006 鬼執事に絶賛しごかれ中でござーます。
一矢が高校の頃に分家が出来てからは、本家に寄り付いてもいない様だ。一矢にとっても息が抜ける分家ができたのは、彼のお母さまがご病気で亡くなってしまってからだと聞いているし、体よく本家から追い出されたのだろうけれど、結果良かったのだと思う。考えれば考えるほど、三成家は複雑だ。私には理解できない。
「中松。送らなくてもいいよ。自分で帰れるから」
「偽物とはいえ、仮にも三成家のご婦人になられるのでございます。自転車通勤は止めて頂きますよ。ご近所の皆様に笑いものにされます」
「・・・・買い出しにも使うんだけど。自転車。ここに置いて帰ったら困るよ」
「後で店の方に届けさせます。では、参りましょう。営業時間終了の午後三時に、再度迎えに上がります。よろしいですね」
「は、はあ・・・・」
「たるんでますよ! しゃっきりなさってください」
スパルタ中松は、最後の最後まで厳しく私の姿勢を正した。
中松の、鬼!
私は先陣を切って歩き出した中松の背中に向かって、見つからないように思いきりアカンベーをした。
※
鬼中松に店まで送ってもらい、開店と同時にコック服に着替えてグリーンバンブーのキッチンに立った。
「聞いたよー。いおちゃん、イチのヤツと結婚するんだって?」
田村銀次郎――通称ギンさん――に早速おめでとう、と言われた。
ギンさんは私が産まれる前からこの店で働いているコックで、幼少期私の家に入り浸っていた一矢の事もよく知っている。
洋食だけでなく、繊細な料理が得意でいつも美味しいまかない(料理人が自分たちの為に、残り物やありあわせで作る料理の事)を作ってくれる。年齢は五十五歳でやせ型、背は一般的な五十代の高さ。最近白髪が多くなってきた。身だしなみは綺麗でフレンドリーなおじさんだ。
ギンさんの持ち場は特に決まって無い。どのポジションでもこなせるので副料理長みたいなものかな。ちなみに料理長は父。あんなアホ父でも、一応三代目を引き継いでいるし、料理人としては立派で尊敬している。アットホームな洋食屋だから、特別感は無いけれど。
グリーンバンブーは、料理長の父がまず矢面に立つ。ホールから見えるオープンカウンターから全体を見渡せる真ん中が揚場になる。
私はずっと通路を挟んだすぐ横に設置された洗い場から仕事を見てきたけれど、この店は本当に毎日が忙しい。洋食店なのにコックは多い時で揚場に一人、焼き場に二人、オープンカウンターのデシャップ(配膳)に一人、洗い場に一人。客席は大きな四人掛けテーブルが六席の合計二十四席の小さなホールはたった一人で全てこなさなければならないから、スタッフ一人一人の負担が大きいけれど、連係プレーで乗り切っている。無駄な人件費を割かない分、創業当時からの変わらぬ味と低価格で提供を続けている。
お客様がグリーンバンブーに来てくれて、私達の作った料理を食べて満足そうに帰っていくのを幼い頃から私は見ていた。何時か立派なコックになって、私が作った料理を食べてもらいたいと思うのはこの環境で育った私にとったら当然のことだった。
繰り上がりだけれど、サポートでしかやった事のない焼き場をようやく一人で任されるようになったものだから、仕事は絶対に頑張りたい。まだオムライスの卵まきが上手くないから、早くお父さんやギンさんみたいに、綺麗なオムレツを上手に作れるようになりたいと思っている。
まずは焼き場を完璧にマスターして、次は揚場を教えてもらうんだ!
でも今。大変な問題に直面している。
焼き場としてのポジションをこなすために日々の料理の修行もさながら、三成家のニセ嫁修行も同時進行しなくちゃいけない。
この店を守るためとはいえ、初恋の男と偽装結婚しなくちゃいけなくなってしまった原因を作った両親はほんのちょっとだけ憎いけれど、こうなった以上はニセ嫁の仕事も両方頑張ろうと思う。
成り行きとはいえ、一矢の役に立てるなら嬉しい。
昨日は『偽装結婚』という最悪なフレーズに打ちのめされたけど、逆に言うとチャンスという事になる。これはモノにせねば、女がすたる。
こんなチャンスは二度とない。離婚のリミットまでに本当に一矢に私の事を好きになってもらえるように頑張るのだ。
もっと素直になる努力しよう。偽装結婚かーらーのーっ、本物のお嫁さんになれるように!
そうこうしているうちに、午後三時となった。鬼の中松がきっかりの時刻に迎えに来た。私は鉄板の掃除を終えたばかりで、まだ着替えもできていない。今日のグリーンバンブーは、土曜日だから特に忙しかった。平日も勿論忙しいけど、グリーンバンブーは安くて美味しく評判のよい店のため、遠方からのお客様が土曜日は押し寄せることが原因だ。
「伊織様、お迎えに上がりました」
「ちょ、ちょっと待って! まだ着替えてないっ」
油臭いからシャワーも浴びるつもりだったのに、そんな暇は無かった。
お約束の時間ですので、と目の笑ってない笑顔で言われ、仕方なく着替えとシャンプー類をバックに詰め込んで中松の運転する車に乗り込んだ。ああ・・・・自分の身体から発生している油臭が高級車に移らないか、心配だよおぉ。
「中松。申し訳ないけれど、シャワー浴びさせて欲しい。キッチンの仕事終わったばかりだから、油臭いと貴婦人としてよく無いと思うの」
最もらしい言い訳を考え、提案してみた。
数ある作品の中から、この作品を見つけ、お読み下さりありがとうございます。
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