夜のお茶会の裏側
お茶会の裏側は、シリアスでした……。
今後ともよろしくどうぞ‼︎
「アニスが可愛い」
「いきなり転移して来たと思ったら、第一声がそれか……」
アニスとブリジットが夜のお茶会をしている最中ーーーー。
唐突に自身の私室に転移してきたラスティの第一声に、ラフェルは大きく溜息を零した。
ラフェルは読んでいた本を閉じると、自身が座っていたソファに置く。
そして、首を傾げながら質問した。
「それで? 急に会いに来たのは、どうしたんだ? 緊急の用事か?」
「いや? アニスがブリジットの元へ来たから、護衛ついでに会いに来ただけだが?」
「…………アニスがブリジットの元に?」
「あぁ」
ラフェルはそれに怪訝な顔をする。
夜間に王宮……ブリジットの元を訪れるなんて、只事ではないだろう。
何か緊急事態でも起きたのかと思ったが……ラスティの言葉で、彼は動きを止めた。
「俺のことを意識して困ってるから、自分よりも恋愛事に慣れてるブリジットに相談でもしに来たんじゃないか?」
「……………え?」
ラフェルは大きく目を見開いて、固まる。
そのまま固まること数十秒……その言葉の意味を理解した瞬間、ガバッと勢いよくラスティの肩を掴み、鬼気迫る顔で質問した。
「嘘だろうっ⁉︎ アニスがラスティを意識してるだって⁉︎」
「お前、失礼だな? 婚約者になったんだから、いつかは男として意識されるようになるに決まってるだろ」
「いや、まぁ……そうだろうけど‼︎ アニスはわたしに対してだって、幼馴染の域を出なかったんだぞっ⁉︎ 早すぎないか⁉︎ まさかっ、アニスに無体を働いーーーー」
「んな訳あるかぁっっ‼︎」
「ハッ‼︎ ま、まぁ……確かにそうだよな。ラスティにそういう勇気はないな」
「……………お前ぇ……」
あっさりと納得するラフェルに、ラスティはジト目を向ける。
しかし、そんな目で見られてもラフェルは動じることなく……それどころかケラケラと笑い声を零した。
「でも、本当に驚いた。アニスにもちゃんと恋愛感情があったんだな」
「流石にそれは失礼じゃないか?」
「いやいや。そう思ってしまうのは仕方ないだろ? アニスは……自分の恋愛感情に疎いみたいだから」
「……………確かに。ブリジットとラフェルのことは、気づいていたもんな」
「そういうこと」
幼い頃からずっと共にいたというのも一因なのかもしれないが……アニスにとって、ラスティもラフェルも幼馴染でしかなかった。
身体が大人に変わった近頃でさえ、アニスは自分達を幼馴染としてしか扱わなかった。
そんな頑固(?)、子供思考(?)な彼女が……ラスティを〝男性〟であると認識を改めたのだ。
その事実に、ラフェルは驚かずにいられなかった。
「…………んで? アニスに何をして、意識されるようになったんだ?」
ギクリッ。
ラスティは分かりやすく身体を震わせ、そろぉ〜と目を逸らす。
若干赤くなった顔から、何かあったなと確信したラフェルは……ニヤリと笑って、彼の頬を突いた。
「素直に言ったらどうだ? わたしと君の仲だろう?」
「…………言う訳ないだろ」
「ふぅん?」
「……………………」
無言を貫く幼馴染の姿に、ラフェルは肩を竦める。
こうなった彼はテコでも動かない。
ラフェルは笑いながら、ポンポンっと肩を叩いた。
「まぁ、いいさ。教える気になったら、教えてくれ」
「………あぁ」
「で……話の最初に戻るが。アニスが可愛いと?」
「っ‼︎ そ、そうなんだよ‼︎ アニスが可愛いんだ‼︎」
ラスティは、アニスの反応を興奮した様子で語り出す。
今までの癖で意識してない時は触れてくるが……ふとした瞬間に気づくと、顔を真っ赤にして離れること。
いつも落ち着かない様子で、〝意識しています〟と言わんばかりにオロオロとしていること。
それが可愛くて、堪らないこと。
共にいる時間は増えたが、意識されすぎる所為でスキンシップが減って、少し寂しいこと。
けれど、構われたり甘やかされるのは好きなのか……時々、大人しく(?)顔を真っ赤にしながらアニスが近づいてくること…………。
ラフェルは幼馴染の口から溢れる惚気に、胸焼けしそうな気持ちになった。
「ピュアな感じだな、お前達は……なんだろう。甘酸っぱい」
「そうか?」
「うん。今の惚気聞いてただけで、砂糖吐きそうだ」
「…………えぇ……」
ラスティは、若干困惑した顔になる。
だが、ふと気づいたように両前足で器用にポンっと手を叩くと、質問した。
「なら、ラフェル達はどんな感じなんだ?」
「え?」
「ラフェルとブリジットだよ」
ギクリッ。
今度はラフェルが身体を震わせる番だった。
どこか遠い目をするラフェルに、ラスティは首を傾げる。
しかし……ラフェルはポツリポツリと、語り出した。
「………………わたし達は……表向きは、適度な距離を保ってるが……本音を零せば生殺し中……?」
「生殺し……?」
「婚姻前に妊娠してしまったら大変だから、仕方ないんだが……一度、零距離まで近づいたら……簡単に我慢ができなくなっているというか……」
「………………」
無言になるラスティは、なんとも言えない視線を幼馴染に向ける。
そして、小さな声で告げた。
「お前、無駄に顔が良いし。振る舞いも紳士的だから、そう言う俗物的なこととは縁がなさそうに見えちゃうから……時々、そんな爆弾発言を言われると驚く」
「……………えっ……」
