第3章《英雄孤影》八話 混沌の幕開け
短めですが、よろしくお願いします。
曰く、闘気家と言うものは孤独になりやすいらしい。
常識の範疇を逸脱する死と隣り合わせの自己鍛錬。無限を彷彿とさせるほどに自身と向き合い限界を超越する狂気の集大成。
それらを為し得るほどの異常なまでの強さへの渇望。それらが組み合わさって到達できる魔人の領域。それが闘気と云うものだ。
しかし、俺が知る限りでは、闘気家は闘気家同士で惹かれあう。具体例を挙げるならば闘真会が良い例だろう。
その魔人の領域に到達している人間が3人もそこに集結している方のは、狭き日本国とは言え些か都合が良く感じる。
そして俺は予感している。必ず彼等と俺は惹かれ合うし、いつか拳を交えることになると云うことを。
その日が楽しみで、楽しみで仕方がない。
矛盾するようだが、俺の周りには闘気を宿した人間は居ない。
皆、平均的で在り来たりな天才。武道に対する熱意や心持ちは誰にも勝ると信じて止まない戦いの申し子達だ。
しかし、闘気を宿していない。俺はそれだけが理由で彼等を軽視するわけではないのだが、どこか心に引っ掛かりを感じていた。
俺と彼等の違いは何か?
同じ天才でも何が違う?
「お前は女神に愛された選ばれし男なんだよ。ルキウス・ヴィットマン。」
白樺のフローリングに寝そべり、虚ろに浸る様な眼で察したのか、同じ階級(共同で練習することは稀だが)のヘタイロス門下生が解答を示した。
「レイド、いや、お前達は何かにつけて神だの運命だの規模のでかい物を物差しに使ってくるけど、これはそんなデタラメなもので言い表すような力じゃないって何回言えば良いんだ?」
俺の反論に肩を窄め、レイドは苦笑いで俺の横に座る。
「そうも言いたくなるんだよ、お前の異常過ぎる強さには。俺たちがヘトヘトになるくらいガムシャラに鍛練を積んでも、おまえはそれが準備運動未満だ。ハッキリ言って遠いよ、ルキウスはさ。」
「俺だって疲れてないわけじゃない。生きてる限り、強さへの渇望が湧く限りは足は動くし手も動く。だったらやるだろ?強くなりたいんだから。」
俺にとっては当たり前の価値観だが、彼にとってはてんてこ舞いらしく、なんだそれ。と愚痴っぽく洩らした。
「生き急ぎ過ぎた根性論に聴こえるな。でもそれくらいの気概が無きゃおまえの見ている景色は拝めないのか。いやぁ燃えるね。」
「皮肉に聴こえるな。」
「全然?本心だよ。ただ、余りにも高すぎる壁を前に実感が湧きづらいだけだ。乗り越え方のな?」
ニヤリと笑うレイド。
「なるほどな。つまりは俺と組手したいってことか?」
寝そべっていた身体を起こしながら、初めてレイドと目を合わせる。
「そういうこった。常套手段だろ?強いやつと戦って経験値を稼ぐのはさ。」
ああ、だから俺はここを選んだ。
ヘタイロス協会。サヘトマヘト地区の中心に本部を構え、支部を東西南北ひとつずつに設立している、言わば地区の守護神の様な施設だ。
優秀かつ将来が見込める人材を本部に集め、その中でも【四武人】と呼ばれる精鋭を支部各地に1人派遣し、師範として扱っている。
ルキウス・ヴィットマンは中でも特出した実力ーーー闘気を発現させており、四武人を打ち負かし、本部の特別師範としてここ、ヘタイロス協会に所属していた。
闘気を発現させているのは1人だけだが、闘気家抜きにすれば世界でも有数の格闘家が多く居る。
例えばレイド・リーガスは俊敏性と耐久力に長けており、短所である打たれ弱さを打ち消すほどの回避性能を活かし、相手の体力を奪いファイナルラウンドで猛攻を仕掛けるというスタイルで総合格闘技の世界ランク上位に組み込んだ実績がある。しかしそんな彼でもこのヘタイロス協会の中では上位10人にすら入れていない。
