パーティーへの招待
よろしくね〜
ある日の午前中ーー。
大神官の執務室にラスティと共に呼ばれたアニスは、バルトラスから聞かされた話に首を傾げた。
「…………パーティーに、ですか?」
アニスは、国王陛下から王宮で開かれるパーティーに参加して欲しいという旨の手紙が届いたことを聞き、何度も目を瞬かせる。
神殿に住む場所を移したのは、身の安全を確保するためだ。
つまり、神殿以外の場所は危険だと判断されたということで。
比較的、警備が硬い王宮であれど……安全とは言い切れない。
それが分かっているはずなのにパーティーに招かれるということは、何か事情があると察した。
そして……隣にいるラスティが何も動じていないということは、彼は既にこの話を聞き済みだということも理解した。
「詳しく聞いても?」
「………ふむ。実は……どうやら、今だに神獣と王太子の婚約者が変わったことに、文句を言う煩い輩がチラホラといるそうでしてな。いっそお披露目をして、納得させるべきでは……? と思われたそうですぞ」
アニスはそれを聞いて、顎に手を添える。
〝煩い輩〟というのは、ブリジット信者だと推測できた。
(…………なるほど。ブリジットが神獣の婚約者に相応しいとまだ言っている奴が多いから……実際に私と神獣の相性が良いことやら、仲睦まじい姿やらを見せて……黙らせようってことかな?)
折角、ブリジットとラフェルが想いを伝え合って結ばれたのだ。
なのに……余計なことを言う者が多ければ、気を揉むことになってしまうだろう。
真面目な二人ならば、余計にそういう輩を気にしてしまいそうだ。
幼馴染として、幼馴染の恋路を応援したい。
そのためならば、アニスはなんだってするつもりだった。
「分かりました。ブリジットとラフェルのためにも、頑張ります」
「…………(納得早いのぅ⁉︎)いいのですかな?」
「はい。ぶっちゃけ、ラスティも一緒に呼ばれてるってことは私の身の安全はラスティが保証してくれるってことでしょう? なら、私は何も気にせず……ブリジットとラフェルの心の憂いを取り除くのみです」
堂々と彼女は笑う。
はっきり言って、自分のことはラスティに任せて、自分は自分のしたいことをすると言っているも同然だった。
ラスティはそんなアニスの言葉を聞いて……呆れたように呟いた。
「………………相変わらず、幼馴染のためならなんでもしようとするなぁ、アニスは」
「んう? 駄目かな?」
ニヤリと笑う彼女は、一切悪びれる様子がない。
彼は肩を竦めながら、苦笑を漏らす。
「別に駄目じゃないさ。アニスの幼馴染優先主義は今に始まった話じゃないし」
「流石、私のこと分かってるぅ〜。という訳で、尻拭いは任せるね‼︎」
「ぶふっ‼︎ 堂々と言いすぎ‼︎ というか、尻拭いが必要なことはするなよ⁉︎」
「それは時と場合に寄りけり‼︎」
「いや、普段通りにしてれば……いや、普段通りも駄目だな。令嬢モード全開で行ってくれよ⁉︎」
「えぇ〜……面倒ーーーー」
「はいはい、そこまでにしてくだされ」
パンパンッ‼︎
ぽんぽんと漫才のような会話をしていた二人を、バルトラスは手を叩くことで止める。
そして、生温かい目で見つめながら……口を開いた。
「ここ最近、微妙な距離感があるかと思いましたが……いつの間にか元に戻ったようですなぁ」
「んぐっ……‼︎」
「大神官、それ言っちゃ駄目だ。慣れよう時間のおかげで多少は元に戻ってきたけど……意識したら、また挙動不審になってしまうから」
ラスティが肩を竦めて言ったように、アニスは顔を真っ赤にしながら言葉を詰まらせる。
……………目を彷徨わせる姿は、明らかに挙動不審だ。
バルトラスは〝…………なんか、微妙に甘酸っぱいのぅ……〟と思いながら、「おや、すまなかったのぅ」と軽く謝罪した。
「まぁ、とにかく。パーティーに参加するにあたって、準備が必要になるじゃろう」
「………ん? パーティーに準備って必要だったか?」
「…………はぁ……何をおっしゃいますか、ラスティ様。ラスティ様はそのまま参加すればいいだけですから、準備が必要ないかもしれませぬが……女性の準備は必然ですぞ。ドレスだって、神殿関係者……神獣様の婚約者だと分かるようなモノでなければ、なりませぬし。質素倹約を元に暮らす神殿の者達では、パーティーの準備のお手伝いは満足にできますまい」
「あぁ……なるほど」
ラスティはパーティーに参加したことがない訳ではない。
しかし、今までエスコートしていたブリジットは、ハフェル公爵家で準備を終えていたので……彼は女性の準備の大変さをあまり理解していなかったのだ。