「ラフェルって見た目、正統派王子って感じだけど……結構、普通だよな」
「…………いや、普通に決まってるだろう。王太子である前に、そこら辺にいるような男と変わらないからな?」
「だから、見た目で俗物とは無縁に見えるんだって」
「えぇぇぇぇ……」
無言で見つめ合うラスティとラフェル。
(人型は)野生的なのにピュアな神獣と……見た目正統派王子なのに、結構俗物な王太子。
まさに真逆の二人だった。
ラスティは苦笑を漏らしながら、肩を竦める。
そして、困ったように語りかけた。
「……………ラフェル。この話、止めないか? 終わりが見えない」
「あぁ……そうだな。止めよう」
「………えーっと。婚約者を変えたことで、なんか大変なこととか。手伝って欲しいこととかあるか?」
話を変えるように、ラスティはなんとなく聞いてみる。
惚気から入ったが、婚約者を変えてから会うのは地味に初めてだった。
そう聞かれたラフェルは、息を詰まらせる。
しかし……覚悟を決めたように息を吐くと……王太子としての顔をしながら、告げた。
「……後ほど父上からも連絡がいくと思うが……敢えて、わたしから言おう。夜会に、参加して欲しいんだ」
「……………夜会?」
「あぁ。煩い貴族達が地味に多くて。それこそ、アニスが神獣の婚約者を手に入れるために策略だと言う馬鹿もいる。だから、敢えてわたし達の仲の良さを見せて……そいつらを黙らせたい」
ラフェルの困った顔を見ると、どうやら相当に参っているようだった。
しかし、ラスティはそれに良い返事を返さない。
だが、その反応も当然だった。
「……………流石に、それには俺の一存で返事はできない。アニスの身の安全が、心配だ」
夜会に参加するとなれば、警備が敷かれている神殿から出なくてはいけなくなるし……アニスに何かあるかもしれない。
だが、幼馴染を助けたいという気持ちを捨てきれなくて。
困ったように目尻を下げたラスティを見て……ラフェルも同じような顔をした。
「…………まぁ、それはそうだよな。夜会は魔窟だ。アニスの身の安全を守るためならば、参加したくないと思うのが当然だ。でも……奴らの手がかりが、欲しいんだ」
「……………手がかり……? っっ‼︎ まさかっ……‼︎」
ラスティは毛を逆立てながら、歯を剥き出しにする。
………ラフェルはそんな幼馴染の姿を見て、拳を強く握り締めた。
「…………流石に神殿側がそれを知らないはずないよな。あぁ、そうだ。ブリジットの信者達の、手がかりが欲しい。だから、アニスに夜会に参加して欲しいんだ」
「ブリジット信者達の前にアニスを出したら、どうなると思うんだ‼︎」
「神獣の婚約者となった今では何も言えない。どうなるかなんて分からない。だが、ここ最近、アイツらの動きが怪しいんだ。だから……」
歯切れの悪い言葉であったが、ラスティは幼馴染が……王太子が何を言いたいのかを理解してしまった。
若葉色の瞳に、鋭い光を宿しながら。
神獣は王太子を睨みつける。
そして……冷たい声で、問うた。
「……………俺の婚約者を囮に、したいのか」
「……っ…‼︎ あぁ、そうだ……」
王太子ラフェルは一瞬だけ顔を歪めるが……直ぐに王族らしい、為政者の顔に変わる。
ラフェルが言いたいことは、アニスをブリジット信者達の前に出すことで……奴らが何をしようとしているのかの、尻尾を掴みたいということだった。
分かりやすく言ってしまえば、アニスを利用しようとしているのだ。
それをすることで……アニスの身が更に危険に晒されるかもしれない。
だが……ラフェルがアニスを囮にしたいと思うのも、ラスティは理解できてしまった。
大神官バルトラスがクリーネ王家と連携して調査をしてくれているが……今のところ、ブリジット信者達の調査は難航している。
どうして、理不尽な悪意を向けるのか……扇動しているのは誰なのか。
分かっているのは、貴族社会にブリジット信者が多いということぐらいで。
神殿も、王家も危険視するほど……ブリジット信者達は、いつか、国さえも揺るがすようなことをするのではないかと思うほどに異常だ。
できることなら、早々に始末したい。
しかし、早々に始末するには、残されている手段が少ない。
ゆえに……国に混乱が及ぼされる前に、どんな手を使ってでも、手がかりを掴もうとしているのだろう。
ラスティとラフェルは、無言のまま睨み合う。
気不味い空気が、二人の間に流れること数十秒。
しかし……先に折れたのは、神獣ラスティの方だった。
「………………ラフェルが言いたいことも分かる。お前は王太子で、国を守る役目を負っているから。けど、やっぱり俺だけじゃ返事できない。一度、俺とラフェル、レーマン公爵と国王の四人で話そう」
「…………あぁ、ごめん」
「……いい。お前の顔を見れば、ラフェルだって本当はこんなことしたくないって思ってるって分かるから」
「ブリジット達には……」
「分かってる。背負うのは、俺達で十分だ」
ラスティは慰めるように、彼の膝をポンポンっと叩いた。
国を守る側であるラフェルは、どんな手を使ってでも国を守るための行動をしなくちゃいけない。
それこそ……幼馴染を危険に晒すことになろうとも。
だが、ラフェルはそんなことを本当はしたくないのだと……その泣きそうな顔で語っていた。
「…………なんの障害もなく、幸せに暮らせたら良かったのにな。なんで、こうなっちゃったんだろう」
ラスティの悲しげな呟きに、ラフェルは頷きだけを返した。




