005 ニセ嫁修行、始めました。
「立ち姿がなっておりません!」
びしっ。
「歩く姿はもっとエレガントに!」
びしっ。
「仮にも一矢様の嫁になろうともお方が、その様な事では困りますよ!!」
びしーっっ。
ここは一矢家。結婚(ニセの契約婚だけど)をすると本家に一矢が堂々宣言したため、私の紹介・お披露目を大々的に婚約披露パーティーという名目で、どこかのホテルを貸し切り、約一か月後に開催する事が決まってしまった。翌日から早速私は、花嫁修業ならぬニセ嫁修行をさせられる事になった。高級ドレスを一枚も持っていない上、マナーや作法も知らない私に、一矢のお付きの中松がビシバシ特訓を付けてくれているところ。
ちなみに、びしっ、という効果音は私の心が中松のムチで叩かれている音よ。
中松はめちゃくちゃ厳しいのよ――っ!
平民が上流階級のお方と結ばれるには、育ちが違いすぎてなんか早くも挫けそうで色々無理ざまーす。
中松は一矢と同じく美しい容姿で、黙っていたらイケメン執事みたいに見える。どこぞの執事カフェやバーなんかにいそうで、執事の仕事を何でもできちゃう強者。
中松は一矢家に仕えているから、かなりの短髪黒髪を何時もきちんとセットしていて、高身長に鋭い目つきで醸し出すオーラが怖い。八歳年上で、私達が九歳の時に彼を拾ったのが出会い。中松は、三成本家の門外辺りで、ボロ雑巾のようになって倒れていたの。可哀想だから助けてあげて、って私が一矢に頼んで一緒に助けたのがきっかけ。
聞く所によれば何でも『シマ』を追われて『コウソウ』に巻き込まれたのだとか。彼の経歴はよく解らないけれど、とにかく強くて頼もしく、そして鬼の様に厳しい。
『シマ』を追われて――というのは、鬼ヶ島のことだったんじゃないかな。彼はきっと、鬼ヶ島出身なのだ。今日改めて思う。
「いいですか、伊織様、貴女が勝手に恥をかくのは構いません。しかし、一矢様に恥をかかせたとあれば、俺は貴女を赦しませんよ」
ひいいいー。やっぱり中松怖いー。鬼だあー。鬼ヶ島出身って、戸籍謄本に乗せておいてよー!
「さあ、もう一度線を踏み外さないように歩いて下さい」
えー、まだやるのおー?
「顔! 貧相な顔がたるんでおります! もう少し精鋭な顔つきはできませんか!?」
貧相で悪かったな!
思わず中松を睨んだ。
「できるじゃありませんか。さっきより随分マシなお顔になられましたよ。さ、もう一回」
パンパンと手を叩いて修行の続きを促し、中松が笑った。目がちっとも笑っていない、ブリザード笑顔で。
「中松ってさあ」私は貼られた白いテープの上を、お腹に力を入れながら歩いた。「私の事嫌いでしょ」
「伊織様が、もう少し上品な方なら良かったのですが」
中松は顔色ひとつ変えずに、好きとも嫌いとも言わずにそう述べた。
悔しい――! 腹が立つけど中松の言う事はもっともで、付け焼刃でもきちんとしたことができなきゃ、一矢に恥をかかせることになってしまう。
幾らニセだからって、ちゃんとしなきゃ。わかってはいるけど、やった事がないから失敗ばかり。だから、ニセ嫁修行というワケ。
あれから三十分が経った。自分の中では始めた頃よりはましに歩けるようになってきたと思うが、どうだろうか。時計を見ると午前十時四十五分を過ぎていた。もうすぐグリーンバンブーのランチ営業時間だ。店は十一時開店となっている。
「中松、ごめん。時間だからもう帰るね。ランチが始まっちゃう」
「ああ、グリーンバンブーに出勤ですね。もうそんな時間でしたか」
「それじゃあ、お疲れ様」
お腹に力を入れる事を忘れないようにして、中松に微笑んだ。少しは優雅に微笑むことができるようになったかしら。おほほ。
「今の所はまずまずでしょう。とても合格点を付けられたものではございませんが」
しかし中松の評価は辛辣だった。
「まあ、伊織様の努力だけは認めて差し上げます。これからも一矢様の為に頑張って下さい。くれぐれも粗相が無いようにこの中松が――」
「もうわかったから! 時間が無いから帰らせて」
説教が始まりそうだったから、途中で遮った。中松の説教は長いし、くどい。
「お待ちください。お送り致します」
中松も一緒に歩行練習にあてがった部屋を出てきた。お金持ちの家だから部屋数が凄い。その中に、広いゲストルームまで数に含まれている。しかも本家と違って分家でこの広さ。本家と分ける為にわざわざ建てられた、一矢の為だけの家。聞こえはいいかもしれないけれど、一矢は後妻の子だからという理由で、同じ父から生まれて血が繋がっているにも関わらず、お姉さまたちには可愛がってもらえない。わざわざ家も分けられ、分家が与えられている。男は長男の一矢しかいないので、お父様としては一矢を跡継ぎとして迎えたいようだけれど、お姉さまたちが幅を利かせているため、再婚した当初から一矢とお母さまは邪魔者扱いだ。
家族に邪険に扱われ、学校でも意地悪をされる――だから一矢は余計ひねくれるのだと思う。
私の家族はみんな平等でみんな仲良しだから、一矢家のやり方は正直言って嫌い。だから一矢も幼い頃は本家には帰らず、私の家で何時もご飯を食べたりしていた。
余り物の洋食でも、仕方ないからこの私が食べてやる、みたいな偉そうなことを言いながらも、嬉しそうにしていたひねくれ者。幼い頃はおかずのエビフライの数で揉めたり、争奪戦の中で一緒に育った。そんな昔から知っている彼のお嫁さんになる事が夢だったが・・・・何もこんな形で叶わなくてもいいじゃないか、と愚痴を言いたくなる。
数ある作品の中から、この作品を見つけ、お読み下さりありがとうございます。
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