なら、素晴らしいものに決まってるし」
「だ、旦那様、奥様!」
慌ただしい足音と一緒に、執事が駆け込んできた。
「なんだ、騒々しい。何かわかったのか」
「さ、先ほど届いた皇帝選の登録者第一報に、シルヴィアという名前が……!」
両親が青ざめて立ちあがる。
そんな馬鹿な、何かの間違いだ調べろ、皇帝候補は誰だ――騒がしくなる声を背中で聞き流しながら、プリメラは窓に映る自分と向き合い、笑う。
(そうでなくちゃ面白くないよねぇ、ボクのお姉様なんだから)
その笑みを隠すように、稲光が外で鳴っていた。




