043 お互いに初めての夜は、大好きだと伝えたい。
「ようやく、捕まえたぞ。二十年ほどかかってここまで来たのだ。お前を追いかけるのはもう終わりにしたい」
「一矢・・・・」
「伊織、私はもう、お前を離すつもりはないぞ。これからはずっと私の専用だ。私の、本当の家族になって欲しい」
「うん。なるわ。だって――」
私の夢は、グリーンバンブーで一人前の料理人になる事と、一矢のお嫁さんだから、って伝えたら、旦那様は顔中くしゃくしゃにして喜んでくれたの。
ぎゅっと抱きしめられた重なった肌から、温かい熱が伝わる。
もう一度、もう一度、と、何度も繰り返してキスをする。
「生意気な伊織もいいが、こんなに私が好きだと言って頬を染める伊織もいいな」
「ばかっ」
「お前は、どんなことをしていても可愛い。私が、初めて好きになった女だ。可愛くない訳が無い」
「何時も不細工ってバカにしてた癖に・・・・」
「好きな女性は苛めたくなるというのが、男の性らしいぞ。中松情報だ」
あぁー・・・・中松情報。それ、なんか納得。
「でも、好きな男に不細工とか言われたら傷つくし!」
「そうだな、悪かった。だから初めて風呂場で水着姿を見た時は、素直に褒めたであろう。お前の可愛い水着姿、しかと堪能させて貰ったしな」
「眼鏡無いのに見えたの?」
「これだから伊織は」ふっと優しく笑われた。「眼鏡だけとは限らんだろう。プールに入る時、目の悪い者は裸眼で入るのか?」
あっ。コンタクト・・・・。だからあんなに見えている風に褒めたのね!
「じゃあ、ずっとコンタクトして・・・・?」
「そうだ。見えてないと思っていただろう」
「ばかっ! ちゃんと言ってくれなきゃ!! 見えてないと思っていたのにっ!」
見えていないと思っていた一矢に隅々まで見られていたのだと思ったら、急に恥ずかしくなった。
「伊織のそういう素直な所」ぽん、と頭を撫でられた。「昔から好きだぞ」
「んーっ、ばかっ!」
「私にばかと面と向かって言えるのは、お前くらいのものだぞ」
「そうだね」
二人で見つめ合って笑った。見つめ合うと、しん、と沈黙になる。だからわざと何時もの雰囲気に持って行ったのに、もう終わってしまった。
「伊織」
あんなことがあったから、最小限に露出は控えているけれど、肩の部分はレースで肌が見えている。遠慮がちではあるけれど、そこを一矢に捕まれた。
「こんな事があった後に、本来踏み込むべきものではない事は承知の上だ。嫌ならすぐにやめる。でも・・・・私はずっと待った。お前を手に入れる事だけを願い、ひたすら待ったのだ。伊織がいい返事をくれた以上、できればその先に進み、夫婦としてやっていきたい。お前に、触れても・・・・良いか?」
真剣に、力強い目で私を見て、言ってくれた。
初めてだし、怖くないと言えば嘘になるけれど、でも、気持ち悪い男たちに捕まれたままの身体でいたくない。
一矢が私を好きでいてくれたと、それが解って本物の夫婦になるというなら、越えなきゃならない。
怖がらずに、一矢と結ばれたい。
私は黙って頷いた。一矢は優しく私を抱き上げ、そっとベッドに下ろしてくれた。
「乱暴な事はしないが、優しくできるか解らない。最善は尽くす」
「一矢・・・・」
「伊織、愛している。チープな言葉では足りないくらい、お前を・・・・幼い頃から、ずっと、愛している」
「わ、私も・・・・一矢を・・・・っ」
重なり合う手に、角度を変えながら何度も交わしたキスは、熱情を孕んだものへと変化し、私達二人を盛り上げる。
一矢と、目が合う。
今は、私を映してくれている。でも、その前は――?
