019 ニセ嫁、旦那様(ニセ)と料理してみる。
「キャ――! もう止めてっ!」
だあん!
「いや――っ!」
どんどん!
「一矢の指が切り落ちちゃう――うぅぅぅ!!」
ざくぅー!
現在、一矢家厨房。コックさん達を押しのけ、一矢がまな板の上にある玉ねぎと格闘中。涙で何も見えないみたいだから、恐ろしい包丁さばきで玉ねぎを切り落としている。半分に切っているだけなのに、だあん! だあん! と恐ろしい音をさせながら包丁を振り下ろすものだから、私が悲鳴を上げているのだ。
「伊織、少し静かにしないか! 集中できない」
「もう止めて! お願い。もう一矢の気持ちは十分だから・・・・!」
へたくそに切るものだから、玉ねぎ成分が目に染みて、私までうるっときた。泣いて止めていると勘違いした一矢が、焦って包丁を置いた。彼もかなり涙目になっている。普通だったら不細工になるところが、絵になっていてカッコイイから腹が立つ。私と違って、一矢は何をやっても綺麗で美しい。
「泣くことは無い。私は大丈夫だ」
「止めてくれないと、泣き止まないから!」
こうなったら、と勘違いに乗っかる事にした。
「わ、解った! 伊織に泣かれては困る。もう止めるから、泣くな。玉ねぎを切るのがこんなに大変だったなんて、今まで知らなかった・・・・こんなに涙が出るものなのだな」
それは一矢が下手なだけ。そう言うと怒るだろうから、それについては黙っておいた。
「そうよ。大変なの。だから私にも手伝わせて? ね? 夫婦なんだから、協力して一緒にやりましょう」
とにかく包丁は危険だ。これ以上一矢に触らせられない。
私の言い方が良かったらしく、そうだな、そうしよう、と落ち着いてくれた。
さっきまでの鬼気迫る状況――恐ろしく、口に出すのも嫌になる。
中松も一歩下がった所で、一矢が怪我をした時にすぐに対処ができるように様々な準備をしてくれていた。
先程の車内で私がマックを食べたいといったばかりにハンバーガーを手作りしようという話になり、もういいと言っているのに私達が何度止めても、一矢は一度言い出したら聞かず融通の利かない頑固な性格だから、まずはパテ作りということになったのだ。パテ用にするハンバーグを作る際の玉ねぎをどうしても自分が切ると言い出し、手に負えなくて仕方なく玉ねぎを切らす事になったのだ。
あああ・・・・恐ろしかった。背筋が凍るかと思った。下手なお化け屋敷より怖かった。
中松を見るとほっとした顔で、指で丸を作って私にオーケーサインをこっそり出してくれた。一日中一矢に張り付いている彼の気苦労が、少し解った気がした。私もこっそり指で丸を作って中松を見つめて頷いた。
とにかく旦那様の機嫌を損ねないように、上手にこちらの意図する方向に持っていかなくてはいけないのだ・・・・。これが結構、骨が折れる。
「一矢。料理に関しては私の方が先生だからね。幼い頃から店や家で修業をしていたようなものだから、私が言う通りにして貰うわ。いい? 約束してね?」
「解った。約束しよう」
玉ねぎが思いの外一矢にダメージを与えてくれたようなので、素直に頷いてくれてほっとした。
「私が切るから、見ていて。他の作業を一緒にやりましょう」
店でオムライスの具の仕込みや付け合わせのオニオンスライスも作るから、玉ねぎは毎日大量に朝から皮を剥いてすぐ使えるようにしておくのが、私の日課だ。包丁で玉ねぎのおしりの部分をカットして、そこから一気に皮を剥ぐ。素早い包丁さばきでそれを繰り返し、あっというまに玉ねぎを裸に剥いた。
「おおー、すごいな」
一矢が拍手をしてくれた。中松をちらっと見ると、ほほおー、と感心した様子で私を見つめている。この屋敷に来てから、彼のあんな顔を始めてみた。
ふっ、どやぁ、中松!
私だって優良にできる事はあるんだからね! こと料理となれば、このくらい朝飯前なのよぉ!
令嬢の修行とは違って、料理の腕はスゴいんだから!! お手伝いを入れたら、歴二十年くらいはあるから! 唯一自慢できるところなのよっ!!
こんなこと、そんじょそこらの令嬢にはできないでしょー。おーほほ。
剥いた裸の玉ねぎの芯を取り除いて高速みじん切りにしてしまって、用意し混ぜ合わせたミンチの中に入れた。
玉ねぎは炒めると甘みが出て。更に辛味も取れるから本当は炒める工程をやりたいのだけれど、今から炒めても冷ますのに結構時間がかかるから、仕方なく玉ねぎの大きさをかなり小さくすることで火を通りやすくし、辛味を抑える事にしたのだ。工夫も大切だからね。
「これ、混ぜてくれる? あと、フードプロセッサーでさっき用意してもらったものを砕いて欲しいの。一緒にやりましょう」
用意して貰ったのは、『麩』だ。豆腐やすき焼きに大活躍の具よ。これをつなぎとしてハンバーグに入れると、驚く程柔らかくて美味しくなる。家庭用でも十分美味しい歯触りのものができるから、みんなも是非やってみて欲しいわ。
「これを、入れるだけで良いのか?」
「そうよ。フードプロセッサーの中に入れて、スイッチを押してくれる?」
「解った」
一矢が楽しそうにフードプロセッサーで麩を砕いてくれた。ふふ。こんな事、きっと一度もやった事がない筈よ。本当に楽しそうだ。
すっかり粉になったものをミンチの中に混ぜ込み、牛乳や卵も入れて、グリーンバンブーで食べるふわふわハンバーグの時短版を作った。
「素早く混ぜるのがコツよ。一矢もやってみて」
ミンチとつなぎを混ぜ合わせ、パテになるように平たく伸ばした。
一矢も私の見よう見まねで不細工なパテを作り上げた。
「上手じゃない。初めてにしたら上出来! 流石一矢ねっ」
にっこり笑って、とにかく褒めた。不細工だと文句をつけたら、辛辣な屁理屈が飛んでくるからそれはやってはいけない。一矢の扱いも、料理と同じく歴二十年くらいになるからお手のものだ。
「そ・・・・そうか。伊織がきちんと教えてくれたから、上手く行ったのだ」
せわしなく目をキョロキョロさせ、照れるその御姿・・・・!
予想外、予想外!
めちゃくちゃ可愛いんですけどおおおお――――!!
旦那様、その姿は反則ですから! ニセだけど!!
数ある作品の中から、この作品を見つけ、お読み下さりありがとうございます。
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