018 旦那様(ニセ)は、嫁(ニセ)の水着を選ぶのにVIPルームを利用致します。
「支配人、伊織は私にとって大事な女性なのだ。余計な事は詮索するな。それより、用意した商品を見せて貰うとしよう」
早速一矢と鬼松が着用する肝心の私を放置し、VIPルームの真ん中の高級そうなテーブルに並べられた水着を吟味し始めた。
一矢が早速手に取ったものを見比べた。
「うむ、この色、悪くないぞ」
爽やかなブルーグリーンで、オフショルタイプの水着を見ている。ワンピースタイプになっているものを選んでいた。
「一矢様、伊織様にはこちらがお似合いになるのでは」
鬼松が一矢に見せたのは、白地にピンクや黄色のパステルカラーの花柄をあしらった、ホルターネック部分にビジューが付けられているデザインワンピース。鬼松はセンスがいい。私の好みを良く解っている。
「どちらも捨てがたいな」
着るのは私なのに、肝心の私の意見は何故聞かないのだろうか。しかも、身体に合わせていないのに似合うかどうかも解らない。
しかし喋るとニセ嫁だと露呈してしまうだろうから、私はひきつった微笑みを顔に張り付け、イケメンの男二人がニセ嫁に着せる水着を物色するという滑稽な様子を、遠くのソファーに座って眺めていた。
「支配人、これはどうだ。妻に似合うと思うか? 少し露出が多いと思うのだが・・・・」
ワンショルの白無地。お腹の部分が無遠慮にばっくり割れている大層セクシーな水着ですが。
そんなのを私に着ろとおっしゃるのですか、旦那様?
貧相でござーますわね、とか言ったら、鬼松もろともまとめて土下座案件ですわよ!
ちいくしょぉおおおお――――!
グリーンバンブー(実家)に帰らせていただきますっ、ってなったら困るのはそっちなんだからねっ!
「清楚なお嬢様なら、普段と違うエキゾチックな雰囲気をお楽しみになるのも良いかと」
おべっか使って、とにかく在庫を売りたいだけでしょー。
そんなの絶対、私は着ないし。
どれか一枚に絞らせなきゃ。あんなに沢山水着買われても困るし、私の趣味でも無いし。
強いていうなら、鬼松が選んでくれたものが一番理想かな。
商材を覗けば、まるで何かの商談か会議のように見えてきた。退屈だったので積まれた在庫の段ボールのひとつから何気に手に取った水着を見ると、真っ赤で露出が半端ない超ドエロ水着だった。これ、隠すところあるの!?
生地の量が極端に少ない。色々はみでそうだ。際どすぎる・・・・!
「これはまた・・・・大胆だな」
しかめっ面をしてこの水着を見ていた私の所に一矢がやって来て、持っている水着を眺めた。
「あ、ち、違うの! どんなものかと思って、見ていただけ」
「遠慮しなくていい」一矢の目は何故か輝いている。「私の為に選んでくれたのだろう? なに、恥ずかしがることは無い。支配人、これも貰おう」
「えっ、ちょ、ちょっと待って! それはっ――」見ていただけ、と再び言おうとした私の台詞を、一矢が満面の笑みでブッたぎった。「遠慮するな。私が買ってやるとお前に言ったであろう。伊織の気合いが入っていて、私は嬉しいぞ」
それからの旦那様の行動は早かった!
あっという間に適当に見繕った在庫を私が試着もしていないのに買い上げ、自分の分も何着かお風呂用に購入して支配人をホクホク顔にさせ、手厚く見送られてVIPルームを後にした。商品は後で届けてくれるのだとか。自分で持って帰った事、あるのかしら?
それにしてもお金持ちの買い物ってスゴイわ・・・・。こんな世界があるのね。あと、絶対にあのエロ水着は着ないから!
鬼松の運転するリムジンに乗って帰路を走っていると、一矢が話しかけてくれた。
「伊織、そろそろ腹が減っただろう。昼食は何が食べたい?」
「あー、久々にマックが食べたい! グリーンバンブーがあったらなかなか行けなくて。さっき看板が見えたから」
「マック?」
一矢が首を傾げた。
マクドナルドの略が『マック』って・・・・知らないんだ・・・・。
「テレビのCMなんかで見た事ない?」
「俗なテレビは見ない」
「普段何してるの?」
「そうだな・・・・休みの日は読書が多い。様々な文献やらビジネス書を読むのだ。普段の日は目を通す事が出来ないからな。まずはお前の店に行って弁当を受け取るだろう。それから会社に行って日中は様々な仕事をしている。セミナーにも行かなくてはいけないし、会議も多い。夜は接待やらパーティーやら・・・・まあ、色々だな。こう見えても忙しい身なのだ。情報は中松の方が確かだから、出社前に色々変わった事が無いか聞く。世界情勢もそこで一通り把握するから、私にとってテレビは不要だ」
頭が痛くなりそうな回答だった。
「そっか。一矢も大変ね。マックっていうのは、あのMって大きく書いてある看板のお店の事よ。マクドナルドって言うの。美味しいから食べてみようよ!」
「・・・・ああ、有名なファストフードの店の事だったのか。悪いが、ファストフード全般、あまり好みではない」
そうよね。一矢はそういうもの、食べないもんね。
がっかりした顔をした私を見て、一矢が慌てて言った。「あ、いや、その、お前がどうしても食べたいというなら、私が作ってやろうではないか」
「え? 作る? 一矢、料理出来るの?」
そんなことが出来るなんて、今まで一度も聞いたことが無い。
「やった事はない」
「・・・・大丈夫? 何か他のものでいいよ」
「いいや。妻の願いは、旦那たるもの全力で叶えなくてはならないだろう。本来ならあそこの商品を買うのがベストだと思うが、しかし私はファストフードが好みではない。従って、私でも食べられるものにしなくてはならないのだ」
「そこまでしなくても・・・・」
それより、その無謀な考えを何とか止めさせたいのだが。
「いいや、出来ないというのは言い訳に過ぎない。伊織の為に、私が出来ることは色々チャレンジをしてみようと思う。その・・・・折角お前が今日一緒にいてくれるのだ。だったらお前が食べたいものくらい、この私が用意してやろうではないか」
ドヤ顔で言われた。
不安しかない――!!
これは、嫁が、旦那様の美しい細く長い指が傷ついたりしないように、包丁の魔の手から守らなきゃ、という案件になりそうだわ!
数ある作品の中から、この作品を見つけ、お読み下さりありがとうございます。
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