加えて、神殿に暮らす者達は滅多にパーティーに参加することもないし……アニスの手伝いをしてくれているハティアは、侍女ではなく女性神官だ。
流行などを気にしなくてはならないパーティーとなると、ハティア達では完璧に仕上げることはできない。
アニスはバルトラスが言わんとしていることを察し、首を傾げながら聞いた。
「………あれだったら、その日だけレーマン公爵家に戻って準備をしましょうか?」
「…………いいえ。準備の方は王宮でさせて頂けるそうですぞ」
「あ、そうなんですね」
「えぇ。ただ、問題はドレスですな」
「「ドレス?」」
「神殿関係者であることを示すためにも、アニス様には白いドレスを着てもらわなくてはならぬ。しかし、アニス様が持っておるのは、なんの飾りっ気もないシンプルな白いワンピースドレスばかりじゃろう? しかし、パーティーに参加となると……そうもいかぬのでは?」
アニスとラスティはキョトンとしながら、互いに顔を見合わせる。
そして、アニスは不思議そうに思いながら質問した。
「え? このドレスじゃ駄目なんですか?」
「……………え?」
バルトラスはその返事を予想していなかったため、ピシッと固まる。
「逆にどうして大丈夫だと思ったのですかのぅ……? あまり詳しくはありませぬが、ドレスの流行がどうのこうのとか……色々とあるのでは?」
「あぁ……まぁ、確かに。流行外れのドレスを着てると言われることもありますけど……」
貴族令嬢は流行に敏感だ。
そのため、流行遅れのドレスやお菓子に疎いと、影でこそこそ笑われることもある。
アニスは何故かブリジット信者から理不尽な悪意を向けられることが多かったため、ちょっとしたことで突かれることが少なくはなかった。
けれど……。
「服なんて多少、流行から外れてようが……笑ってれば、笑う人達を黙らせることができます。だから、問題ないです」
「……………」
「逆に質素倹約に基づく神殿の服に何か言ってきたら……言ってきた相手の方が馬鹿ですよ」
にっこりと微笑むアニスは、自分の容姿が人並み以上には優れていることを自覚している。
そして、その言葉は驕りではなく……例えどんなにシンプルな服を着ていようと、アニスはそれを着こなす自信があった。
ゆえに、アニスは堂々とそんなことを言って、笑ってみせる。
バルトラスはそんな彼女を見て、〝おぉう……説得力のある笑顔じゃなぁ……〟と納得してしまった。
ラスティはそんな会話を聞きつつ……「あ、そうだ」と思い出したように声をあげる。
「パーティーに参加するドレスなら……俺が刺繍したあの金薔薇のドレスにすればいいんじゃないか? それだったら、パーティーでも見劣りしないだろ」
「あぁ〜……そういえば。初日に魔法でラスティに刺繍してもらったねぇ」
ラスティ魔法で黄金の薔薇を刺繍してくれたワンピースドレスは、アニスのお気に入りだ。
そのため、アニスは……クローゼットの中に大事にしまっていた。
「普段使いするには勿体ないけど、パーティーなら問題ないかな?」
「…………似合うと思って、あの刺繍にしたんだから……普段でも着ればいいじゃないか」
「嫌だよ〜。アレはお気に入りだから、特別な時にしか着ないの。普段の服じゃ私に似合わないの?」
「いや、どんな服であろうと関係なしにアニスはいつでも綺麗なんだが……個人的には、アレを着てるのが一番似合うって思ってるだけ」
「んぐっ⁉︎ な、なっ……ラスティ‼︎ 照れるからいきなり褒めないでっ‼︎」
「はぁ⁉︎ ただ本音を言っただけだろうっ⁉︎」
「それが照れるのっっ‼︎」
「……………………(急に惚気出したぞ、こやつら……)」
急にイチャつきだす二人に、バルトラスは思わず無言になる。
しかし、なんとか気合いを入れて、二人の会話に割り込んだ。
「まぁ、とにかく。準備は問題なさそうじゃな。では、話は以上じゃ。イチャつくなら儂の目がないとこでやっておくれ」
「「イ、イチャついてない(よ)っっ‼︎」」
「はいはい。そういうことにしておいてやるかのぅ……ほれ、出て行った出て行った」
「「その顔は信じてないっっ‼︎」」
「はいはい。では、また後でな〜」
バルトラスはそう言いながら……無理やり二人を執務室から追い出す。
そして……服の下に隠していたロケットペンダントを取り出すと、蓋を開け、中の写真を撫でながら……静かな声で呟いた。
「はぁ……あの二人を見てると、当てられてしまって……お主に会いたくなってしまうのぅ……ルディア」
バルトラスの顔には……ほんの少しだけ、悲しげな笑みが浮かんでいた。