日本の闘真会、ドイツ人のヴェルモンテという人間が運営しているナラシンハタワーとここは世界三大戦闘機関と呼ばれているらしい。うちは量と質で優れていると確信しているからいつかそれらとも戦ってみたいと思う。
「じゃあ早速始めるか!」
場所を移動し、外に出た俺とレイドは、距離をあけ、組手の姿勢を取った。
レイドの構えは独特で、腰を落とし右肩を前に突き出している。この体制は本人曰く一番初速が速くなる体制らしく高確率で相手の意最初の一撃を回避できるらしい。以前俺が実践した時は非常に動きづらかったのだが、そこは個性なのだろう。
対する俺はいたってシンプル、軽く拳を構えるだけだ。
「俺から行かせてもらうぞっ!」
迅で距離を詰め、低姿勢からの前掃腿、俺はそれを後方に飛んで回避する。
空かさずレイドは詰め寄り、跳躍しつつ中段蹴りーーーも俺は躱す。
「ッ!」
余力を残したまま連続して後方蹴りを放つ、今は仕掛けるつもりは無いので一旦距離を置く。
着地と同時にレイドは距離を埋めていき、体制を落とす。
同時に俺は脚を下げ、カウンターの姿勢を摂る。この流れから推測できるものは前掃腿か掴みからの関節技、または腹部への打撃のいずれかだろう。
要は上昇か低位置からの攻撃。ならばそれらさえ注意していればーーー。
「ッらァ!」
右脚への強烈なタックル、寝技狙いだ。
「甘いっ!」
動力に身を任せ、勢いを殺さず倒れつつ、掴まれた右脚を真上へとあげる。
「おあっ!?」
擬似的な無重力状態に陥るレイド、その流れでルキウスは無理な体勢から躰をねじ曲げ、位置を逆転させた。
「くッ!!」
そのまま地面へ叩きつける。激痛で力が抜けた一瞬を見極め、ルキウスは脚を抜いた。
すぐさま体勢を立て直すレイド、しかしーーーー
「ーーーー!?」
ルキウスは、肉眼では到底捉えられぬ素早さで、彼の胴元に潜り込んでいた。
刹那。
「ッッッッッッ!?!」
迸る激痛、まるで大砲を至近距離で放たれたかのように、数百発の殴打を凝縮したかのように、考えらないほどの衝撃。
これが"闘気"を持つ者の拳。その1発は意識のみならず、戦意すらも削いた。
「ァ…っ。」
「おっと…まぁ…良くやったよ、レイド。」
どれだけ強かろうと、一般人。神がかった強さの前では所詮有象無象の1人になりうるのだ。それを踏まえても彼は善戦した方だ。
「…さてと。」
この状況だ、再戦は現実的ではない。
要は彼はまた、暇になってしまった。
「…外にでも出てみるか。」
そう呟き、彼はヘタイロス教会をあとにした。
このときの彼は知らなかった。
この選択が、ヘタイロス教会の存続に関わる事件を引き起こすことにーー。
サヘトマヘト地区は区民向けの北部サヘト、観光客向けの南部マヘトに別れており、ヘタイロス教会本部はその境界線に建設されている。会員は練習後に気分次第で手軽にどちらにでも足を踏み入ることが出来る。
ルキウスは南部マヘトにあるバザーへと赴き、本部の会員のために食料を調達しに行っていた。
「んー…カザミは揚げ物、レイドは肉、ミーレイはフルーツ…あ、バナナ安い。」
メモ書きに記した彼らの好物を考慮し、優しげな面持ちで品を選ぶルキウス。
まるで大家族の長男のように彼らを慕い、彼らに慕われている。
少なくとも、ルキウスはそう思い込んでいる。
色合いの良いバナナを購入し、変哲のないバザーを巡回しているところ、ルキウスは妙な異変に気付いた。
「ーーーなんでこんなに歩いていて、ヘタイロス協会の奴らと合わないんだ?」
地区の警備の役割を兼ねているヘタイロス協会、普段なら至る場所に紋章をつけた会員とすれ違うのだが、奇妙なことに一人ともすれ違っていない。
