007 ニセ嫁は、どうしても鬼執事を土下座させたい。
「伊織様のおっしゃる通りでございますね。承知致しました。バスルームの手配を致しましょう」
そして会話終了。しーん、と車内が静かである。
うう、中松は感情が全く読めないから、どうしていいのか解らないところが多々ある。
「戻って何の修行をするの?」
心づもりはしておいた方がいいと思い、修行内容を聞いてみた。
「まずはテーブルマナーを覚えて頂きます。それから作法、言葉遣い、それから・・・・」
まだあるの!?
思わず目を剥いたらバックミラー越しに流し見された。
「まずはひとつずつ課題をクリア致しましょう。伊織様に全てを求めても無駄だという事は承知しております」
冷ややかに言われた。
ちぃくしょおぉおおおお――! どうせ私は作法も知らないド平民ですよーだ!
悔しいが今は言い返せない。だから修行を頑張って、絶っっ対中松に「申し訳ございませんでした伊織様、素晴らしい偽婦人に成長なさいましたね、よよよ」と言わせてやる!
土下座させてやるんだからーっ!
自転車で五分もかからない程の近距離を車で送迎してもらい、三成家に辿り着いた。相変わらず大きいが、本家と比べると小さい屋敷だ。
小さいといえども、お屋敷であり広大な敷地に一矢の為だけに建てられた家。中松も住み込みで暮らしていて、コックを始め数人の召使が出入りしている。広いゲストルームもあり、かくれんぼが出来そうな程に広い家だ。無駄な調度品等は無く、白く立派な家に門構えが凄い。一矢所有の高級車二台と、中松が利用している送迎用のリムジン車が一台で、合計三台が敷地内に停められている。それだけ停めてもまだ庭は十分なスペースがあり、美しい緑が広がっている。
一階が洋食店舗で、狭い二階と三階が住居で大家族の私の家とは大違いだ。
それにしても初恋の男は、かなりやっかいな相手だと思う。ヤツとどうにかなるという事は想像していなかったけれど、ニセ嫁を引き受ける事になったのはもっと想定外。チャンスをモノにと考えていたけれど、一矢みたいなお金持ちの本当のお嫁さんになるなんて、平民の私には絶対に無理だと思えてくる。
上を目指せばお金持ちのクラスはもっとすごいのがいるとは思うけれど、三成家は十分私からすれば凄いし、家庭内がギスギスしているのも信じられない。色々私とは釣り合わないし、馴染める自信も無い。
グリーンバンブーで働き始めてからは、滅多に一矢の家に来ることは無くなった。久々に入る豪邸に若干尻込みしつつも、お邪魔致します、と背筋を伸ばして入った。
ピカピカに磨き上げられた白い大理石。石の種類も名前も知らないような豪華な大理石が広い玄関を彩り、その上に広がる廊下、部屋、階段、天井からぶら下がるお洒落なライトに洗礼された空間が見渡せる。
初めて『私だけの家が出来上がったから、特別遊びに来させてやってもいいぞ』と嬉しそうに言われてお邪魔をした日は、一体何年前だっただろうか。変わらず美しい内装に、無駄なものが一切なく、ゴミひとつ落ちていない。あああ、こんな屋敷の主の嫁とか、ニセでも荷が重いよおぉお。
何度かお邪魔した事はあるが、バスルームを借りるのは初めてだから場所を案内してもらった。
「バスルームはこちらです。湯をはった方がよろしいでしょうか?」
「ううん、シャワーを借りられたらそれでいいの。着替えとタオルも持ってきたわ」
「伊織様がご持参の貧相なお召し物は、ご遠慮いただきます。下着から全て、こちらで用意したものをご着用下さいませ。タオル類もこちらでご用意したものをお使い下さい」
「ひ・・・・んそぅ・・・・!」
中松の言葉に目を剥いた。貧相で悪かったわね!
これでもデパートで奮発して買ったお気に入りのワンピース持ってきたのよっ!
「幾ら偽物とはいえ、貴婦人になるにはまず安っぽいお召し物から改めていただきます。姿勢を正す為にコルセットもご着用いただきます」
安っぽい・・・・散々な言われようだ。
「コルセット? えーっ、苦しいから嫌」
「ご冗談を」鼻で笑われた。「では、立派なニセ婦人になる為に、無理やり俺がコルセットを着用させてもよいという見解でございますが、異存はございませんね?」
「・・・・自分で着ます」
中松なら本当にやりかねない。そして私の身体を値踏みして『貧相でござますね、ふっ』とか言って鼻で笑うに違いない。
ちぃくしょぉおおおおお――! 中松めー! 今に見てらっしゃい!
想像だけで腹が立った。恐らく物凄い形相で中松を睨んでいたと思うが、構うもんか!
「シャワーなら十五分以内にお済ませ下さい。油臭い髪を洗うようでしたら、後で俺が整えて差し上げます。まずはお召し物の着用までをお済ませ下さい。では、外で待機しております。全てが終わられたらお声がけをお願いします」
持ってきた着替えは回収され、スマートフォンも一緒に取り上げられた状態で、中松はバスルームから出て行った。
中松のクソ鬼!
あら、いやだ。仮にも淑女な令嬢になる練習を行っている女が、クソとか言ってはいけませんわね、おほほ。
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