嬉しいと思う反面、同じ様にその腕に抱き、誰かに愛を囁いていたのかと思うだけで、胸がつまった。
気が付くと、泣いていた。醜い嫉妬できっと嫌な顔をしている。見られたくないから慌てて顔を覆ったが、一矢に腕を取られた。「性急にやりすぎたか? 何せ・・・・初めてなものでな。気が付かなくて悪かった。本気で嫌がらせ、泣かせたりするつもりは無かったのだ。嫌な思いをさせてしまって、すまない」
「はっ、初めて!?」
今の言葉に、耳を疑った。
「お前も初めてなのだろう。私も初めてだが、何か問題でも?」
「あ、いや・・・・無い・・・・けど」
じっと一矢を見つめた。
「何だ」
「もしかして、一矢ってドーテ・・・・」
「その屈辱禁句のワードを言うな!」私の言葉をブッた切られた。「私の初めてはお前でないと嫌だとゴネて言い出せずにいるうちに、こんな年齢になってしまったのだ! 本当はもっと早くにお前としたかったのだ! それの何が悪い!? こら、伊織! 何を笑っている!!」
思わず嬉しくて笑ってしまった。本気を出さなくても女性なんかよりどりみどりの一矢が、私を初めて抱くためだけに自身の純潔を守ってくれていたなんて。信じられない!
「笑っているのはね」一矢の胸に飛び込んで、彼をぎゅうっと抱きしめた。「嬉しいからだよ! さっき、顔も見えない女の人に嫉妬していたの。一矢はどれだけの女性とこんな風に過ごしてきたんだろうって考えたら、悲しくなっちゃって」
一矢を見つめた。「あの・・・・今日まで純潔を守ってくれて下さって、嬉しいです。旦那様」
もう、ニセってつけなくていいのよね。
本当の、本物の旦那様に・・・・なってくれるのよね?
「伊織」
一矢が真剣な眼差しを向けた。男の顔。私の初めて見る、欲望を孕んだ瞳をした、男の顔――
「早くお前を、私だけのものにしたい。いいか? きっと無理を強いると思う。途中で止めれなくるだろうが、それでも――」
今度は私が一矢の台詞を奪った。口づけして遮ってやったの。「絶対止めないで。私を、早く一矢のものにして。繋がりたい。貴方と・・・・」
もう一度、キスをした。たっぷりと愛しさを込めて、貴方に私の気持ちが届くように。
「ねえ、一矢。キスも・・・・初めてだったの?」怖かったけど、思い切って聞いてみた。
「そうだ。お前と同じだ。あの時の伊織とのキスが、私の初めてだ。今まで誰にも触れさせたことは無い。お前以外、必要ないからな」
「嬉しい・・・・」
ゆっくり、ゆっくり、二人で抱き合った。
「伊織」
甘く名前を呼ばれ、同時に切なく身体がきゅんとなった。
一矢。
「一矢、大好き」
二十年近くの想いを、たった一言で表すには難しいけれど。
愛しく思う気持ちは本物だから。
一矢はきゅっと唇を噛み締め、何かに耐えるように声を絞り出した。「あまり可愛い事を言うな」
「だって・・・・」
「私だって、お前をずっと前から愛している――」
甘い言葉と共に、彼が降って来た。
貴方だったら、この先に進んでも、怖くない。きっと、幸せだと思うから。
重ねた指に力を込め、私は一矢と結ばれた。
※
それからも旦那様(本物)の溺愛は続きました。
旦那様も事を致すのは今日が初めてだったので、心ゆくまで私の身体を貪り尽くし、ご堪能されていらっしゃいました。はい。
その後、汗などで汚れてしまった私を、旦那様(本物)が甲斐甲斐しく抱き上げ、お世話するべく、屋敷の広いお風呂場に連れて行って下さいましたのでございますです。
旦那様(本物)は私が虫の息で動けない事をいいことに、身体を洗ってやろう、とかなんとかおっしゃいながら、最初は本当に洗うだけだったのに、趣旨が変わって執拗に攻め立てられたのでござーました。
結果、お風呂場でも・・・・。広いって、罪です。私の家くらい狭かったら出来なかったのに・・・・。
私、今日がハジメテナンデスケド。解ってます? 旦那様。(本物)
ううう、困りました。旦那様(本物)の溺愛が、止まりません。
明日、休みで良かったです。
・・・・もう、立てません。
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