初々しさと甘酸っぱさと、微妙なシリアスを添えて
ちょっと?かなり?シリアスかもです。
キナ臭い話が入ってくる的な?
まぁ、今後ともよろしくね‼︎
一言で言えば……神官達はアニスとラスティから放たれる甘酸っぱい空気に、当てられていた。
いつもと変わらぬ朝の祈りの時間。
けれど、今日は大神官バルトラスから神獣ラスティの婚約者がブリジットからアニスに変わったこと。
アニスが神獣の力を使えるぐらいに相性が良いこと。
そして……神獣ラスティが望み、身の安全を確保するために、彼女が神殿で暮らすことが伝えられた。
神官達の反応は、それを信じる者と信じない者、半信半疑の者と……様々だった。
しかし、今日の午前中にはそれが王宮から正式発表されるということで……彼らが何を言っても、既にアニスが神獣の婚約者になることは決まっているも同然だった。
そのため、神官達が様々な思いを抱いていた中ーーーー。
新たな神獣の婚約者となったアニス・レーマンは、堂々と聖堂に現れた。
《顔だけ令嬢》なんてあだ名されるだけあって、無地の白いワンピースドレス姿でも、ブリジットとは違う美しさを誇っていて。
不躾な視線に晒されても、前だけを見つめる姿は……とても堂々としていた。
そして、そんな彼女を迎え入れるように歩き出すラスティ。
聖堂の真ん中で向き合った二人を見て、〝何をする気なのだろう……?〟と周りの者達が思った瞬間ーーーー。
なんか、見ているこっちが恥ずかしくなるような場面が始まったのだ。
ラスティがアニスのために服を黄金に彩るのも。
互いに顔を赤くして見つめ合い……無言であるのに通じ合っているかのような雰囲気を出すのも。
嬉しそうに笑うアニスと、恥ずかしそうしながらも満更でもなさそうなラスティの姿も。
横から見てれば、まるで恋愛小説のようだとしか言いようがなくて。
ブリジットといた時と全然違う……初々しくも、愛おしさを隠さない光景。
神官達は思った。
〝我々は何を見せられているのだろう〟ーーと。
ついでに……〝あれ? 我々の存在忘れられてない? 俗に言う二人っきりの世界ってヤツになってない?〟ーーとも。
まぁ……結論を言うと。
ラスティがアニスを特別扱いして、ブリジットといる時よりも嬉しそうにしているのを見せられたら……信じなかった神官達であろうと、神獣の相性やら力やら関係なしに、婚約者交換に文句なんて言えなくなった(ついでに恋愛したいなぁと思った)のだった……。
*****
「ごっ……ごほんっ‼︎」
「「はっ‼︎」」
バルトラスのワザとらしい咳払いに、アニスとラスティはハッと我に返る。
すっかり周りの人達の存在を忘れて、話し込んで(?)しまっていた。
アニスは慌てて立ち上がり、ラスティと並んだまま祭壇の前にまで向かう。
そして、ちょっと頬を赤くしたバルトラスに優雅に頭を下げた。
「お待たせしてしまい、失礼致しました。バルトラス様」
「いえ……お気になさらずに。今のお二人のやり取りのおかげで、どうやら他の神官達も文句の言いようがなくなったようですからな」
「「…………?」」
アニスとラスティは不思議そうに首を傾げるが……バルトラスは「ほほほっ」と笑うだけ。
その様子から語る気がないと悟ったアニスとラスティは、これ以上この件を気にするのは止めることにした。
「では、アニス様。皆に一言頂けますかな?」
「はい」
アニスはそう言われて振り返り、長椅子に並んで座った神官達を一瞥する。
向けられるのは、最初の不躾な視線ではなく……何故か生温かい視線。
アニスはどうしてそんな目で見られるのかが分からなくて、内心首を傾げるが……それを顔に出さずに優雅にカーテシーをしてみせた。
「この度、神獣ラスティ様の婚約者となることに相成りました……アニス・レーマンと申します。神獣の力が使えるほど相性が良い、という話を信じない方もいるかと思いますが……まぁ、証拠はこのように」
アニスはそう言って、自分の手の上に黄金色の魔法陣を出現させる。
そして、そのままその魔法陣は姿を変えて……彼女の手に魔法剣として握られる。
黄金色は神獣の力。
実際にアニスが神獣の力を使えるところを見せられた神官達は、驚いたような……感動するような声を漏らした。
「私とブリジット様の婚約者交換は、双方了承の上ですが……皆様が納得するかはまた別の話かと思います。ですが、皆様に納得して頂けるよう……ラスティ様の婚約者として相応しくなれるよう、頑張ります。どうぞよろしくお願いしますね」
アニスはふわりと微笑みながら魔法剣を消し、再度カーテシーをしてみせる。
すると……〝パチパチパチ〟と拍手の音が鳴り響いた。
その反応に驚いた顔を上げれば、拍手をしていたのはハティアとオルト、ティーダの三人で。
彼女達の拍手につられるように……神官達も徐々に拍手を始める。
