偽装の父娘
庇護という言葉に、シルヴィアはぽかんとしてしまった。
「……え?」
「これも何かの縁だ。ここでひとり、放り出されても困るだろう」
それはそうだ。だが、ここで単純に喜べるほど、シルヴィアの今までは安くない。
「何が条件ですか」
端的に尋ねるシルヴィアに、ルルカが長い脚を組み直して言う。
「なかなか警戒心が強いな」
「私は『だまされやすそうな子ども』だと」
「なるほど、自覚があるのか。だが、難しい話ではないぞ。実は、仕事で皇帝選に出なければならないんだ」
「妖魔に仕事?」
つい半眼になったシルヴィアに、ルルカが肩をすくめる。
「妖魔だって仕事はある」
「……そうであったとしても、妖魔が皇帝選に出るなんておかしいです。最初の聖女が降臨したときに、人間は地上を、妖魔は魔界を支配することで、人間と妖魔の決着は着いているはず。あなたたちの親玉の妖魔皇は、聖女に心臓を封印されています」
妖魔皇というのは、妖魔たちを代表して統べる王だ。自らの肉体を持たない妖魔の中で、人間との間に生まれたために、生まれたときから妖魔皇は自分の肉体を持っていた。そのため地上でも、妖魔たちの世界――魔界でも器に縛られず自在に力が振るえる。だから聖女に心臓を封印されて今なお、妖魔たちの頂点に立っているらしい。
妖魔たちが今、魔界に引っこみがちなのは、自分たちの王が聖女に負けたからだ。
そこでぴんときた。
「ひょっとして、妖魔皇から皇帝選に乗じて心臓を取り戻せと命令された?」
「近いがはずれだ。妖魔側ではなく人間側――帝室の尻拭いだな。妖魔皇の心臓が盗まれたから、さがすのを手伝ってくれと連絡がきた」
は、と一瞬シルヴィアは惚ける。
「それは……一大事、では」
「人間でもそう思うか?」
「当然です! 妖魔皇の心臓は、皇帝選が始まったそもそもの、世界を滅ぼす原因。この国で知らない者はいません。それが、盗まれたなんて……」
システィナ帝国の建国は、滅亡の宣告から始まった。
あと一年でこの世界は、瘴気によって滅ぶ。神からそう宣告されたのが、千年ほど前だ。
だが慈悲深い神は滅亡と同時に、救いの手段も与えた。浄化や治癒に長けた四人の巫女に、聖眼と呼ばれる未来を視る眼を授けたのだ。その眼を使い、瘴気の発生を先回りしてふせぐことで、百年分だけ滅びの未来を回避した。要は百年だけ、世界の寿命を延ばしたのである。
だからこの国では百年に一度聖誕の鐘が鳴り、皇帝選の課題を通じて瘴気をあらかじめ浄化して回って世界の寿命を延ばす。それが皇帝選の本質だ。皇帝選の課題を最高得点で解決できた聖女の皇帝候補が次の皇帝になるのは、社会的には世界の寿命と同じくらい重要だが、世界の視点からはただのおまけだろう。
そして最初、聖眼によって滅びの原因とされたのが妖魔皇――当時、妖魔と人間の間に生まれた子どもの心臓だった。
妖魔皇は妖魔としての心臓と人間としての心臓をふたつ持っていた。子どもの妖魔皇では妖魔の心臓が暴走してしまい、大量の瘴気が溢れてしまう。だから聖女は子どもだった妖魔皇の心臓を封印した。
「まさか、盗まれただけでなく、聖女の封印が解かれては……」
「緩んではいるが解かれてはいないだろう。もしそうなら今頃、世界中が瘴気だらけだ」
ふとそこで思い出した。確か、皇帝陛下からプリメラに相談がきていなかったか。
「……妖魔皇の心臓が盗まれたのは、いつですか」
「俺に連絡がきたのが聖誕の夜の前々日。盗難に気づいたのは半月前と聞いた」
プリメラにきた話がこの件なら、時系列は合う。俄然、真実味が増してきた。
「ですが、なぜ妖魔皇の心臓を取り戻すために皇帝選に出馬する必要が?」
「お前はどこに妖魔皇の心臓があったか、知っているか?」
知るわけがない。シルヴィアは首を横に振る。
「妖魔も同じだ。実際、俺も知らなかった。そもそも聖女の封印なんて妖魔は近寄りたがらない。つまり、妖魔皇の心臓の在処を知っているのは人間だけだった」
「……なら盗んだのは、人間」
シルヴィアの出した結論に、ルルカは頷き返した。