「なんだ、このザワつきはーーー。」
偶然にしてはあまりにも不自然すぎる。万が一彼らがサボっていたとしても、そんなことを四武人が黙っていないはずだ。
ーーーまさか。
焦燥に耐えきれず、 ルキウスは本部へと駆け足で戻っていった。
たった30分で、何が出来ようか。
無論、30分とは何かを成すには充分であり、何かを成すには短すぎる。答えは一つではない。
例えば何かを学ぶべく書物を開き熟読しよう。30分とは集中力的にもちょうど良い。
例えばトレーニングに励むとしよう。よほど激しいものでなければ綺麗な汗が流れ清々しいだろう
しかし、30分で国を壊滅させろと言われれば、それは不可能だし、あまりにも無理難題だ。
30分で世界を回れと言われても、少なからず現代の科学では成しえない、人力なら尚更だ。
そう、個人の単位では30分とは有意義だが、その単位が上がれば非常に物足りない時間となる。
だが、それは一般人の常識であり、闘気家の常識ではない。
闘気家とは、すなわち人外。
闘気家とは、すなわち常軌外。
起こる事象すべてに当てはまらぬ理の逸脱者。
ルキウスの直感はハズレではない。彼とて人外、闘気家同士は惹かれ合う。
ただし、その真実は、彼の心の重大な柱を崩しかねる悲劇となる。
ーーーーーーー
「ーーーーーー何なんだよ。巫山戯んなよ。」
ルキウスは、その光景を目の当たりにし、狼狽していた。
広がる死屍累々の数々、血なまぐさい空間、目眩がするほどに認めたくない現実。
ヘタイロス協会の玄関口は目もあてられぬ地獄と化していた。
「巫山戯てなんていないさ、全ては、お前の責任だ。危機管理を怠り、本来為さねばならぬ本館の守備を放り出したことは重大な罪だ。報いは会員全員。当然の結果だ。」
淡々と言葉を紡ぐ道具を着た男。その制服には見慣れたいつもの紋章が縫い付けられていた。
「しかしまあ、お前の見ている世界は素晴らしいな、強さとは、格とは、こうあるものだと強く実感したよ。」
項垂れ転がる門下生を蹴り飛ばしながら、別方向に佇むもう一人の男がつぶやく。
積み重なった敗者の山から、一人の男が見下す。
「ーーー四武人。なんであんたらが…!!」
「なんでって、さっき言っただろう?こんな好機を作り出したお前が悪い。」
長髪を括った男が、見慣れた顔の青年の胸倉を掴みながら言った。
レイドだ。
「ッッ!離せっ!」
即座に距離を詰める、長髪の男はそれに対応し、ひらりと回避してみせた。
「!?」
絶対に仕留めるつもりで詰めたはず、しかしなぜーーーーー。
刹那、思考が逡巡する。
いくらヘタイロス最強格の四人であれ、30分という短時間でここまでの地獄を作るのは不可能だ。
あの様子では、おそらく支部も壊滅状態。あまりにも時間が無さすぎる。
しかし、まさかーーーーーー。
「闘気が…発現したのか…?!」
驚愕でかすれた声、それを見るや嘲るかのように見下している男が口を開いた。
「ああ、そうとも言えるなぁ!俺たちはお前と同じ力を与えてもらった!いいなぁこの強さ。練習や鍛錬なんてアホらしくなる。最ッッ高っだよ!」
高笑いが玄関で響く。気持ちの悪い、不愉快な笑いだ。
ルキウスは彼の言い回しに違和感を感じつつも、反撃の様子を伺っていた。
「…き…う…す…。に…げろ…。四人じゃ…お前でも…勝てな…ッッ!!」
虫の息のレイドがふりしぼった声は、長髪の男の鳩尾で途切れさせられた。
「ッッ!!!!!ああああああああああぁああああああああッッっ!!!!」
残虐な行いに、ルキウスの抑え込んでいた怒りが爆発した。
その雄たけびを合図に、四武人とルキウスの死闘が幕を開けた。
感想お待ちしております。