023 旦那様(ニセ)と約束を交わしました。
「念のためだ。キスもまだというお前の事だから、何時、悪い男に騙されるか解らないだろう。ひょっとすると、という事もあり得るかもしれない。だから本当はきちんと書面にしておきたいくらいなのだ」
えっ。キスはまだって・・・・昨夜、旦那様に奪われてしまったのですけど?
お陰でもう経験しちゃったのよっ。寝たふりしている隙に!
あんな風に知らない間に経験しちゃうなんて、どーいうつもりなのか、今すぐ文句言ってやりたいわよおぉ――!
それ、今聞いてもいいのかしら。何でキスしたの、って!
まあ、ちょっと言いにくい雰囲気だから、折見てどういうつもりだったか聞こう。
勝手に奪っておきながら、平然としている旦那様、これ、どうよ?
普通キスしてもいいかって、断るよね?
お前のものは俺のもの、的な感じ?
それとも、マーキングのつもりなのかしら・・・・ああー、わかんない!
「書面なんか書かなくても大丈夫よ。ちゃんとニセ嫁期間中は、一矢のものでいるから。貴方を裏切ったりしないわ」
「約束だぞ」
「しつこい」
「絶対だからな!」
「解ったから。ほら、指切り」
小指を立てて一矢の前に差し出した。一矢は少し照れたような、複雑な表情を見せ、私に綺麗な小指を絡めてくれた。
きちんと洗い流す前だったから、一矢の手には私を洗ってくれた時の泡が付いていて、ちょっとぬるぬるして滑ったけれど、指切りで約束を交わした。
ふふ。一矢ったら、可愛い所があるのね。
「じゃあ、次は私の番よ。交代しましょう」
背中を洗い流して貰って、今度は私が一矢の綺麗な背中を洗った。
さっき約束を交わし、絡めた小指がくすぐったい。
また、新しく一矢と契約をしたみたいだ。
契約でも嬉しいなんて、バカみたいだけどね。
それでも、一矢が私と約束をしてくれて、嬉しかった。
だから私は、ちゃんとこの約束を守りたかった。
固く守るつもりでいたのに。
けれど、これから訪れる時間の中で、
まさか私の方が約束を守れなくなってしまうなんて、
この時は知る由もない――
※
私の方が着替えに時間がかかるからという事と、先に眠られては困るという事で、一矢がお風呂から先に上がってしまった。今度は、一矢の方が寝室で待ってくれることになった。
私はというと、今日も三成家の屋敷にお泊りになってしまったので、時間をかけて念入りに身体を洗いまくった。
もしも、万が一、何か間違いが起こっては困るから――考えるだけで、恥ずかしい。
だって一応、男女がひとつ屋根の下(ここはかなり広いが)で一緒にいて、同じベッドで眠るんだよ?
何も無い方がおかしくない?
まあ、私が貧相だから手を出すのを躊躇っているのかもしれないけど!
くうっ・・・・! どうせ貧相ですよっ!!
標準体型は今更どうしようもない。努力で何とかなるなら、とっくに頑張っているが無駄なので何もしていない。
はー。もっとナイスバディ―で、一矢が一瞬でメロメロになるような美人になりたいわぁー。
でも、きっと彼の周りにはそういう女性は山ほどいる。そんな中から女性を選り好みできちゃうもんねっ。わざわざ私みたいな女を選ばなくても、もっといい女性いっぱいいるでしょうし。
はあー。自分で言ってて悲しくなってきた。
もう、自分をディスるのは止めよう。これでも一生懸命頑張っているんだ。自分で自分を褒めてあげなきゃ。誰も褒めてくれないし。くすん。
明日からはグリーンバンブーのキッチン業務も再開するし、束の間、一矢と楽しくお喋りして、契約ニセ嫁をしっかり演じ切って、ほとぼりが冷めたら一矢と別れて、誰か私だけを愛してくれる一般庶民の殿方を探そう。お金持ちじゃない人。
何時までもバスタオル一丁ではいられないので、着替えの籠を見ると昨日とは別の召し物が用意してあった。オレンジや黄色のパステルカラーで花柄のパジャマ。私が好のむ柄を、中松はよく解っている。好きで似合いそうなものを買って用意してくれたんだろう。あの男は、そういう事が普通にできてしまう完璧執事なのだ。
新品で洗い立てのパジャマに袖を通し、大きな鏡に自分の姿を映し見た。ほんのり上気した頬に、洗い立ての髪の毛。少しアレンジをして長い髪をアップにして、後れ毛を出した。
一矢に少しでも可愛く思われたい。
あっ。今からメイクするのもおかしいかな?
どうなんだろう。
淑女のたしなみ・・・・誰か教えてー!
こんな風に貧相な私があれこれ悩んでも、きっと一矢にはお似合いの女性がいる筈。比べられたら堪らない。
不細工と思われている方がいいのかもしれない。綺麗にしても、却って貧相さが増してしまうのもよくないし。
私はボディークリームだけを塗って、化粧はせずに寝室へ向かった。
ドキドキする。あああ、どうしよう。心臓が・・・・破裂しそう・・・・!
エッチなんかしないよね? 大丈夫だよね?
昨日、何故か一矢にキスされちゃったけど、その後手を出してこなかったし、平気で私の横ですやすや眠っていたし、貧相な私なんかじゃ欲情しないってことよね?
ファースト・キスだったけど、どういうつもりだったのか全くもって謎だけど、それでも初めての相手が一矢だと、嬉しくなってしまう自分を何とかしたい。本来なら、文句バリバリの案件ですから!
とりあえず何もないだろう、大丈夫、を百回くらい繰り返してから寝室の扉を叩いた。しかし返答がない。
おかしいなと思って扉を開けると、昨日と真逆のシチュエーションだった。
一矢がベッドで、既に眠っていたのだ。
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