Raining
金貨80枚(800万円相当)の金を手にしてセグレタの街に戻った俺達は2、3日食っちゃ寝していたがすぐ暇を持て余し、別の依頼を受ける事にした。
ちなみに難易度Aの依頼をクリアした事で冒険者ランクがZからCに上がったらしい。上がりすぎだ。
「いえいえ、冒険者登録したばかりのルーキーが難易度Aクラスの依頼を達成するなんて普通は有り得ないですから」
猫耳の受付嬢ジェニファーが受付カウンターでコーヒーを淹れてくれる。
月下草採取の依頼にはここ数ヶ月何人もの冒険者が挑んでは帰らぬ人となっていたらしい。村長のサインを貰って帰ってきた俺達は今やギルド期待のルーキーだった。
「ありがとう。ドラゴンも出たけど大した事なかったな」
「ケッ、新入りが調子乗ってっと足元掬われるぜ」
「大方飛竜がいないスキをついて薬草だけ掠め取ったんだろうさ」
奥のテーブル席から古株冒険者達のやっかみが聞こえてくる。帝龍の魔石でも持ち帰っていたら全然違う対応になったんだろうけどな、まあ今回俺は全く役に立ってないから何とも言えないが。
帝龍と戦った本人は素知らぬ顔で依頼票を眺めている。
「この依頼は何だ?『3番通り洋館の調査』報酬金貨5枚」
アイシャは一枚の紙片を壁から剥がしてカウンターへ持ってきた。
「ああ、それは高台にあるお屋敷ですね。随分前から空家だったんですが、半年ほど前から手入れに入った業者を始め冒険者や一般市民が多数行方不明になってるんですよ。何でも悪魔が住み着いたという噂です」
ジェニファーは気軽な感じで言っているが聞き捨てならない単語が聞こえた。
「悪魔?」
「悪魔とは魔族の中でも強い魔力を持つ一部の者達です。魔王配下に属し、爵位を持つ者もいます」
あー、やっぱいるんだ魔王。
「それで、その悪魔を退治すればいいのか?」とアイシャ。
「いえ、悪魔と言っても噂の話なので、あくまでも神隠しの原因を突き止める事が依頼内容ですね。可能なら問題を解決して屋敷を売れる状態にして頂ければ追加で報酬をお支払いすると不動産屋さんは仰ってますが」
⌘ ⌘ ⌘ ⌘
その洋館は鬱蒼とした森の中にあった。照りつける太陽の下、坂道を登り続けて1時間。汗でTシャツが背中に張り付いている。
「ここだな」
アイシャは甲冑姿でヴァレンティナに乗っている。見た目はクソ暑そうだがオリハルコン製の甲冑は意外に軽く、内部もサラサラ快適に保たれるらしい。全てのダメージを無効化する神級装備だ。
鉄製の門の奥に玄関扉が見える。クラシカルな2階建ての建物は高い木々に囲まれて陽が射さず、手入れされていない赤煉瓦の壁には何本もの蔦や苔が纏わりついていた。
ギィ……愛馬から降りたアイシャは門を開け敷地内へ踏み込んだ。アプローチに伸びた雑草を踏みしめながら後に続く。
すると木製の玄関扉が来訪を歓迎するかの様にゆっくりと左右に開いた。自動ドアかな?
「ダイチ、先に行け」
侵入を勘付かれたと知ったアイシャは俺の背を押した。
「えぇ〜⁉︎」
絶対なんかあるやん。この前のドラゴンとは全く別種の恐怖を感じる。
「大丈夫、後ろ支えてるから」
意味不明な事を言いながらグイグイ押してくる。なんか楽しんでないか?