「少なくとも帝室、聖爵クラスの政治中枢にいる人間が関わっている。しかも、盗まれた時期が聖誕の夜の少し前。皇帝選のためだとしか考えられない」
ルルカの話は筋が通っている。だがシルヴィアは少し引っかかった。
「妖魔皇の心臓は瘴気を発生させる装置のようなものと聞いています。それを皇帝選に使っても、課題の難易度があがるだけで、参戦者に利がありません」
「だが、皇帝選を破綻させることはできる。何かしらの牽制にも使える」
確かに、世界が滅亡する危険性と隣り合わせだが、自分が認められないなら世界が滅べという過激派はいる。
「いずれにせよ盗まれたということは、聖女の封印も緩んでいる。妖魔も、妖魔皇の心臓を食って力をつけようと動く輩が出てくるだろう。妖魔皇もさすがに自分の心臓を食べられたくはない」
「……そこは、納得できます」
「解決方法はふたつ。元通りに封印して戻すか、大人になった妖魔皇に心臓を戻すか」
そうか、妖魔皇はもう大人になっているのか。そう思いながら確認する。
「ルルカ様は後者ですか」
「ああ。帝室は前者を希望しているだろうが、俺が先に見つければ後者だ」
どちらがいいのかまでは、シルヴィアには判断できない。だが、とにかく見つけないと話にならないだろう。
「盗まれた場所すらわからない以上、皇帝選を押さえるほうが効率がいい。俺は地上にいるほうが長いし、どう見ても人間だ。目立たずに動ける」
「その顔で?」
反射で聞き返してしまった。だが、目立つのが人生のような顔だ。目立たないことを信条に生きてきたシルヴィアからすれば、絶対に近づきたくない類いの顔である。
「ここ数年は芋作りに引きこもっていたから、大丈夫なはずだ」
きりっと言われても、相関関係がまったく不明だ。というか作っているらしい、芋。
「根拠になりません。その顔は危険です」
「そんなことは」
「あります」
「…………。……そうか……?」
「そうです」
真顔で黙りこまれてしまった。何やら葛藤しているらしい。
不毛な気分になって、シルヴィアは話をまとめる。
「お仕事の内容はわかりました。でも、どうして私を庇護……」
皇帝選に出る――つまり、皇帝候補になるには、聖女が必要だからだ。
途中で気づいたシルヴィアを、ルルカが見つめ返す。
「どこかで適当に聖女を拾おうと思っていたので、ちょうどよかったと言えばそうだ。野良のようだったし。――だが、無理強いはしない」
突然の譲歩に、シルヴィアはまばたいた。ルルカは長い脚を組み直して言う。
「断っても、ベルニア聖爵家に突き出したりしない。俺を助けようとした礼に、本物の金も持たせよう。だが俺にも仕事がある以上、手を貸せるのはそこまでだ」
もっともな話、いや十分に有り難すぎる話だ。逆に不気味になってくる。
「ただ、脅すわけではないが、ベルニア聖爵家から逃げるのは骨だと思うぞ。皇帝選が始まった今、聖女の使い道はいくらでもある。聖眼も隠せないようでは早々に捕まっていいように使われるか、ベルニア聖爵家に連れ戻される気がするんだが」
「……聖眼を隠す方法、あるんですか」
「ある」
教えてくれと頼むなら、シルヴィアも何かルルカに差し出すべきだ。それくらいは言われなくても、常識としてわかる。
それにルルカの予想は的確だ。ここでルルカと別れ、聖眼も隠せないままひとりでうろうろしていればいずれ見つかる。生家は腐っても四大聖家のひとつ、ベルニア聖爵家だ。
(連れ戻されたらもう次はない)
選ぶしかない。そう、今、自分が選べるのだ。
相手は妖魔。人外だ。わかっているのは芋と平凡とほど遠い顔。だが、聖爵家への忖度はないだろう。しかもほしいのは、聖女というシルヴィアの形だけだ。妖魔が人間の力をあてにするとは思えない。
――そういう意味で、安全だし、信じられるのではないだろうか。
「俺の聖女になるなら、娘として庇護しよう。条件はそれだけだ。どうする? あまり考える時間をやれないが」
何より、選択肢を提示して、自分の意思を確認してくれる。今までシルヴィアの周囲にいなかった大人だ。それで十分ではないかと、シルヴィアは顔をあげた。
「……わかりました。あなたの娘になります」




