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025 鬼退治を決意しました。

 翌日。昨日の様に失敗しない為に、遠慮なく一矢をゆり起こした。ニセ嫁修行に向かおうとする私を一矢が引き留めてくる。もう少し一緒に居てくれないか、と。


「ゴメン、無理よ。中松に叱られちゃう」


 六時からグリーンバンブーの開店時間前まで、私はニセ嫁修行を行う事になっているのだ。

 一分でも遅れようものなら、鬼松にどやされる。

 現在午前五時十五分過ぎ。まだ大丈夫だが、着替えたりメイクしたりする時間があるから、そろそろちゃんと準備せねば。


「どうしても行くのか」


 しかし一矢に抱きしめられていて、どうしようもできない。嬉しい反面、困っている。


「パーティーまでの一か月は、朝からみっちり修行なんだから、我儘言わずに我慢してよ。これが終わったら、もう少し時間取れるから」


「・・・・それまでの辛抱、という訳だな」


「そうね」


「・・・・仕方ない。手を打とう」


 しぶしぶ一矢がそう言って名残惜しそうに離れたのが、すぐにもう一度抱きしめられた。「やはり、行くな」


「ダメよ、行かなきゃ。中松に怒られるから」


「・・・・仕方ない」


 そうは言うが、なかなか離してくれない。三回くらい同じことを繰り返してようやく解放してもらい、ダッシュで隣の部屋に駆け込み、中松が既に用意してくれているドレスを身にまとい、お手洗いを済ませ、化粧をして髪を整え、修行部屋に向かった。

 中松は既に到着しており、私を待っていた。五分前到着だから、文句は無いだろう。

 それにしても、寸分の隙も無い男。オーラが半端ない。本気で怖いわ、この鬼。



「あのっ」


「伊織様、朝から開口一発で説教はしたくありませんが、先ずは挨拶です」


「おはようございます」


 深々とお辞儀をして、中松を睨んだ。


「もう少し上品に微笑むことはできませんか?」


 目の笑っていない笑顔で言われた。



「そんな事より、昨日のあれは何?」


「あれ、とは何でございますか」


 しれっとした顔で言われた。


「とぼけないで! 何よ、貸しひとつだからな、って!」



 今日、朝一番に聞いてやろうと思っていたのよ!

 羊の皮なんか被っちゃってさ! 鬼の癖に!!

 化けの皮、剥いでやるっ。


「何の事でしょうか」


「昨日お風呂場で水着を着る、着ないで一矢と揉めていた時、私に囁いて出て行ったでしょう。その時の事よ」


「覚えがございません」


 再びしれっと言われた。

 ちぃくしょぉおおおぉぉ――――! とぼける気ねっ!!

 そうは問屋が卸さないんだからっ!


 

「私はこの耳ではっきりと中松の意地悪な囁きを聞いたし、不気味な顔で笑っていたでしょ! 見たもの! この目でしかと!」


「証拠はあるのですか?」


「しょ・・・・証拠!? 私が聞いたって言っているのよ!」


「これはこれは」鼻で笑われた。「証拠も無いのに、人聞きの悪い事をおっしゃらないでいただきたいものです」




 があああー!




 ああーっ、今すぐドラゴンになりたい!

 強いドラゴンになって暴れて口から炎出して、この男の涼しい顔を歪めてやりたいっ!!

 頭も焦がしてハゲにしてやりたいわぁーっ!


 でもそんなの出来ないから、こうなったら土下座よぉー!

 見てらっしゃい、鬼松!



 アンタが言ったその台詞、私に囁いたって認めさせて、今までの数々の無礼、大変申し訳ございませんでした、伊織様ーって、土下座で謝らせてやるんだから――っ!



 でもこの鬼に今は叶わないから、修業を積んで絶対討ち取るわ!

 鬼退治よ、鬼退治!!



 今日は桃太郎の気分になった。

 嫌味が飛んで来たら、桃太郎の歌でも心の中で歌ってやりすごそう。


「今日は何をすればいいの」


 つっけんどんに言った。中松は私がキャンキャン吠える様子なんか気にもせず、先ずはテープの上を美しく歩いて下さい、と返してきた。

 私はコルセットを装着した状態でお腹に力を入れ、ひとつ深呼吸をして、いざ勝負、と喝を入れ、歩き出した。

 


「立ち姿がなっておりませんよ!」



 歩き出した途端、中松の叱責が飛んできた。

 びしっ、とムチで叩かれている姿が目に浮かび、鋭い音まで聞こえてきそうな気がした。


 さらにもう一歩踏み出すと、



「歩く姿はもっとエレガントに! 先日もお伝えした筈です!」



 びしーっっ。さっきより厳しく、ことさら大きな声が飛んできた。

 お腹に力を入れてもう一歩踏み出すと、



「背筋が曲がっていますよ! もっとしゃんとしてくださいっ」



 慌てて背筋を伸ばした。もう、どうやって歩いていいのか解らない。

 たった数メートルの白い線の上を一回歩いただけで、へとへとになってしまった。

 中松の叱責は昨日より酷いものだ。


 肩で息をする私に一瞥をくれた中松は、無情にも言い放った。「もう一度最初からやり直してください」


「はい」


 一矢の為だ。頑張らなきゃ。

 鬼に負けるもんか!


 キッと空を睨み、一度深呼吸。ぐっとお腹に力を入れ、背筋を伸ばして息を止め、テープの上を歩いた。


「やればできるじゃねえか」


 んっ、と思って鬼松を見ると、「姿勢が崩れてますよっ」と早くも叱責が飛んできた。


 慌てて姿勢を戻し、テープの上を歩いた。




 今、絶対、羊の皮取っ払っていた!

 聞いたもの。中松の悪魔の囁き!



 見てらっしゃい。この私がいつか化けの皮を剥いでやるわ!

 鬼退治、してやるんだからっ!!



 

数ある作品の中から、この作品を見つけ、お読み下さりありがとうございます。


評価・ブックマーク等で応援頂けると幸いですm(__)m


次の更新は、6/21 12時です。

毎日0時・12時・18時更新を必ず行います! よろしくお願いいたします。

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