014 ニセ嫁、緊張のあまり狸寝入りしておおごとになる。
「では風呂から上がったら、美佐江に許可を貰おう。私が電話をする」
あ、一矢は昔から私のお母さんの事を『美佐江』と呼んでいる。幼い頃からの偉そうな名残ではあるが、うちは誰も気にしていない。お父さんの事も『一平』と呼び捨てだし、まあ、一矢は二人からしたら、自分の子供みたいなものだし?
そして一番許可下りやすそうな所を攻める辺り、一矢は賢い。お父さんでも問題ないだろうけど、お母さんが一番容易そうだ。
『いいわよオッケー、いおちゃんとよろしくぅ』って軽々しく言うと思う。うん、間違いない。
明日は店が休みだから、尚更。
「明日も屋敷に泊れるように美佐江に聞いてみるが、問題は無いか?」
「うん。大丈夫。一矢の為にスケジュール空けているから」
「そうか」
嬉しそうにはにかんだ後、髪を撫でて貰った。「着替えて寝室で待っていてくれ。何としても美佐江の許可を取って、すぐに向かう」
「うん、解った」
何でもない風に装い、私はバスルームを出て扉を閉めた後、その場にへたり込んだ。
寝室で待てとな!?
一矢の台詞に、腰を抜かしたみたいになってしまった。
ちょっと待ってちょっと待ってちょっと待って!
それって、それって、それって、もう夫婦の営みのお勉強=修行をするって事!?
きゃあああー、どうしよう――!
そんなつもり、ちょっとはあるけど、いや、ちょっとも無い、いやあるというか・・・・どうしよう!
下着大丈夫かしら!?
現在は今日の夕方、中松が用意してくれたものを着用している。なんか清楚系のレースがいっぱいの下着で可愛かったからオーケーよね!
ムダ毛とか大丈夫かしら!?
もう少しお風呂、ゆっくり入らせて貰えばよかった!
いや待って。待って。待ってーえ!
ああああ、だめだめ。テンパリ具合が半端ないわ、私!
夫婦になってまだ一日目だもの。急すぎるわ。それに一矢は・・・・あんなに色気のある男なんだもの。女性の扱いも慣れているだろうし、私になんか欲情しないと思う!
とりあえず寝食を共にする練習という事で!
この年でキスもまだの生娘なんか、一矢に呆れられちゃう。
もう少し《《そっち》》の修業をつんでおけばよかった! 料理バカがここへ来て仇となるなんて。
学生の頃から、友達の誘いも断る毎日。カラオケさえ数回程度しか行った事のない私は、遊びも不慣れで女子力はゼロに等しい。どうするべき? どうすればいい?
よし。ここは明日、恥を忍んで中松に相談・・・・ああ、ダメ! むかつくこと言われて憤慨して終わりそうな気がする!
あんなクソに、絶対相談なんかするもんですか!!
とりあえず用意してもらった就寝用のピンクのバスローブに着替えた。絹の滑らかな肌触りのローブは、専用の紐でさえつるつるしていて気持ちいい。ゴワゴワの安物パジャマしか着用した事が無い私にしたら、とんでもない高級着だ。
カチコチになりながら一矢の寝室に向かった。お喋りして眠るだけ・・・・に持っていくようにしよう。
でも、寝室でどうやって待っていればいいのだろう。
こういうのも、ちゃんと中松に聞いておけば良かった・・・・!
改めてご主人の一矢を待つのは、何だか照れ臭いし困ったなぁ。
途方に暮れながら寝室へ向かい、またもその室内の内装から広さに驚愕した。
うちは本当に狭いから、二人でセミダブルベッドとか、どんだけ贅沢ぅーって感じ!
ザ・お金持ち! という寝室。広くてオシャレで、一矢は勤勉で努力家だから寝室には本棚もあって、様々な種類の本が綺麗に整頓されて収納されていた。
主にビジネス書が多いわね。他にも海外の書物とか、見た事も無いような文字の辞典のような分厚い本が棚に入っていた。
そういえば学生の頃、私が何時もテスト範囲の勉強を必死にやっていると、『こんな問題も解けないのか、これだから伊織は』とバカにされ、それでも丁寧に教えてくれたっけ。自分の勉強もあるのに、私に何時も付き合ってくれたなぁ。テストでいい点取れたことを一矢のお陰だよと言うと、当然だろう、私の教え方が上手かったのだからな、と嬉しそうにしてくれた。
懐かしいなぁ。そんな一矢のニセ嫁やってるんだもんなあ。人生わかんないよ。
ベッドに腰かけて気合入れてスタンバイするのもどうかと思い、とりあえずベッドに入ってみた。
やーんっ。ふかふかで気持ちいい――!
うちの布団と全然ちがーう!
雑魚寝が当たり前のような我が家では、考えられない程の快適さだ。これだけでも、ニセ嫁引き受けてよかったと、価値を見出せた。
ギンギラに目を開けて待っていたけど、いざ、ガチャっと扉を開ける音がしたら、咄嗟に寝たふりをしてしまった。
あああ――っ。緊張しているから、つい狸寝入りなんぞしてしまったあぁぁ――!
ちぃくしょぉおおお――――!
一矢と色々話すチャンスだったのにいいい!
でも、いざ対面したら多分恥ずかしくて何を話していいのか解らないから、丁度良かったかも!
「伊織、美佐江の許可は取れたぞ! 明日もここへ泊りだ。・・・・ん、寝てしまったのか?」
反応が無いので私が寝たと思ったのだろう。一矢が布団をめくり、ベッドの中で寝たふりをしている私を覗き込んで来た。
きゃああああ――――!
近い近い近い近いぃいいいいいい――――!!
心臓が飛び出てしまうのではないかと思う位、ドキドキとした。
息遣いで狸寝入りを見破られないように、死ぬ程苦労させられた。
数ある作品の中から、この作品を見つけ、お読み下さりありがとうございます。
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