「……失礼しま〜す」
室内は薄暗くひんやりとしている。内部は案外小綺麗に整理されており、古めかしい木製の床にはチリひとつ落ちていない。
カツ……カツ……と革靴の踵が硬質な音を響かせ、俺の心拍数を上げる。
しかし後から侵入したアイシャがデカい声で問いかけた。
「誰かいるか⁉︎」
考えてみれば俺達の存在は気づかれているんだろうから今更忍び足なんて無意味だな。
「よし、手近な部屋から調べていこう」
キィ……
吹き抜けの2階に見えるドアの1つが開いた。随分親切だな。螺旋階段を登って進む。
扉の先は長い廊下。寝室や書斎が並んでいるようだ。壁掛けの燭台に火が灯り、最奥の小さなドアが開く。
「あそこだ」
不思議と恐怖心は薄らいでいた。順路が決められた事で逆に不安が取り除かれたのかもしれない。
そこは10畳ほどの書斎だった。壁一面が作り付けの本棚になっており、天井まで分厚い本が詰め込まれている。
部屋の中央の安楽椅子には14、5歳のほっそりとした少女。この世界では珍しい黒髪だ。
「あら、あら、久しぶりのお客様だわ、どうぞお入りください」
誘われるまま中へ入ると静かに扉が閉まった。
「ようこそ六角亭へ。私は当館の主、アンジェリーナと申します。どうぞお掛けになって」
いつの間にか後ろには木製の椅子が2脚置かれていた。スキンヘッドの大柄な男が横に佇んでいる。
「わっ!」
「ネゴロ、お茶を」
ビックリした。男は頭を下げると普通にドアを開けて出ていった。
「あ、冒険者ギルドから来ました。俺達は……」
「お前が屋敷に住み着いたという悪魔か?」
アイシャが突然切り込んだ。
「悪魔だなんて……それに、私はもう60年もこの館に住んでおりますのに」
白いワンピースを着た少女はコロコロと笑う。返答の内容が信じられないほどに可憐であどけない様子だ。
「あら、可憐だなんて、お上手ですわね」
心臓が跳ね上がった。心が読めるのか⁉︎
「何だ、1人で何を言っている?」
アイシャから見れば少女が1人で喋っているように見えるのだろう。
「いやお前の心の声漏れてっから」
えっ、まじですか?
「たまにブツブツ言ってるから変な奴だと思っていたが、やっぱり自覚はなかったんだな」
これは恥ずかしいな、どこまで漏れてるんだろう。
執事が戻って来た。目の前のテーブルで紅茶を注いで出て行く。
「うふふ……面白い人達。御用件は分かっておりますわ、不動産業者の方から依頼されたのでしょう?この屋敷の所有権を主張しているとか」
書類上では没落した貴族の屋敷だったが40年以上も空家になっており、街が管理していたのを最近になって民間の不動産屋が格安で買い取ったらしい。
「この館にいらしたお客様には、ゲームのお相手をして頂いておりますの。ええもちろん魂を賭けたゲームですわ」
「嫌だと言ったら?」
尊大に足を組むアイシャ。他人の家でこそ真価を発揮する女だ。
「それではお帰り頂くしかありません」
後ろの扉が開く。
「貴女であればあるいは私を倒す事も可能かもしれませんね。ですが私が死ねばこの館は消失します」
「……ゲームとやらの内容を聞こうか」
「この書斎にある本の中、どれか一つに私の魂が封じ込められています。それを当てる事が出来たらあなた方の勝ちです、お屋敷は差し上げましょう。
質問は3つまでお答えします。ただし正解を直接的に示す回答は致しません」
ざっと見渡して1000冊以上ある。
「アイシャ、ここは出直して「その本のジャンルは?」
だあぁぁぁ!!
