妹は天才聖女
「楽しい? 嘘つきだなぁ」
こちらに向かって歩きながら、プリメラが笑った。
「相変わらず魔力ゼロなんだね、お姉様。だからベルニア聖爵家の飼い犬みたいにつながれてればいいんだよね。七歳の魔力測定のときからずっとさ。悔しくないの?」
「ただの事実なので」
笑顔を消したプリメラが、シルヴィアを見おろしてひたすら詰め寄る。
「なら、努力がたりないんじゃない? だってできないって意味わかんないよ。ボクとお姉様は正真正銘、実の姉妹だよ? 同じ両親、聖女ベルニアの血を引いてるんだよ? 妹にできて姉にできないってどういうこと? ありえなくない?」
「できないものは、できません」
それがこの数年でシルヴィアが出した結論だ。プリメラが舌打ちした。
「まぁお姉様が今更、奇跡的に魔力に目覚めたところで、ボクに勝てるわけないんだけどさ。浄化も、治癒も、結界も、補助魔法も、神聖魔法だって。誰もボクにかなわない」
浄化魔法、治癒魔法、結界魔法、補助魔法に神聖魔法――これら五つの能力のいずれかを持つ女性が、この大陸では巫女として崇められる。どれも瘴気と妖魔に脅かされる人々を守る、聖女から分岐した希少な力だからだ。
そしてシルヴィアを見おろしているこの妹は、齢十三歳にしてそれらすべてを使いこなす天才だ。最初の聖女が降臨して千年以上、聖女の血筋こそ増えたが血が薄まり能力が弱体化している中で、限りなく最初の聖女に近いと言われている存在である。
しかも、生まれた時代も完璧だった。百年に一度、聖誕の鐘により予知能力を授ける聖眼を得て、皇帝選に挑めることが確約されていた。
今でさえ完璧に近いこの妹が、聖眼まで身につけ本物の聖女になればどうなるか。きっと完璧な未来を視て皇帝選を勝ち抜き、次の皇帝を決め未来を指し示すに違いない。
この妹はただの聖女では終わらない。未来を作る聖女なのだ。
「このうえ聖眼までボク、いらないんだけどなあ。授かるものだって言われてもね」
そして、百年に一度の聖誕の鐘が鳴るのは、今夜だ。
何が気に入らないのか、プリメラはシルヴィアの手の甲を踏みつけた。
「無能は人生楽でいいよね。何もできませんって言ってりゃよくてさぁ!」
「プリメラ、こんなところに――……っシルヴィア、あなた何をしているの!」
甲高い声をあげて、今度は母親が走ってきた。どう見ても何かしているのはプリメラで何かされているのはシルヴィアなのだが、そんなふうに母親は考えない。
「プリメラから離れなさい! プリメラに何をするつもり!?」
転がっているシルヴィアの肩を蹴り飛ばし、プリメラを抱えてあとずさる。
シルヴィアは七歳の魔力測定で、魔力がないと診断された。魔力は大小あれど誰もが持っている力だ。魔力がなければ浄化や治癒といった能力はもちろん使えず、聖眼を扱えない。すなわち聖女になる資格すらないということだ。
魔力がない、すなわち聖女失格。
その烙印を押されてから、母親にとってシルヴィアは汚点になった。不貞まで疑われたのだ。天才である妹を穢す悪の権化と扱われるのも、しかたがない。そう諦めてから、罵声をいくら浴びても痛くなくなった。
「お前なんかがプリメラのそばにいたら何が起こるか……! こんな大事な日に!」
「お母様、お姉様を責めないで。お姉様、おなかがすいているんだってさ」
抱きついて甘えるプリメラに、母親は相好を崩した。
「プリメラは本当に優しいわね。でも気にする必要なんてないわ。食べ物が必要ならその辺のゴミでも漁らせておけばいいのよ。死ななければいいんだから」
「でもさあ、お姉様はもうそろそろ売りに出すんでしょ? 聖女失格でも、血統だけはいいんだから。ガリガリなのは商品としてまずいんじゃない?」
「……。あとで食事を運ばせるわ、感謝しなさい」
プリメラを抱いたまま、忌々しそうに母親がシルヴィアをにらむ。
「だからお前はもう、私たちに一切近づかないで――誰か! この子を馬小屋にでもしばりつけてちょうだい! 早く!」
聖爵夫人の剣幕に領民と忠実な使用人たちが、集まってくる。その目はどれも冷たく、侮蔑に満ちていた。ベルニア聖爵家の血を引きながら聖女になれないシルヴィアは、ただのお荷物、領民たちの税を食い潰す金食い虫だ――他の誰でもない聖爵がそう宣言しているのだ。ここではシルヴィアの味方をするほうが悪だと決まっている。
(せっかくの収穫日和が……)
いつもなら今から折檻と憂さ晴らしが始まるところだ。だが大丈夫、今夜は聖誕の夜で自分にかまってはいられないはずだし、父親も客人対応に忙しくて折檻に参加する時間もないだろう。ただそれだけを考える。余計な感情は必要ない。
「おかあさまー、もう寒いよ。入ろうよ」
「ああプリメラ、ごめんなさい。そうね、そうしましょう。今夜はお前がいよいよ聖眼を得て本物の聖女になる、大切な聖誕の夜だもの……!」
「そうだよ。それにお姉様はちゃんとわきまえられるよ、ねえ」
意味ありげなプリメラの言葉に眉をひそめる。だがプリメラは機嫌良く踵を返して行ってしまった。母親はシルヴィアを睨めつけてから、急いでそのあとを追いかけていく。
「プリメラ、ジャスワント様から聞いたのだけれど、何か帝室のほうで問題が起こったみたいで、お前に相談したいことがあるそうよ」
「えー何それ。ボク、疲れてるんだけど」
「そう言わないで、お父様からお話を聞いてね。皇帝選に関わることだから……皇帝陛下が直々に書状をくださっているのよ」
母娘の会話を領民に引きずられて聞きながら、シルヴィアは白い息を虚空に吐き出す。
皇帝陛下までプリメラ頼みだ。うまくここから逃げ出したとしても、その先に自分に居場所なんてあるのだろうか――その思いを、首を振って振り払う。
(大丈夫。海の向こうにでも逃げたら、自由になれる)
それに、やっぱり今日はついている。
領民たちは、屋根が半壊したせいで放置されてる馬小屋にシルヴィアを放りこんだだけで出て行ってくれた。一発蹴られるだけで済んだのも、幸運のうちだ。
それに、場所もちょうどよかった。普段誰も近寄らない馬小屋の裏には、シルヴィアの大事な逃走資金や集めた道具が隠してある。ついでだから、さっき拾った銀貨を隠してしまおう。とられなくて本当によかった。
何よりまだ生きてるし、動ける。
蹴られた腹の痛みが引いたあとで、頬についた藁をぬぐい、立ちあがる。よろよろと馬小屋の壁を支えにして裏に回り、両眼を見開いた。
隠し場所が、見事に掘り返されていた。
それだけではない。
欠けたスコップは真っ二つにわれているし、錆びたナイフは折れているし、布袋はずたずたに引き裂かれている。集めた硬貨に至っては、ご丁寧に、粉々に砕け散っていた。
「――わきまえられるって……」
このことか。ぽつんとシルヴィアはつぶやいた。




