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039 旦那様(ニセ)のスピーチが始まりました。

 美緒と中松に手伝ってもらって大急ぎで支度を整え、何とか控室で待機していた一矢の傍に向かう事が出来た。

 予備のドレスも、先ほどのものと遜色ないものを選んで持ってきている用意の良さに、美緒と感動したほどだ。中松は本当にキングオブ執事だと思う。


 現在、六時の開場時間を回った所だから、問題のない時間だ。

 既に中松から事情を聞いているようで、控室に入って初見の一矢は本気で怒り、険しい顔をしていた。しかし私の姿を見るなりこちらへ飛んできて、中松や美緒もいるのに人目もはばからず、ぎゅうっと抱きしめてくれた。



「伊織! 無事で良かった! これだけのパーティーにしてしまったものだから客人の相手を断れず、中松に任せきりで、伊織が大変な目に遭っているのに私がすぐに駆けつけてやれなくて、本当に悪かった!」



 一矢が私を本気で心配してくれていて、強い力で抱きしめてくれた。実は、一矢に抱きしめられて怖いと思うかもしれないって思ったけれど、身体は震えずに大丈夫で良かった。一矢と中松は、信頼しているから大丈夫なんだと再認識した。


「心配をかけてごめんなさい。黙って勝手に席を離れてしまったのは、杏香さんにお祝いを渡して下さるから、部屋まで来てほしいって言われて・・・・。中松に一言声を掛けて行くって言ったのだけれど、すぐだからって、そのままノコノコとついて行ってしまったの。これから、もっと気を付けるわ」


 経緯を説明した。


 

「伊織は何も悪くない。義理の姉になる人間にそんな事を言われたら、伊織の立場なら私の事を考え、断れなくて当然だ。伊織とずっと一緒に行動するべきだったのに、人目も多いから何もできないと思って、中松に任せきりだった私の配慮不足が原因だ。危険な目に遭わせてしまい、本当にすまなかった」


「いいの。大丈夫。もう謝らないで」


「何処も怪我は無いか?」


「平気よ。中松が助けてくれたから」


 男に無遠慮に肌に触れられ、怖がった事は一矢に知らせちゃいけない。言うと、きっと悲しませる。

 野良犬に噛まれたとでも思って、忘れてしまおう。


「今後、伊織が危険に巻き込まれたりしないよう、今日はきちんとけじめをつける。挨拶のスピーチを、私の傍で聞いていてくれるか」


「ええ。聞いておくわ」


「それから今日、屋敷に帰ったら二人きりで話がしたい。これからの事、色々考えよう。大切な話だ」


「はい」


「よし。そうと決まれば、先ずはパーティーで伊織をきちんと紹介しなくてはな。ついてきてくれ」


「はい!」



 ぐっとお腹に力を入れて、控室からパーティー会場へ一矢にエスコートされながら歩んだ。


 会場内に入ると、歓声と拍手が起こった。スピーチのできる小舞台のようなものが中央に設置されているので、先ずは一矢がそちらに向かった。マイクスタンドが一本立っていて、話ができるようになっている。私は隅の方で待機するために、中松とさっと移動した。

 立食パーティーではあるけれど、まずはスピーチを聞いて頂きたいという配慮から、ある程度の座席が用意されている。用意された席は満席で、結構な会社の社長様であったりとか、有名な方やテレビで顔を見た事のある会長なんかもいらっしゃった。



 なんか・・・・私、お呼びで無い。大丈夫なのかしら。ニセってバレたら大変なことになるわ。気を付けなきゃ。



 一矢がステージに立つと、照明が絞られて彼にピンスポットが当たった。


「本日はお忙しい中、わたくしの婚約披露パーティーへお集まり頂き、誠にありがとうございます。本来なら結婚式で発表すれば良い所を、わざわざお越し頂きましたのは、少しでも早く皆様の耳に私事をお伝えしようとした次第でございます。重要な発表もございますので、そのままご清聴頂けると幸いでございます」


 はー。スラスラと原稿も無しに、よく喋れますこと!

 流石、旦那様。(ニセ)


 

「これまで、未熟な私を一人前にすべく、皆様には多大な深い愛情をかけて頂きました。そのために今まで数々の素晴らしいご縁談や、ご自身の宝物であるご令嬢をご紹介頂いておりました次第でございますが、幼少期より結婚するなら、と心に決めた女性がおりました。今回発表させていただく女性がそうです。ご紹介いたします。緑竹伊織さんです」


 途端に会場がざわついた。端で待機していた私に、ピンスポットが当てられたので、一斉に視線が私の方へ・・・・。



「伊織、こちらへ」



 手を差し伸べてくれたので、私は頷いて一矢の下へ歩いた。

 この日の為に、この視線の中を歩くためだけに、ずっと練習してきた。




――歩く姿は、エレガントに!




 鬼に散々しごかれた日々。中松の言葉を思い出し、お腹に力を入れて綺麗に歩いた。高いヒールで歩いても、こけたりしない。美しい令嬢を演じて見せる。

 一矢の手を受け取り、皆様の方を向いて微笑むと一斉にフラッシュがたかれた。

 ひいいいー。写真撮られるなんて聞いてないーっ。


「彼女――緑竹伊織さんは、私の幼馴染です。幼少期より、ずっと孤独だった私に愛情をかけてくれ、時には友人として励まし、時にはよき理解者として傍にいてくれました。彼女なくして、今日を迎える事はできませんでした。彼女と、彼女のご両親、関係者の方々には本当にお世話になりました。心から感謝しております」



 トン、と腰辺りを叩かれた。いよいよ私の挨拶の番ね。



「今、一矢さんからご紹介頂きました、わたくし、緑竹伊織と申します。小さな洋食屋を両親と共に経営しております。わたくしの家柄は全く一矢さんとは釣り合いません。しかし、彼を誰よりも理解し、支えられるのはわたくしだけだと自負してございます。一矢さんの今後の活躍を、精いっぱい支えて参る所存でございます。どうか、温かくお見守り下さいませ」


 ほんの少しの短い言葉を話すだけで、汗が噴き出た。グリーンバンブーで流す汗とは大違いだ。

 よく言ってくれた、と優しい眼差しを向けてくれた一矢に、ぐっと腰を抱かれた。

 ピッタリと寄り添い、仲睦まじい本物の夫婦のように皆様の目には映るだろう。でも、中身はニセ物なのに。話している内容は本当にあったことだから事実だけど、本心は――縁談を上手く断る為の、ニセ物。



「さて、ご承知の通り、私は本家と犬猿の中で御座います。といいますのも、義理の姉たちが執拗に私を虐め、筆舌に尽くしがたいほど、散々な目に遭わされて参りました。それを救い、唯一助けてくれたのが、伊織です。彼女と彼女の両親だけが、私の支えになってくれました。私を何時も励まし、勇気づけ、支えてくれた伊織を、心の底から愛しております」



 真剣な目で私を見つめ、更に前を向いて物怖じすることなく言ってのけた!

数ある作品の中から、この作品を見つけ、お読み下さりありがとうございます。


評価・ブックマーク等で応援頂けると幸いですm(__)m


次の更新は、6/26 0時です。

毎日0時・12時・18時更新を必ず行います! よろしくお願いいたします。

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