「詩集です」
書棚の一部が指し示される。
「そこの棚全部ですね」
革張りの分厚い物から薄い冊子のようなものまで200冊くらいある。
「ふーん、さてどうするかな……」
アイシャは詩集の一冊を取り出してパラパラとめくり始めた。
「ああ、分からなくなったら中断して出直せばいいと思っていますね?」
アイシャがギクリとする。
「心が読めるのか?」
「ええそうです、そちらの方の独り言とは関係なく」
本当に心が読めるのか、この手のゲームではチートみたいなものだ。
「ゲームを中断してこの部屋を出た時点で失格とさせて頂きます」
アイシャは黙り込んだ。これは慎重にならざるを得ないな。
掛け時計が秒針を刻む。アイシャがページをめくる音。俺はこの世界の文字が読めないので仕方なしに紅茶を飲む。全く手持ち無沙汰だ。
「アンジェリーナさんはずっとこのお屋敷に?」
「あっ、バカ!」
「ええ、生まれた時からずっとこの屋敷におります。質問はあと一つですね」
しまった、沈黙に耐えきれなかった。アイシャが鬼の形相で睨んでくる。気まずい。
⌘ ⌘ ⌘ ⌘
ーー白い夜の底に、最も尊き司祭、盲いた雄山羊が真珠の粒を零して歩く。
荒野を遠く白樺の神殿に祈りを捧げにーー
アンジェリーナが諳んじる。正解の本に収録された詩だろうか、だが質問はあと一つ、迂闊な事は聞けない。
アイシャは難しげな顔で詩集をめくっている。
改めて部屋の中を見渡す。暗緑色の壁紙、壁際には小さな机と椅子、天井には何故か小さなシャンデリアが吊り下げられている。
「私が幼い頃は父や母も存命で使用人も沢山いたのですけれど、寂しいもので今ではネゴロと2人きりですわ」
アンジェリーナが話しかけてくるが俺は怖くて喋れないので頷くに留めておく。
「それが宜しいかと。お客様を退屈させてしまう訳にはいかないので、私がお話しましょうか。
私が生まれた頃、父はこの街の領主でした。優しい父と母、常につきっきりで面倒を見てくれるメイド達に囲まれて私は何不自由なく育ちました。」
ふむふむ。執事が入ってきて紅茶を注ぎ足してくれる。
「私が14歳になった頃、街で暴動が起こりました。右肩下がりだった街の財政を立て直す為に父が税率を大幅に上げたのです。領地を祖父から引き継いだだけの父に政務の才能はなかったようで」
そんなもんかね、まあ経営者ってのも楽ではないんだろう。
執事は一礼すると音もなく出て行った。窓の外では積乱雲が太陽を隠し始めている。
「市民達はこの館にも押し寄せ、私達家族は僅かな使用人達と一緒に馬車で逃げました。王都に住む伯父を頼れば何とかなるだろうと父は言っていましたが王都までの道のりの途中で使用人達は皆離れていき、最後には父が慣れない馬車を駆っていました。
街を離れて1週間ほど経ったある日、私達は盗賊に襲われました。人数は3名でしたが戦の経験のない父、荒事とは無縁の母はあっという間に殺されたようで私の生命も風前の灯火です。
私はすぐには殺されませんでしたが、盗賊達はあるいは私を慰みものにするかして売り飛ばす積もりだったのかもしれません。私は運命を呪い、神を呪い、悪魔に祈りを捧げました。どうかこの者達に報いを、そして私達の幸福を壊した市民に報いをと」
正面を向いたままのアンジェリーナ。淡々とした語り口に静かな怒りが込められている。
「私は亀のように地にうずくまったまま祈りました。すると剣戟の音、盗賊達の悲鳴が聞こえてきます。誰かが盗賊達と戦っているようです。暫くすると音が止み、大きな腕に抱き抱えられました。『悪党は皆殺しにした。もう大丈夫だよ』悪魔は優しい声でそう言いました」
「……」
いつの間にかアイシャもページをめくる手を止めて話に聞き入っている。
「悪魔は私を抱えたまま、空を飛び、一晩でこの屋敷に戻ってきました。そうして館を占拠していた市民達を殺した後、私の魂を一冊の本に封じ込めました。それからずうっと、歳も取らずにここでこうしております。
今までゲームに敗れたお客様の魂もここの書物に封印されておりますわ。残された肉体はいつも悪魔が運んで行ってしまうのですけれど」
あのスキンヘッドの執事が悪魔なんだろうか、アンジェリーナが回りくどいゲームを続ける理由が分かった気がする。窓の外では暗い雲が天を覆い、しとしと降る雨が草葉を濡らしている。
「あら、雨かしら」
アンジェリーナは今初めて気がついたかのように言う。
「お前は目が見えないのだな」
「ええ、私は生まれつき盲目です」
質問を使い切った。勝算はあるのか?
アイシャは隣の棚に歩み寄り、その中の一冊を開いた。
ーー白い夜の底に、最も尊き司祭、盲いた雄山羊が真珠の粒を零して歩く。
荒野を遠く白樺の神殿に祈りを捧げに、
この夜が明けますように、夜通し泣いていた乳飲み子が安らかに眠れますように、
その上に星々の光がとこしえにありますようにとーー
「作者不詳の古い詩だ。私も幼い頃母に読んでもらった。ここの本はあの執事が管理しているのだろう?この一冊だけが別の棚に乗せられていた」
「ああ、それです。ずっと探していたのは」
アンジェリーナの姿が消えていく。飲みかけのティーカップが残され、アイシャは静かに本を戻した。