017 仲直りのピーマン笑顔でヤラれました。
「あの・・・・さっきは悪かった。つい、カッとなってしまった。お前を泣かせるつもりじゃなかったから・・・・その・・・・謝りに来た」
ベッドに座っていた私の傍までやって来た一矢が、頭を下げて謝ってくれた。
「泣いていません。慣れない衣装で苦しいだけです。それから、朝食は要りませんとお伝えした筈です」
目も合わせずに言った。そうよ、私は一矢に買われただけ。自由や人権があると勘違いしていた自分が恥ずかしい。彼のような金持ちに、一般庶民の気持ちはわかるまい。
「伊織は」一矢が私のすぐ横に腰かけ、手を取って話し始めた。「私が今朝、どれだけ絶望を味わったたか、解っているのか」
「はい?」
何だ、絶望って。
「私はいつも、この広い屋敷で一人眠りに就いている。昔、伊織の家で雑魚寝をした時以外、誰かの温もりを感じて眠った事は無い。その私が、初めて夫婦としての朝を迎える際、どれだけ嬉しく、どれだけお前の温もりを欲していたか、お前に解るか? 目覚めると一人だった時の絶望感・・・・想像できるか? 大勢の仲良し家族に囲まれて暮らしているお前には、絶対に解らないだろう。孤独というのは、辛いものなのだ。もう少し私の気持ちも理解して欲しい」
「そうならそうと、おっしゃって頂けないと解りません。これからは一矢様に言われた通りに致します」
無機質に感情を出さずに言った。
「伊織・・・・悪かった。借金につけこむみたいな言い方は、もう二度としないでおくつもりだったのに、中松に伝えそびれていてすまなかった。確かに契約婚を引き受けて貰う見返りとして、一千万円を用立てたのは事実だ。しかし、私もお前にニセ嫁を辞められては困るのだ。もう既に婚約パーティーをすると発表してしまった以上、今更後へは引けない。お互い引くことができないなら、立場は対等だ。中松には、今後一切借金の事は禁句だと強く言ってきた。だから今まで通りにしたい。こんな風によそよそしく話をされる方が、私は辛い。頼む、赦してくれないか。借金の事はもう言わない。この通りだ」
「・・・・」
私はじっと一矢を見つめた。このプライドの塊の高慢ちき男が、私に頭を下げている・・・・。優越感なんか微塵も感じなかったけれど、人形みたいに命令されて、自分の事を卑下するのも嫌だ。やっぱり一矢は一矢だし、対等に話もしたい。結ばれる事は無理だとしても、幼馴染なんだから腹が立ったら文句は言いたいし、それでいいというなら、こっちもそうしよう。
「・・・・今度、ピーマン料理出すから食べなさい。食べるって言うなら、赦してあげる」
「は? ピーマン料理だと!?」
一矢は昔からピーマンが大嫌いなのよ。美味しくて栄養満点なのに、絶対に食べない。
お弁当に入れたら怒るから、未だかつてお弁当にピーマンを入れた事が無いのだ。
「私が美味しいピーマン料理を作るんだから、文句ないでしょ。ニセ嫁として、ニセ旦那の体調管理も必要かと思いまーすですわよ」
何だか敬語がおかしくなった。・・・・まあいいや。
一矢は秀麗な顔を悲愴に歪めて、口をへの字に結んでいた。よっぽどピーマン嫌いなのね。
こうなったら意地でも食べさせてやる!
「やっぱり無理かあ。一矢の謝罪はその程度のものなんだ? 一生私が一矢に対して、敬語使ってもいいんだぁ?」
「・・・・解った。約束・・・・しよう」
「ホント? 絶対よ! 破ったら敬語だからね!!」
「フン。ピーマン如き、私の胃袋に全て納めてやろうじゃないか」
そういう割には、顔が引きつっていますが?
「言ったわね。覚悟しておきなさい。その代わり、うんと美味しいピーマン料理を作るから、楽しみにしていてね」
にっこり笑って言ったら、一矢が少し照れたような顔で、まあ、悪くない、と言った。
その笑顔、反則ですから旦那様!! ニセだけど!!
※
一矢の宣言通り、あれから銀座のデパートで買い物をすることになった。
自慢じゃないが、私は銀座のデパートなんか来た事が無い。せいぜい渋谷の109止まりで、デパートで買ったというワンピースも、もう少しお値段が安いデパートのものだ。こんなところでホイホイ買い物をしてしまう三成家にとって、私の一張羅もどきのワンピースなんか、古着のボロ以下だろう。
・・・・・・・・
そりゃあ、鬼松が私の貧相な召し物を取り上げるのも納得だ。
圧倒的な存在感を放つビル群。迷いもせず高級デパートの入り口に車を付け、さも当然のように迎え入れられ、庶民は一生無縁のお金持ち専用VIPルームに通された。サロンではなく、完全個室だった。百貨店にこんなところがあるなんて、生まれて初めて知った。
現在このデパートでは催事が行われていて、水着や浴衣を展示・販売しているようだ。入口に大きく書いてあったのを見たので、それを知った。タイミングがよかったのだろうか、山のような在庫がVIPルームに並べられていた。
「一矢様、何時も当店をご愛顧頂き、誠にありがとうございます。お申しつけ頂いた商品でございますが、あちらに用意ができておりますので、どうぞごゆっくりご覧下さいませ。ご試着もできるようになってございますので、私共にお申し付けを」
「ああ、ありがとう。紹介が遅れた。えー・・・・」ゴホン、と咳ばらいをして、一矢が私をデパートの支配人と思しき男性に紹介してくれた。「私の妻になる女性だ」
「初めまして」絵に描いた様にきちんとポマードで頭を整え、バッチリスーツを着こなした年配の支配人にお辞儀した。「緑竹伊織と申します。よろしくお願いいたします」
「なんと愛らしい奥様! どちらのご令嬢様ですか」支配人が目を輝かせた。
「令嬢に見えるか?」
「はい、それはもう」
「――だそうだ。良かったな、伊織」
いやそれ、ただ単に『見えない』なんて仮にもVIP顧客相手に、百貨店の支店長が失礼ブッこけないだけじゃないの?
付け焼刃感満載だと自分では思うんだけど。それ、ツッこめないだけよ。
まあ悲観せずにとりあえず実践も積まなきゃ。鬼松も目を光らせているし、私に自由はない。この立ち振る舞い・行動の全てがニセ嫁修業に繋がっているのだ。
数ある作品の中から、この作品を見つけ、お読み下さりありがとうございます。
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