序章:少女が失ったもの
最初に、ドレスがなくなった。
「魔力がない!? そんな、あり得ないだろうベルニア聖爵家のご令嬢が!」
「何かの間違いでしょう。シルヴィアお嬢様が……もう一度測定してみては」
「三度目の測定でもゼロだったそうだ。これはもう決定だな」
「あんなに優秀でいらっしゃったのに」
「どうりで浄化も治癒もできないと……もう七歳、後天性だとしても絶望的だ」
次に、周囲から人がいなくなった。
「じゃあ皇帝選はどうなるの? 七年後に聖誕の鐘が鳴るんでしょ?」
「聖眼を使うにも魔力が必要なんだから、聖痕は出ないってことになる」
「シルヴィアお嬢様には聖誕の夜がきても、絶対に聖眼が宿らないんだって!」
「不義の子じゃないかという噂よ。聖女ベルニアの末裔としてあり得ないもの」
「一つ下の妹のプリメラ様は瘴気の浄化でも治癒でもなんでもできるのに……」
さらに、家族がいなくなった。
「皇帝選が行われる時代に聖女になれない娘なんぞ、聖爵家始まって以来の恥だな」
「私は不義などしておりません、あなた。だって見てください。プリメラは天才です!」
「ああ、わかっている。お前は悪くない。あの子が無能だっただけだ」
「プリメラお嬢様が皇帝選を勝ち抜くともはや決まったようなものです」
「魔力は最高値、神聖魔法もお手の物。いやはや、お姉様とはえらい違いですな」
「少しお転婆がすぎますが、無能な姉を補ってあまりある妹さんで何よりです」
今度は、部屋がなくなった。
「どこかに捨ててしまっては? プリメラお嬢様がいればベルニア聖爵家は安泰です」
「だがベルニア聖爵家の血統を簡単に余所にやるわけにもいかん」
「血筋だけならプリメラお嬢様と一緒って、詐欺みたいだよな」
「年頃になればいい値で売れる。それで我が家の損失を回収させてやる、有り難く思え」
「償いなさい。あなたのせいで母様がどんな汚名を着せられたか……償え!」
あとは食事がなくなって、着る物もなくなった。
「プリメラお嬢様が帝都の瘴気を浄化したらしいぜ。見ろ、皇帝からの豪華な礼品!」
「それにくらべてあのお荷物は、こそこそ食べ物漁って。気楽でいいよなぁ」
「ジャスワント皇子との婚約も無事破棄されて、プリメラお嬢様に変わったって?」
「聖爵様はプリメラお嬢様が皇帝選を勝ち抜いたあとであれを売り出すつもりらしい」
「まだ生きてるのか」
「そらまあ、生きてないと種付けもできやしねえ」
期待がなくなり、夢がなくなり、尊厳がなくなり、数えればきりがなくなった。
「なぜ屋敷の中にお前がいる、出て行け! 恥知らずが、お父様などと二度と呼ぶな!」
「プリメラに近づかないでちょうだい! あなたの無能がうつったらどうするの……!」
「プリメラお嬢様が屋敷の敷地内には置いておくよう頼んだんだぜ。なんてお優しい」
「街中をうろうろされても困るしな」
でも、残っているものがある。
自分と、未来だ。
厨房の裏、生ゴミが捨てられる大きな箱の底に、パンの耳が残っている。少々汚れているだけ、捨てられたばかりだ。自分の身長ほどある高さのゴミ箱の前にある台に上り、縁に上半身を引っかけるようにして折り曲げ、指を精一杯伸ばす。指先がひっかかった瞬間にがしっとつかみ、しみじみとつぶやく。
「久しぶりのご馳走……!」
だがすぐに我に返り、誰にも見られていないか左右を見回し、胸をなで下ろした。
(いけない。目立たず、慎重にいかないと)
さあ、次のご馳走を探しにいこう。野良猫のように忍び足で闇に紛れる。
シルヴィア・ベルニア聖爵令嬢、十四歳。
のちにシスティナ帝国歴代最強の聖女と呼ばれる少女は、今日もゴミを漁って生き延びる。
いつかここから逃げ出し、海の向こうで『普通』に暮らすことを夢見て。




