031 証拠を耳揃えて提出する鬼執事。
「もおーっ! ハゲたらどーしてくれんのよおおーっ!」
何度もこの屋敷に来た事のある中松が、レストルームに案内してくれた。中は広く、ピカピカの大理石が光っている。どうしてこうお金持ちの家は、調度品から扱っているものまで高級品ばかりなのだろうか。見慣れた壁とか、安い材質は使わないのだろうか。建設費はいくらくらいするのだろうか。計算したら恐ろしい金額になるのだろう。添え付けの鏡を見ながら、小声で怒鳴った所だ。
悲惨な状態の髪型を、中松が即席でヘアアレンジをしてくれた。携帯用の櫛に、ワックスとピンは私の髪型が崩れたらいけないと思い、持っていてくれたようだ。大変用意が良い。流石、執事の中の神。キングオブ執事!
「大丈夫でございますか?」ちぎられた髪を誤魔化すようにワックスを塗り、中松の綺麗な指が私の髪をあっという間に整えていく。
「なにがっ」
「花蓮様に、派手に痛めつけられたでしょう」
「別に。頭が引きちぎれるかと思ったけど、中松が助けに来てくれたから大丈夫よ。ありがとう」
とりあえずお礼は言っておかなきゃね。神松のお陰で助かった訳だし。
「心配でございましたから」
「粗相するとでも思った?」
相変わらず信用が無いわね。
「いいえ。そうではございません。今日の伊織様は大丈夫だと思っておりましたから。そうではなくて、前からあのご令嬢――花蓮様は猫かぶりだと思っておりましたし、あまり良い噂は聞きませんので、伊織様に何かすると思いましたから目を光らせておりました」
「見事ね。読み通りよ。はい、録音機。見つかる前に渡しておくね」
実は中松から、一矢には内緒でボイスレコーダーを持つように言われていたの。三条家に入ってからドレスの内側に付けた録音機を回し、今までの会話を録音していたのだ。それをストップして彼に渡した。
「いいのが録れているわ。あのご令嬢に、クズ呼ばわりされたし」
「それはまた」中松は不敵な顔で笑った。「お灸を据えなくてはいけませんね」
出た! 悪魔の鬼松が!
「さあ、応急処置ですが、セットが出来上がりましたよ。そろそろ戻らなくては、一矢様が怪しみます」
手際もいいし、新しいアレンジも応急処置とか言いながら綺麗だった。
この男は本当に何でもできる。出来ない事はないのかと聞きたいくらい、何でも完璧にこなしちゃう。腹の立つ男だ。
「そうね。随分時間も立っちゃったし、心配かけているわよね」
「しかし、心配ですね。ボイスレコーダーが早速役に立つかもしれないので、用意だけはしておきます」
さっき渡したボイスレコーダーからマイクロSDを抜き取り、部屋に入る前の辺りからすぐ再生ができるようにしてくれた。
「足もかけられたのですか」
前後のやり取りを軽く聞いた中松が、呆れた顔を見せた。
「そろそろ本当に戻りましょう。まあ、恐らくあの令嬢は嘘泣きで三条様に泣きつく事でしょう。そうなったら、早速これを聞かせましょうね。お灸を据えるかどうかは、相手次第です」
神松は鬼の笑顔で微笑んだ。怖いんだぁー、この笑顔。マジで目が笑っていないから。
どうやったらこんな顔ができるんだろう。目の奥の笑顔の線が、どこかで切れてしまったのだろうか。
「さあ、行きますよ」
促されたので頷き、レストルームの扉を開けようとしたその時――
「安心しろ。お前は、俺が絶対に守ってやる」
低い中松の囁きが耳をくすぐった。
「えっ!?」
「さあ、早く。一矢様がお待ちです。参りますよ」
ぼそぼそ低い声で話すものだから全然わかんないけど、お前を守ってやるとか言わなかった?
中松って・・・・もしかして、いい奴だったりして!?
今回の騒動は、少しだけ中松の事を見直す案件になった。
最初に案内された部屋に中松と共に戻ると、彼の読み通り花蓮様は泣いて三条氏に縋り付いていた。
酷い暴言を吐かれた上に、誰にも叩かれたことの無い頬を伊織様にぶたれた、と報告しているのだ。おいおい、こっちは大事な髪の毛を、思いきり引っこ抜かれたんだが?
「伊織・・・・これは一体どういう事だ! 何故、花蓮が泣いて戻ってきたのだ!?」
一矢は全面的に花蓮さんを信用しているのか、三条氏の手前叱責しているのか、それはどうか良く解らなかった。
ただひとつ私が解っている事は中松が居なかったら、悪のご令嬢様に罵声を浴びせられて髪の毛まで引きちぎられたのはこっちだというのに、濡れ衣を着せられて大変なことになっていたという事だ。
明日の神松のお弁当、ミートボールひとつ増量しよう。そして、当分は神松と呼び湛えよう。ありがとう、神松!
髪を守ってくれたから、神松じゃなくて髪松と呼んでもいいわね!
「私の娘を泣かせるとはどういうつもりだね、緑竹さん」鋭い目が光った。
「お言葉ですが、三条様、一矢様。無礼な態度を取られた上に暴言を吐かれたのは、伊織様の方でございますよ。伊織様には、何の非もございません。ここに証拠がございますので、どうか聞いて頂けますでしょうか」
――証拠はあるのですか?
中松の言葉がよみがえる。
ああ、この男はこうやって人を追い詰め、降りかかる火の粉を自ら守り、払う術を持っているのだ。きっと一矢も権力争いやら様々やり込められる事が常々あるのだろう。それを事前に察し、守っているのが中松なのだ。彼等が固く信頼し合っているのが、特に一矢が中松を傍においているのが、今回の件で良く解った。
彼は、デキる。出木杉君クラスにデキる男だ。
青ざめて泣き喚く花蓮さんを無視し、中松は問題の箇所が録音されている箇所を再生して流した。さっきの部屋に入る辺りから、足を引っかけられた上に暴言を吐かれ、髪の毛を引っ掴まれて酷い目に遭わされた事が、全て露呈した。足りない部分は、中松がご丁寧に解説してくれた。
流石、神松。鬼のように容赦が無い。
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