それが意味することは、アニスの歓迎。
ずっとブリジットと比べられてきたアニスは……こんなにも簡単に自分が受け入れられたことに、驚きを隠せなかった。
「ふむ。どうやら……アニス様の心配は杞憂のようですな。皆は貴女様が神獣の婚約者になることに納得しているようだ」
バルトラスも拍手をしながら、そんなことを呟く。
だが、そう言われてもアニスの顔色は優れず……ラスティは心配そうな顔をして、彼女に念話をした。
『どうした、アニス? 顔色が悪い』
ラスティの声にアニスは微かに身体を震わせる。
そして、目線を下げながら……念話で答えた。
『…………だって……おかしくない? こんなに簡単に受け入れられるなんて……』
『……? アニスが神獣の力を使えて、俺の婚約者となってもおかしくないって皆が思ったから、受け入れたんだろ? 何がおかしいんだ?』
『だって‼︎ 他の人達はブリジットがラスティに相応しいっていつも言ってたんだよ⁉︎ 神殿にこそ、そんな人が多いんじゃないの⁉︎ 私がラスティの婚約者になるのを反対するんじゃないの⁉︎ なんか、こんなにすんなり受け入れられると逆に不安なんだけど‼︎』
アニスの動揺した声に、ラスティは目を見開いたまま固まる。
ブリジット本人に傾倒する者がいるのは、知っていた。
そして、そう言った人達はブリジットの周りに集まることが多かったのも知っていて……その人達が理不尽な悪意をアニスに向けていたことも知っている。
つまり、アニスは……。
神獣の婚約者としての教育を受けるために神殿に通っていたブリジットの信者が……神殿にもいるはずで。
アニスがラスティの婚約者になるのを反対するのが普通ではないのかーー?
と言いたいのだろう。
しかし……今、この場にいる神官達はアニスが神獣の婚約者になることを了承している様子だ。
そこでラスティは、神殿にいる者達は確かに優秀なブリジットが神獣の婚約者であることを認めていたようだが……異常なほどの傾倒はしていなかったことに気づいてしまう。
ラスティはじわりと滲んだ嫌な汗に、浅く息を吐いた。
(………………もしかして……俺の力が及んでる区域では、ブリジット信者がいないってことか……?)
神殿にはいなくて、神殿以外にはいる。
神殿とそれ以外の違いは、神獣の支配下に置かれているかどうかだ。
神殿は神獣の寝床であるためなのか……彼から漏れ出る神獣の力によって、害を及ぼす魔法を無効する効果があった。
(つまり……ブリジットに傾倒してる奴らは、なんかの操作系魔法が関わってる可能性の可能性があるんじゃ……うわぁ、キナ臭い〜……)
気づいてしまった事実にラスティは溜息を零したくなる。
しかし、今優先するべきなのはアニスのことだ。
ラスティはこの件は後でバルトラスに話すことにして……動揺するアニスを落ち着けるように身体に擦り寄り、告げた。
『まぁ……なんだ。受け入れられようが受け入れられまいが……俺がアニスを望む。俺の婚約者はアニスが良いと、俺が思ったんだから。だから、お前は周りのことなんか気にすんな』
『ラスティ……』
アニスもジッと、彼を見つめる。
ラスティは長い尻尾で彼女の頬を撫でながら、柔らかく微笑んだ。
『大丈夫。俺が隣にいるから……大丈夫』
『……………‼︎ うん……ごめん。もう大丈夫だよ』
力強い言葉に、アニスはホッと息を吐く。
落ち着いた様子の彼女を見て……ラスティも安心したように息を零す。
そして、面白がるようにパチリとウィンクした。
『反対されなくて動揺するなんて、ちょっと変だけどな』
そう言われた彼女は目を瞬かせて黙り込む。
考えてみれば確かにそうだと思ったアニスは……クスリッと笑い声を漏らした。
『…………ぷぷっ……言われてみれば、そうかも』
普通に受け入れられたなら、それはそれで良いはずなのに。
受け入れなくて動揺するのではなく、簡単に受け入れられたことに動揺するなんて……おかしい以外の何物でもない。
なんておかしな動揺の仕方をしたのだろうと笑うアニスを見て……ラスティは柔らかく笑った。
「あぁ、うん。お前はそう笑ってる方が可愛いよ」
「…………‼︎」
念話ではなく、声に出して告げられた真っ直ぐな言葉にアニスは目を見開く。
そして……少し恥ずかしそうにしながら、笑い返した。
「…………ありがとう、ラスティ」
「おぅ」
互いにしか聞こえない小さな声で、二人の世界に入っていたアニスとラスティは気づかなかった。
周りの神官達の視線が……甘酸っぱいモノを見るかのように、生々温かいモノになっていたことに……。
「………あの、二人の世界になるのは構わないのだが……儂の声にそろそろ反応してくれないかのぅ?」
地味に何度も声をかけていたバルトラスは、ちょっとだけ困ったような顔をするのだった…………。




